8.公開処刑 殺戮の使徒
「いい加減にしろって言ってんのさ! 分からないのかい!?」
周囲の景色がすっかり見慣れてしまったものに変化した直後、鳳牙は怒りの感情を滲ませた聞き覚えのある声を聞いた。いつものどこか飄々とした雰囲気はまるでなく、ともすれば殺気を伴いそうなほど緊迫した印象を受ける声だった。
「ハヤブサさん……?」
鳳牙の記憶に該当する声の持ち主は、今日の昼過ぎ、世界の境界へ行く前に会った女武者のものだった。
それは何事かと向けた視線の先に出来ている十数人の人だかり、その隙間から見え隠れする真紅の鎧を着た人物の存在からも間違いはないだろう。
「うん。ハヤブサさんの声だね」
「ハヤ姉、なんか怒ってるっぽい……?」
鳳牙と同じく視線を向けたフェルドと小燕が、やや首を傾げながら人だかりの向こうにいるであろうハヤブサに注目している。
「うぬ。なにやら妙な連中と対峙しているようで御座るな」
他の誰よりも上背のあるアルタイルが、鳳牙たちには良く見えない状況を端的に説明する。
それによれば、どうやらハヤブサともう一人『秘密の花園』のギルドタグを付けた司祭らしき女性が、軽装備・重装備の入り混じった四人の男と対峙しているという事だった。
四人の男たちにもギルドタグが付いており、その名称は――
「『宴』……ね」
何かを考えるように、フェルドが口元に手を持っていきながらアルタイルの伝えたギルド名を口にする。
それはまさに渦中のハヤブサからあまりよろしくない情報と共に伝えられた名称である。
ランクSの賞金首が率いる、異端者の最果てにおける最大勢力。強引な撃退マーク集めを行っているという噂を伝えられてから、まだ半日と経っていない。
「ハヤブサって誰と? あそこで起こっとる事に、心当たりでもあるばい?」
鳳牙たちが急に身を硬くしたのが伝わったのだろう。ハヤブサと面識の無いステラが疑問符を連発している。
「ああ、うん。ちょっとね。……さて、どうしたものかな」
かりかりとフェルドが頭をかいた。本人としては様子を見に行きたいのだろうが、下手に妙な連中に関わると何が起こるかわからない。すでにギルドという組織に所属してしまっている以上、独断で不利益をもたらしかねない事に首を突っ込むのをためらっている事は明白だった。
鳳牙はフェルドのそんな苦悩を理解する。理解するからこそ、
「ギブアンドテイクだったとはいえ、ハヤブサさんにはお世話になってます。昼の事もありますし、様子だけでも見に行きましょう」
フェルドにそう進言をした。
「うぬ。ハヤブサ殿の言葉を判断するためにも、ひとまず様子見をさせてもらうべきに御座ろう」
「うんうん。ハヤ姉良い人だもん」
鳳牙の言葉にフェルドが答えるよりも早く、アルタイルと小燕がそれぞれに意見を述べ、
「うちは新参者ばい。よく分からんばってん、皆の意見に従うばい」
ステラだけは控えめに、やや遠慮した意見を述べている。
「……ふう。そうだね。それじゃあ、ひとまず行ってみようか」
しょうがないなといった感じに一つため息を吐き出し、しかし最も早くにフェルドが人だかりへ向かって歩き始めた。
他の全員がその後に続き、それぞれ野次馬たちの後ろに陣取る。
幸いにして隙間が多いので、鳳牙程度の身長があれば静観するのに不自由は無い。身長の足りない小燕とステラは、
「小燕殿とステラ殿は拙者の肩に乗るで御座る」
力自慢のお父さんよろしく軽々と二人の女の子を肩に担ぎ上げたアルタイルによって、鳳牙やフェルド以上に良好な視界を確保していた。
全員が状況を把握出来るようになった事を確認している間も、ハヤブサと『宴』の四人は言い争いを続けている。
