3.異変発生 彼らのリアルはどこへ行った?
カタカタカタと軽快にキーボードを叩く音が部屋の中に響き渡る。あまり広くはない部屋で、備え付けのベッド二つがその大半を占めてしまう、いわゆるビジネスホテルの一室だ。
同じく部屋の備品であるテーブルの上に置かれたノートパソコンの前には、初老の男性。短く刈り込んだ髪は色素が抜けて真っ白になっているが、その量はおそらく若かりし頃を維持したままだ。
体は細身だが、深いしわの刻まれた顔にはへの字に曲げられた口と、ギロリとした鳶色の目をしているので、少し怖い印象を周りに与えそうだ。
そして、刃物か何かで切ったのだろうか、左の目にだけ縦に大きく走る裂傷の跡があった。
初老の男性――三条重光はキーボードを叩き、たまにマウスを使ってクリックボタンを押しながら、ひたすらに何かの作業を繰り返していた。音声チャット用のヘッドセットまで装着するその姿は、まさにデジタルシルバーそのものである。
「まあまあ。あなたったらまだパソコンをいじってらっしゃるの?」
ふいに開いた部屋の扉からこれも初老の女性が顔をのぞかせ、重光の姿を見るなり「まったく」と小さく溜息を吐き出した。血色の良いふくよかな体型で、とても愛嬌のある女性だった。
彼女はそのまま重光に近づき、
「もう。せっかくの旅行なのに、何であなたはそればっかりなの?」
ぷりぷりと怒りながら彼を非難する。
しかし、非難されている当の本人は何処吹く風といったようで、
「お前だって家にいる時はよくバーチャルリアリティ機器に入り浸っているじゃねえか。ってか、昨日の夜も地下のバーチャルリアリティ室に篭ってただろうが」
視線をパソコンに向けたまま反論した。
それに対して、初老の女性――三条美代はコロコロと鈴を鳴らすように小さく笑い、
「昨日はギルドイベントがあったのよ。これでも私、『時計塔の魔女』のギルドマスターですもの。イベントには顔を出さないといけないのよ」
左手を腰に当て、右手の人差し指をピンと伸ばしながら、くるりくるりと何かのおまじないのように指先で空中に何かを書いている。
重光はそんな美代の様子をちらりと横目で確認し、小さく「ふん」と鼻を鳴らした。加えたキセルを手にとり、灰皿に軽く当てて中の煙草を落とすと、彼は今までディスプレイに開いていたウィンドウを次々閉じて行き、最後に最小化しておいたウィンドウを拡大させた。
画面に映るのはどこかの建物の中で、中心には腰まで伸ばした白髪の、浅葱色の着流しを来たキャラ――御影がいる。視点を変えてぐるりと建物の中を見回した直後、出入り口の戸が開いて銀髪獣耳の少年――鳳牙と、筋肉質な忍び装束のキャラ――アルタイルが入ってくるのが画面に映し出された。そして、
『すいません。遅くなりました』
『うぬ。タウンが使えないというのはやはり面倒に御座るな』
重光の着けているヘッドセットから音声が聞こえてくる。ホテルの備品だけあって性能はあまり宜しくないらしく、その音声は駄々漏れ状態である。
そのためか、近くにいた美代にもその声が届いたようで、
「あら? 今の声って……」
不思議そうな顔をしながら重光の背後に回りこみ、その肩口から画面を覗き込んだ。
「まあまあ。今やってるバウンティハントイベントのキャラクターじゃない。それも、止めたって言ってた子たちのキャラよね?」
「……そうだな」
『え?』
重光は現実世界の妻に対する返答をしたのだが、マイクが音声を拾ってゲーム内のキャラクターまでしゃべってしまったため、鳳牙が御影の方へ顔を向けて何事かと問いかける表情をしている。
「ああ、いや、何でもねえ。そこの倉庫の権限を一時的に解放してっから、持てるだけ持って行ってくれ。向うの仕事場が整ったら装備を新調してやる」
御影はカタカタとキーボードを打ち、自分の操作キャラクターに指をさすという動作をとらせた。
バーチャルリアリティ機器でログインする場合と違い、通常ログインではキャラクターの仕草もいちいちコマンドで指定してやらねばならない。
「何であなたがイベントモブと仲良く作業をしているの?」
美代の問いかけに対し、重光は音声を拾わないようにヘッドセットを外してから口を開く。
「色々事情があんだよ。で、ちょっと気になったんでな。時期もちょうどよかったってのもあるが」
背後の妻に軽く振り返りながら話しかける。
しかし、美代には何の事やら分からないようで、とても不思議そうな顔をしていた。
「どういう事?」
「頼まれ事をされたんだよ」
「……誰に?」
「んなもん、こいつらに決まってんだろうが」
重光は画面の中で動き回る鳳牙とアルタイルとそれぞれ指さし、美代に示してみせる。
しかし示された美代は怪訝な表情で、
「頼まれたって、イベントモブに?」
「ああ。こいつらな、どうもあいつらの記憶をそっくりそのまま持ってるみてえなんだよ」
コンコン、と重光は再度ディスプレイのゲームウィンドウ内でせっせと動き回る鳳牙の頭を叩いてみせた。
そんな重光の行動に、美代はさらに戸惑った表情を浮かべ、
「記憶って……、だってキャラクターを借りてるだけの人工知能なんでしょ? 意味のある会話が出来る事は知っていますけど、そんな事――」
「今までの俺との付き合いなんかの事を、全部覚えてやがった。もちろんお前の事もだ」
割り込んだ重光の言葉に、美代が一瞬息を飲んだ。冗談でしょう? と言おうとして、彼女の言葉は重光の真剣な目によって声として発せられる事は無かった。
「いくらリアルにするっつっても、ここまでやんのはさすがにおかしいだろうよ。他人様ん家の家族構成やらなんやらを勝手に調べるわけがねえ。実際、俺が前に話した事以外は知らなかった」
そう語る重光の言葉に嘘が無い事は美代にもすぐ分かったようだ。伊達に長年夫婦をやっていないという事もあるが、重光の声が真剣さを帯びているのも理由の一つだろう。
「ねえ、だから一体、それはどういう事なの?」
やや不安そうな表情で美代が重光に尋ねる。
話の肝を意図的に伝えていなかった重光は、多少逡巡を見せた後、
「……都市伝説、の類でしか聞いた事はねえんだがな。あいつらの話を真に受けんなら、あいつらは今ゲームに囚われて、ログアウト出来ん状態にあるらしい」
そんな言葉を口にした。
躊躇いまで見せたそんな重光の言葉をじっくりと口の中で反芻させ、美代が一瞬止まってから少し大きめの声で笑い始める。
「もう、いやだわあなたったら。怖い顔になってるから何事かと思ったら。そんな事、今はもう子供だって信じてないわよ」
どうにかこうにかという感じでそれだけを言って、美代はしばらくお腹を抱えて笑い続けていた。
その様子からして、彼女が重光に一杯食わされたといった程度にしか思っていないであろう事は明白だった。
重光はそんな美代の様子を特に表情を動かす事もなく見つめ続け、ようやく笑いが収まりかけた頃にゆっくりと口を開いた。
「ああ、ああ、そうだろうともさ。そんなふうに笑われんのは承知の上だ。だが、まあ約束しちまってんだよ。何の因果かちょうど行けなくもない場所に確認に行くだけだ。だから、そうすれば何か分かるはずなんだよ」
「あら、何処に何を確認に行くのかしら?」
「……アクセスポイント喫茶だ。狼小ぞ――そこの銀髪獣耳がそんな事になる前にログインしていた場所なんだとよ」
重光の言葉に、笑みを消した美代が再び不安そうな表情になる。
「ちょっと、それ個人情報じゃない。いくら何でもやりすぎじゃないかしら? それに、仮にあなたの話が本当だとして、会った事もない他人にそんな事を話すなんて……」
美代の心配はもっともな事だ。インターネットが広く普及した時期に、自分の個人情報を公開して事件に巻き込まれた若者がニュースを騒がした事がある。
かなり改善されてはいるものの、未だにそういった個人情報保護に対して甘い認識を持っている者は多くいた。
たとえそれが自分の行きつけのアクセスポイント喫茶の場所だとしても、そこから自宅を割り出されたりすればどんな弊害があるかも分からないのだ。
それは重光にもよく分かっている。分かっているからこそ、彼は自分が確認に行くつもりなのである。
「信用してくれるんだとよ。実際に会った事はねぇが、まあそれなりの付き合いはあったんだ。ガキに信用しますって言われて、そいつを裏切るのは気が引ける」
重光がふんと鼻を鳴らして照れくさそうにそっぽを向く。心なしか、その耳は赤みを帯びているようだった。
そんな彼の姿を、美代が不安そうな表情から一転、とても優しい眼差しで見つめている。
「あなた、そういうところは生真面目だものね。まあ、そこがいいところの一つなんですけれど」