「この子は何度も誘いを断ってんだ。それを大の男が四人でネチネチと……恥ずかしくないのかい!?」
背中に女司祭を庇いながら、ハヤブサが目の前の男たちを鋭く睨み付けていた。
その手は腰に差した刀の柄に触れており、今にも抜き放ちそうな勢いである。
だが、そんな鋭い睨みを受けても男たちはへらへら笑っているだけで、誰一人としてハヤブサの空気に臆された者はいない。
――まあ、このエリアでは戦闘出来ないしな。
この場にいる限りは絶対に安全だという思いが、怒れるハヤブサを前にしてもまるで動じていない理由だろう。安全性による緊張感の欠如というよりは、安全の上に胡坐を書いてふんぞり返っている状況という方が正しいかもしれないと鳳牙は思った。
「へへ。恥ずかしいも何も、俺たちはただ単にヒーラー単独じゃあ『世界の境界』にも撃退マーク狩りにも行けねえだろうから、協力してやるって言ってただけだぜ?」
鈍い光を反射するプレートメイル装備の――おそらくは騎士の男が小馬鹿にしたような笑みを浮かべれば、
「そうそう。俺らやさしーからさ。その子みたいに可愛い女の子一人じゃイロイロと危険も多いだろうし、まあボディーガードもかねてってやつだよ。なあ?」
急所のみを守る動き易さ重視の軽装備の――こちらは剣聖と思しき男が、他の仲間に同意を求める。
その言葉に対し、残る魔術師と弓兵らしき二人がそうだそうだと声を上げた。
そんな男たちの声が上がる度に、ハヤブサの後ろに隠れた女司祭がビクリと反応して一層縮こまるのが分かった。明らかに怯えている様子だ。
「ふっざけるんじゃないよ! NG設定出来ないからってしつこくパーティー申請出した挙句、腕引っつかんで攫おうとしてたじゃないか。あたしが飛んで来なかったら、お前たち何をするつもりだった!?」
やいのやいのと声を上げる四人組に対し、ハヤブサがその綺麗な顔を歪ませるほどの怒りを表しながら怒鳴りつけている。本当であれば叩っ切りたい心境なのだろうが、やはりそれは出来ない話だ。
賞金首同士では戦う事が出来ない。これを別の言い方に直すと、賞金首は賞金首を対象とした支援スキルを除く各種スキルや通常攻撃による敵対行動を取る事が出来ない、という事になる。
そのためこの制約から外れる行為、相手の手を握る、腕を引っ張る、抱える、背負うなどの通常コミュニケーションはまったく制限無く行う事が出来るのだ。
つまるところ、賞金首同士で禁止行為とされているのはダメージやステータス異常・ダウンを伴う戦闘行為だけで、その他の全ては本来システム上で禁止とされている行為も含めて容認されているのである。
ギルドホームが乱立する以前に女性プレイヤーが集団で行動していたのは、互いに身を守るための策であった。しかし、ギルドホームというプライベートな空間が浸透した事によって、以前ほど集団で行動するという事も少なくなっている。
おそらく女司祭は買い物か何かで単独行動をして、その結果男たちに目を付けられてしまったのだろうと鳳牙は推測する。
「何って、なあ?」
「さあ? ナニなんだろうな」
ゲラゲラと『宴』のギルドメンバーたちが不快な笑い声を上げる。その姿に鳳牙たちはもちろん、周囲の野次馬も顔をしかめてはいるが、結局誰一人としてそれを止めようとする者はいない。
何はどうであれ、相手は異端者の最果てにおいて圧倒的な人員数を誇るギルドだ。事実としては一般的な中小規模のギルドとはいえ、最大で百人しかいないうちの二割に迫る人員を確保している『宴』は、相対的に大ギルドという位置付けになる。
鳳牙たち『真理の探究者』のように一つのパーティー単位以下の相対的小規模ギルドでは、人的物量において絶対的に勝ち目が無い。
賞金首同士で攻撃し合えないという制約があればこそ一応の平穏は保たれているが、もし今後何らかの変更が主催者の気まぐれで追加された場合、その平穏が一気に崩れ去る恐れは十二分に存在する。
また、事実として目の前で起こっている事はそういった危険性を如実に証明してしまっている。それ故、誰しもが面倒事に関わるのを避けているのだ。
――ま、ここで黙っている俺たちも同じだけどな……
本音を言えば、鳳牙は今すぐにでも飛び出して相手をぶん殴りたい衝動に駆られている。しかし、制約上実現は不可能だ。また、フェルドの苦悩と同じ理由で勝手な真似も出来ない。
その辺りの事情は、ハヤブサも正しく理解している事が鳳牙には分かった。何故なら、鳳牙たちが人だかりに加わったタイミングでハヤブサは鳳牙たちの存在に気が付いているからだ。
しかし彼女は決して視線をこちらには向けなかった。それはつまり、助けを求める事はしないという決意の現れである。
いっそ巻き込んでくれればなし崩しに手助けも出来るのにと鳳牙は思うが、それを望むのは相手に責任を押し付ける卑怯な願望でしかない。
ふと、鳳牙は隣に立つフェルドの様子を盗み見た。表面上、彼はやや鋭くも普段通り冷静な表情を作っている。しかし、その手元では握りこんだ右の拳をさらに左手で掴んでおり、相当力を入れているのか小刻みに震えている状態だった。
――うわ。フェルドさん相当怒ってるな。
鳳牙はフェルドの内面で静かに燃え盛っている怒りの感情を察して、思わず首をすくめる。そうして今度は視線を反対側、アルタイルとその肩に乗る少女二人に向けた。
頭巾を被ったアルタイルの表情は見え辛いが、その細まった青い目がぞっとするほどに無感情なところから察するに、こちらもこちらで相当頭に来ていると見て間違いない。
小燕にいたっては実に分かりやすくぷくっと頬を膨らませ、声にこそ出していないものの、おそらく口の中で『宴』の連中に罵詈雑言を並べ立てているはずだ。
そしてまだ関係の薄いステラにしても目の前の状況に腹立たしさを覚えているようで、形の良い眉を吊り上げて静観している。
一通り仲間たちのそんな表情を確認して、鳳牙はわずかに嘆息した。もう確認するまでも無い。全員の気持ちは知らずのうちに同じ方へ向いている。
ただ、それぞれに分別を持っているが故に踏み切れていないだけだ。
年長者であるフェルドとアルタイルは年長者であるが故に常に落ち着いた対応を心掛けている。
最年少の小燕は天真爛漫な性格だが、我侭を言っていい時といけない時の区別を付けていた。
知り合ったばかりのステラは未だ部外者的な空気を脱し切れていない。
感情に任せて事を構えるのがいかに愚かしいものであるのかは、全員が理解している。理解しているからこそ、動けない。
だからここで動くのは上にも下にも中途半端な鳳牙の役目だ。フェルドとアルタイルには迷惑をかける事になる。小燕には少々示しが付かないだろう。ステラにいたっては早速厄介事に巻き込んでしまう。
だが、それでも鳳牙は皆が応えてくれるだろうと思う。それが仲間であると信じている。だから――
『すみません。ちょっと限界なんで』
全員に【ささやき】を送ると同時に、鳳牙はごく自然な動作で人だかりを通り抜けようとして――思わず足を止めた。それは――
「何を、やっているのかな?」
落ち着いた声音。しかし張りのある、実に良く通る男の声。張り上げたわけでもない、たった一言。何気ない感じで放たれた言葉によって、周囲は水を打ったように静かになった。
声の主は、鳳牙の真正面。黒いざんばら髪にこげ茶色のテンガロンハットを被り、清潔そうな純白のシャツの上には黄土色のベストと、帽子と同色のジャケットを羽織っている。腰に大きなバックルの付いたベルトを巻き、その両サイドからホルスターに納まった二丁の拳銃が見えた。下半身は丈夫そうなジーンズを身に付けており、足元はごついウエスタンブーツをはいている。