美代の言葉の後半部分はとても小さく、重光にはよく聞き取れなかった。そのため、
「あん? 何か言ったか?」
そう聞き返したのだが、
「いいえ、何も。あ、ほら、何か話しかけてきてるみたいよ」
美代に指摘され、重光は慌ててヘッドセットを被り直した。そうしてディスプレイに映る鳳牙とアルタイルにあれやこれやと指示を出していく。
美代はそんな重光を様子を見て、
「まったく。最初はちょっと渋ってたくせに、急に旅行に乗り気になったと思ったらこういうことだったのね」
また小さく息を吐き出した。それは憂う溜息というよりは、子どものわがままを優しく許すような、愛情に溢れたものだった。
彼女はその優しいまなざしのまま、
「そうね、あの子たちに止めるって言われた時は柄にもなくショックを受けてたし、どんな形であれまた戻ってきてくれた事が嬉しいんでしょう?」
「っ! なっばっべ、別に……そういうんじゃねえよ……」
『はい?』
『うぬ? 御影殿何か言ったで御座るか?』
「い、いや、何でもねえ!」
重光が焦って大きな声を出す様を、コロコロと鈴を転がすような声で笑う。そうして笑って、美代がふと何かに気がついたように目を丸くして笑いを止めた。
「……そういえば、あの子が止めたのも同じ頃だったわね」
美代のその言葉は、ヘッドセットを通して会話している重光に気が付かれる事もなく、また口走った美代本人もすぐに意識の片隅に追いやってしまったため、すぐに思い出される事は無かった。
◆
目的の場所は指定された駅からすぐのところにあるビルの三階という事だった。店の名前もメモをとり、住所も把握してある。
つまり、その場所を見つけるのに苦労のしようがない。それほどしっかりと準備をしたはずだった。
だが――
「…………ねえな」
「ないわねぇ」
重光と美代はメモに書かれた通りの場所にあるビルの一階で、テナント名が並ぶプレート群を前で途方に暮れていた。
二人は指定された駅で電車を降り、聞いていた通りの特徴を持ったビルに真っ先に辿り着くも、教えられていた店の名前がプレート群に見当たらなかったのでしばらく周囲をぐるぐると回って、最終的に最初の場所へと戻って来ていた。
重光は何度も何度もメモと目の前のプレート群を見比べるが、やはり教えられた店名のプレートは存在しない。それがあるはずの場所には同じアクセスポイント喫茶ではあるものの、まったく別の名前のプレートが収まっていた。
「ねえ、もしかしたらお店の名前を変えたんじゃないかしら?」
「んー……、まあ、なくはねえよなぁ」
美代の言葉を受け、重光はがしがしと頭をかく。とにもかくにも悩んでいても仕方が無い状況だった。意を決して重光はビルの脇の階段を登り、目的地であるはずの三階を目指す。
店名の書かれた自動ドアを潜って中に入り、真っ直ぐに受付へ向かった。受付には制服姿の若い男がいて、
「いらっしゃいませ。ご利用は初めてですか?」
マニュアル通りの対応を笑顔で始めた。
対して、美代を後ろに控えた重光は、
「悪いな兄ちゃん。ちょっと聞きてえんだが」
「はい。なんでしょうか?」
「このメモの店を知らねえか? 確かにここがこのメモの店のはずなんだが……」
手書きのメモを店員に差し出した。
店員はややきょとんとしながらもメモを受け取り、そこに書いてある文字を見てすぐに「ああ」という表情になった。彼はメモを重光に返しながら、
「この店もう潰れたんですよ。それで――」
「潰れた?」
店員の言葉を受けて、重光は片眉を跳ね上げる。そうして思わず相手の続きを遮って聞き返してしまった。
しかし店員は言葉を被せられた事に嫌な顔もせず、
「ええ。僕、ここで働く前はそのメモの店で働いてたんですよ。そろそろ二ヶ月くらい経ちますかね。店が潰れて解雇された時、同じ場所にまた今のアクセスポイント喫茶が入るってんで、紹介してもらってそのまま継続みたいな形で雇ってもらったんです」
営業スマイルのまま重光の問いに答えた。
二ヶ月前と聞いて、重光はまさに鳳牙たちにゲームを止めると告げられた時の事を思い出した。それと同じ時期に鳳牙がログインしていたというアクセスポイント喫茶がなくなっているという事になる。
「あなた。確かあの子たちが止めるって言ってきたのもそれくらい前じゃなかった? おかしな偶然ね」
重光が考えている事と同じ事を、美代が口にした。