止めの首元に赤いスカーフという完全なるガンマンスタイルのその男は、被った帽子に手をかけて顔のほとんどを隠しており、唯一見える口元にわずかな笑みを浮かべていた。
鳳牙はその男を知らない。だが頭上に表示されているネーム郡、そこに書かれた名称はすでに知っていた。
「……『宴』のギルドマスター、『天崩』……どんどら」
鳳牙の呟きが聞こえたのかどうかは分からないが、突然の闖入者はわずかに上げた帽子の下から一瞬射る様な視線を鳳牙に向けた。しかしすぐさま帽子で視線を隠してしまうと、彼はゆっくりとした足取りで驚きの表情を浮かべるハヤブサと、先ほどまでのにやけ顔を一転させてバツの悪そうな表情をしている『宴』の四人の間へ移動した。
そうして身体の向きをを四人組の方へ直し、
「もう一度聞こうか。……何を、やっているのかな?」
流暢に問いかけるどんどらの声はどこか物腰の柔らかな紳士然としたもので、それは本来であれば緊張を解きほぐされる様なものであるはずだった。
しかし、どんどらに問われた四人組の表情は硬く、決して目を合わせようとしない。
――怯えている、のか?
鳳牙は四人組のおかしな態度が、恐怖心に起因しているのではないかと推測した。それはまさにハヤブサの背後に隠れた女司祭の態度と同じだったからだ。
そんな様子に、再び周囲からひそひそ声やらざわめきが生まれる。
先ほどまでニヤニヤとして強者たる自分たちの優位性に浸っていた四人が、どんどらの登場により一転して弱者に成り下がっていた。それはギルドマスターとギルド構成員という立場的な強弱ではない。明らかに四人組は自分たちのマスターであるどんどらを恐れている。
――何でだ?
鳳牙は内心で首を傾げてしまう。四人がどんどらをあれほどまでに恐れる理由が分からない。。
「これはまた、妙なタイミングで出てきたよね」
ぽんと突然肩に手を置かれ、鳳牙はビクッと尻尾を反応させてしまう。その事をやや恥ずかしく思いながら背後へ顔を向けると、反対の手で眼鏡の位置を直しているフェルドがすぐそこにいた。
「うぬ。親玉の登場に御座るが……はてさてで御座るな」
そのさらに背後では、小燕とステラを肩に座らせたままのアルタイルがゴキゴキと首を鳴らしている。
「でもでも、さっきから変な感じだよね?」
「うん。なんでかあっちの四人が挙動不審ばい。どうなっとうと?」
どんどらの登場から四人の様子がおかしい事が小燕とステラにも分かったようで、二人はアルタイルの頭越しにあーでもないこーでもないと議論を交わしている。
鳳牙がそんな様子を確認していると、
「どうしたんだい? 何で黙っているのかな?」
再び聞こえてきたどんどらの声に反応して、鳳牙は急いで視線をどんどらに戻した。小燕たちも口を噤んだのか、辺りには再び静寂が戻っていた。
耳が痛くなるほどに静まり返った空間の中、騎士の男がおずおずとどんどらに顔を向け、
「……あ、いや、あの、ちょっとヒーラーが全員出払ってましたんで、ソロのヒーラーを探しに……ですね」
つっかえつっかえになりながら、ぼそぼそとそんな事を言った。
「……ふーん?」
何かを確認するような声で応じると共に、どんどらがくるりと背後に振り返り、
「……な、なにさ」
ハヤブサとその後ろに庇われた女司祭をじろじろと観察する。視線を上から下へ、下から上へとじっくり見て、
「……ふーん」
ため息とも、嘲りとも、なんとも微妙な感じで二度三度と頷いたかと思うと、
「でもさあ――」
再びくるりと四人組の方へ向き直り、
「――そこの彼女ギルドに入ってるみたいだよね? それってつまり、ソロで活動しているわけじゃないよね? だってソロで活動しているのなら、今そこで守ってるギルマスタグ付きの美人な武者さんは誰なのさ? ねえ? 教えて欲しいなあ」
「あ、いえ、ソロっていうのは、一人でうろうろしてたんで……」
立て続けなどんどらの質問にもごもごとした言い訳を騎士が述べれば、
「そ、そうなんですよ。それで、ちょうど俺らも四人でヒーラー探してたもんですから、一緒にどうかなと。ほ、ほら、野良パーティーってやつですよ」
それに追従して剣聖が追加の言い訳を口にする。魔術師と弓兵は全力で首を縦に振り、肯定の意を示している。
「ああ、なるほど。野良パーティーの誘いね。うんうん。そっかそっか」
そんな四人の言葉に何を思ったのか、どんどらは再び帽子で顔を隠し、唯一晒したままの口に大きな笑みを浮かべた。そして、
「あんたら何を――」
完全に蚊帳の外に置かれたような形になっていたハヤブサが何か言いかけるのを手で制止し、
「でもさあ。俺ちょっと気になるんだよねえ」
どんどらは先ほどまでの紳士然とした落ち着いた声音を底冷えするような低温へと変化させたかと思うと、突然その身体から強烈な殺気を放った。
どんどらを中心に放射状に広がったと見られるそれは、その場にいる者全員を一瞬にして貫き、勘の鋭いものは反射的に構えを取っていた。
鳳牙もまた全身を這いずり回った怖気を感じ、完全にどんどらを敵と認識して構えを取っていた。同時に周囲の気配を探ると、フェルドが杖を構えており、小燕とステラを担いでいたアルタイルは後方に跳んで間合いを空けていた。
肩に乗る二人も殺気に反応していたようだが、アルタイルに担がれてしまっているので構えを取れてはいないだろう。
ハヤブサも刀を抜いて青眼に構えており、女司祭は驚き過ぎたのか腰を抜かしているようだった。
そして他にも数人がどんどらに対して構えており、残りはただ呆然としている。
一瞬のうちにそれだけの状況を作り上げた当人は、しかし周囲の事など毛筋ほども気にかけてはおらず、
「一人で買い物に来ていた女の子をさ、強引だけどパーティーに誘おうとした積極性はまあ認めてあげるよ」
淡々ととんでもない事を口にし始めた。続けて、
「けど、その後君らその子拉致しようとしたよね?」
実に物騒な単語が飛び出す。その言葉は、彼が一部始終を見ていたという事に他ならない。
四人組はどんどらの言葉にぎょっとし、何か言い訳を口にしようとしたのか口を開くが、パクパクと開閉するだけで声が発せられる事はなかった。
「でさあ、まあ百歩譲ってそのまま一直線に俺のところへ連れてくるのなら良かったんだけどねえ」
どんどらの独白にも似た追求は止まらない。彼は帽子を動かしてその下から先の一瞬では見切れなかった真紅の瞳を曝け出し、
「君ら、ただ楽しむつもりだったんだろ? ああ?」
語尾を荒らげながら四人組を睨み付けた。
「ひっ……」
鳳牙は誰かが喉の奥からか細い悲鳴を上げるのを聞いた。見れば、四人組は全員が腰を抜かさんばかりに震えている。
あまりにも異常な怖がり方だ。例え先のような殺気を集中して浴びせられているのだとしても、あれではまるで死を恐れるがごときだ。
「なあ。俺のギルドは確かにでかいぜ? 他のなかよしこよしギルドじゃあせいぜい十人以下しか集まれないだろうからな。そこへ来て、今現在二十人超になったギルドってのはそれだけで強力な武器だ」
二十人という数字を受けて、一部の者がざわざわし始めた。
その数字はハヤブサの情報にあったものよりも増えていた。場合によっては、今後さらに増えてしまう恐れもある。
「けどさ、その強力な武器も所詮は有象無象の集まりなんだよね。誰かが統率して、自在に操って初めて武器になるんだよ」
やれやれとでも言う様に、どんどらが両手を広げながらゆっくりと首を横に振った。
「だからさあ、君らみたいに和を乱す奴はさあ――」
すーっと、どんどらが左の人差し指を立てながら手を上げていく。その進行方向には、彼の表情を隠すテンガロンハットのつばがあった。
それに反応して剣聖の男がわずかに口を開き、
「待っ――」
「――いらないんだよ」
どんどらがくいっと帽子のつばを押し上げた次の瞬間、わずか一秒程度の間に六発の銃声が轟いた。高速で連続した火薬の炸裂音。いつの間にかどんどらの右手に納まっていたリボルバーからは白煙が昇り、スイングアウトさせたシリンダーから六個の薬莢が滑り落ちて地面を跳ね、小気味のいい音を立たせた。
そして、
「……う、うわああああっ!」
その音を合図に騎士が悲鳴を上げて腰を抜かし、魔術師と弓兵はずりずりと後ずさっていた。
そんな中で唯一動かなかった剣聖は、
「………………」
その顔に六個の黒々とした穴を開けてだらだらと血やら何やらを垂れ流し、無言のままゆっくりと身体を傾かせ、顔から地面に倒れ込む。
彼が起き上がる気配は無い。確認した彼のヒットポイントゲージは、空だった。
その事実を正しくその場にいる人間が理解した、次の瞬間――
「何だよ……何だよこれっ!」
「きゃあああっ!」
「し、死んだぞ……。おい、死んだぞ! なあ!」
周囲から叫び声と悲鳴が乱舞する。全ての野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行き、その場に残ったのは騒動の当事者を除けば鳳牙たちだけになった。
「…………ふーん? 君たちは逃げないんだね」
人差し指に引っ掛けたリボルバーを器用にくるくると回転させていたどんどらが、ひょいとそれを空中に放り投げ、足をずらして鳳牙の方へ向き直った。と同時に宙を舞っていたリボルバーが重力に引かれて落下し、空っぽになっていたどんどらの右腰のホルスターに見事納まる。
まるで曲芸のようだったが、鳳牙はそれを素直にすごいと思える状態ではなかった。目の前のどんどらに注意を向けつつも、鳳牙の意識は自らの血溜まりにうつ伏せに倒れている剣聖に向けられている。
剣聖は明らかに事切れているが、その身体は色を失っていない。そして何より、流れ出ている血の赤がリアル過ぎた。
CMOにおいて、攻撃を受けたキャラクターにはあざも出来るし、斬られれば当然出血もする。しかし、それは自然回復や回復魔法などですぐに直ってしまう程度のもので、生理現象すら現れる賞金首たちであっても、感覚のリアルさが恐ろしいまでに増してしまっているだけで根本的な変化はない。
しかし、今現在死した剣聖から流れ続ける血液は明らかにおかしかった。
鳳牙は賞金首が殺される瞬間を二度ほど目撃した事があるが、その死に方は一般のプレイヤーと変わらず、灰色になって倒れるというものだった。
だというのに、剣聖の男は色を保ったまま、いまだにじわじわと血溜まりの範囲を広げ続けている。明らかな異常事態だ。
「ああ、やっぱり気になるよね。……うん。でも、教えてあげない」
鳳牙の意識が自分の撃ち殺した相手に向いている事に気が付いたのだろう。どんどらは再び帽子で顔を隠すと、思いっきり口の端を吊り上げて気味の悪い笑みを浮かべた。
そうして未だ地面にへたり込む騎士と、やや離れた位置にいる残りの二人の方へ向き、
「さて、君たちはどうしようか?」
どうでもいいような感じで投げやりな言葉を吐いた。
殺されなかった三人は、急いでどんどらの足元に這いつくばると、口々に命乞いと絶対の忠誠を誓うといった内容の言葉を並べ立て始める。
自らの尊厳を投げ打った人間の姿は、とても正視に耐えられるものではなかった。
「うんうん。まあ、俺だって鬼じゃあないんだ。分かってくれるなら、今回の事は不問にしようじゃないか」
言葉だけを聞けば実に寛大なものだが、今さっき一人を撃ち殺した人間の発した言葉である事を考えれば、それは脅迫となんら変わらないものだった。
そんな言葉を吐いたどんどらがくるりと百八十度回転し、今度はハヤブサの方へ向き直る。
「やあ。俺の仲間が迷惑をかけたね。って、おいおい。いい加減その刀、納めて欲しいなあ」
降参でもする様に両手を挙げ、右の手首だけ曲げて抜き放たれている刀を示す。
ハヤブサはそんなどんどらを訝しんだ表情で眺めるも、何も言わずややあってから刀を鞘に納めた。
「うん。で、まあ謝罪なんだけど――」
チラリと背後を振り返るような仕草とともに、挙げていた左手の親指で剣聖の死体を示し、
「あれで勘弁してくれないかなあ?」
そんな事を言った。
手打ちの手段としては、あまりに過激と言わざるをえない。
そんなとんでもない申し出を受けたハヤブサは、どんどらと死体を交互に眺め、
「……今後一切、あたしらに関わらないと約束してくれるのなら」
大胆にも条件を付けた答えを返した。
これには鳳牙も肝を冷やしたが、
「……うーん。ま、しょうがないか。いいよ。それで」
どんどらはあっさりとその条件を飲み、形の上での和解が成立した。
「それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」
さっさと振り返り、肩越しにひらひらと手を振って、どんどらがハヤブサから離れていく。その進行方向上には、一人の男の死体。
どんどらはその死体の横を通り過ぎる瞬間、
「……あー、ゴミ処理忘れてた」
ぼそっとそんな事を言ったかと思うと、大きく足を上げ、死体の背中を容赦なく踏みつけた。すると、生々しい色を保っていた死体から急速に色が失われて見慣れた灰色と化し、徐々に透過して消え去り始めた。
「よしっと」
その様子を確認したどんどらが満足そうに頷き、ぴんと帽子のつばを指で弾いた。そして、悠々とした足取りでどこかへ去っていく。
その場に残った者全ての視線を集めながらも、彼はまるで意に介さず、一度も振り返る事はなかった。
残された『宴』の三人は、しばらく地面にへたり込んでいたが、やがてもそもそと立ち上がり、どんどらが去っていったのと同じ方へ歩いて行く。その足取りは重く、表情は病人のようにやつれていた。
誰も、何も声を発する事が出来なかった。
目の前で起こった数々の出来事は、それほどまでに強烈だった。だから――
「ん? ようお前ら。ホームにいねえからどこほっつき歩いてんのかと思ったが、こんなところにいやがったか」
聞き慣れた声が聞こえた瞬間、鳳牙の張り詰めていた緊張の糸が切れてしまった。一度切れてしまったら、もう元には戻せない。そしてそれは、その場にいる誰しもが同じだったらしい。
「まったくよ――って、おい何だ? 何があった!?」
その場にいた全員が突然へたり込んだ事に驚いた御影が、慌てて近づいて来るのが見える。
何があった。それを聞きたいのはこちらの方だと鳳牙は思う。
世界は夕暮れ時を過ぎ、夜の闇が支配領域を広げ始めている。早くに昇った月はいつもと変わらない輝きを放っており、かえってそれが言いようもない不安を煽って仕方が無かった。
知らず知らずの内に、変わらないと思っていた事が変わって行く。
明日になれば、偽物の太陽はしっかりと昇るのだろうか。
鳳牙はつい、そんな意味のない事を考えてしまった。