確かに偶然と言えばそれまでだが、重光はその符合に何らかの意味があるような気がしてならなかった。
「まあ、元々ネットゲーム会社が出資して過剰なサービスやってたアクセスポイント喫茶でしたからね。ここだけの話、僕もいつかは潰れると思ってましたよ」
「……そいつぁ、どういうことだ?」
「あれ? 聞いた事ありませんか? アクセスポイント喫茶にはバーチャルリアリティゲームを提供している会社が直接経営して、ゲーム利用者には利用料無料って店がいくつかあるんですよ」
さも当然の事のように説明を受けたが、重光にはよく分からない。すると、
「ええ。聞いた事があるわ。あまり数は多くないみたいだけど、地方でも都市部にはそんなところがあるって」
美代がそんな説明を加えた。
重光は自宅に自分と美代のためにそれぞれ一台ずつバーチャルリアリティ機器を設置しているため、こういった場所に関しては存在のみを知っていて、その他の事は非常に疎かった。
「でも、最近になってほとんどが潰れたんですよね。そこをいろんな会社が買い取って普通のアクセスポイント喫茶として新規オープンしてるんですよ」
ここもその一つです、と店員の男は話を締めくくった。
重光はその話の中で別の場所のアクセスポイント喫茶も閉店しているという事実が気になり、
「他の場所も、二ヶ月前に一斉に潰れたのか?」
「ええっと、確かネットで見た限りだと二ヶ月前から一ヶ月前にかけてですかね。もう何処にも残ってないはずですよ」
店員の男は斜め上に視線を向け、ひいふうみいと指を折りで数えながら最近のアクセスポイント喫茶事情を口にする。
店員の話を聞いて、また奇妙な符合があるなと重光は感じていた。
ゲーム会社出資のアクセスポイント喫茶が二ヶ月前から一ヶ月前、つまりはCMOでバウンティハントイベントが始まるあたりまでにかけて次々と閉店している。
そして鳳牙たちが巻き込まれているというそのイベントは、一ヵ月をかけて百名の賞金首を生み出した。
この時期的な合致は何を意味するのだろうか。もし本当に鳳牙たちがゲームに囚われてしまっているのだとすれば、ここで一つの仮説が浮かび上がる。
だが、それはあまりに荒唐無稽な話だ。そもそも、百名もの人間が行方不明なり意識不明にでもなっているのなら、必ずニュースになる。それは最初に今の鳳牙たちと会った時に重光自身が言った事だ。
人の口に戸は立てられない。本人が話せなくても、周囲の人間が必ず何かしらの痕跡を見せる。それを完全に封殺するのは不可能だ。
ならばこの仮説はそもそも意味を成さないのだろうか。
しかし、その意味を成さない荒唐無稽なものを、重光は一笑に付する事が出来なくなっていた。
「なあ兄ちゃん。先月の六日も仕事だったか?」
「はい? 先月の六日ですか?」
重光の問いに対し、店員の男は近くに下げられているカレンダーを確認しながら、
「えーっと……、ああ、最初の週の金曜日か」
ぶつぶつとそんな事を言って重光に向き直る。
「はい。その日も午前の十時から午後四時まで僕がシフトで入ってました。でも、それが何か?」
「ああ。その日、何かなかったか? 例えば、誰かがゲーム中に気絶して病院に運ばれるとか」
軽く首を傾げる店員の様子を観察しながら、重光は新たな質問をする。
「なかったと思いますよ。そもそも、バーチャルリアリティゲームは子どもからお年寄りまで安全に遊ぶ事の出来るものですしね。おじいさんもここに来るくらいなんですし、何かゲームをやられてるんでしょう?」
店員の男は何故そんな質問をされるのだろうかという疑問の表情を浮かべながらも、はきはきと重光の質問に答えた。
そんな店員の様子をじっと見つめ、
「まあ、ちょっとな」
重光は短くそう応えた。そしてすっと店員から視線を外し、
「確かめねえといけねえな……」
「はい?」
ぼそりとした重光の独り言に店員の男が反応したが、
「いや、何でもねえんだ。邪魔したな。ありがとよ」
ゆっくりと首を横に振って、重光は店員の男に背を向けて片手を挙げた。
美代の横を無言で通り過ぎ、そのまま店を出る。
「ちょっとあなた。もういいの?」
すぐに後を追ってきた美代が重光に問いかけた。彼女は今の話を聞いてもこれといって何かを感じたわけでは無さそうだった。
それはきっと、自分が経験したものを彼女が経験していないせいだろうと重光は考える。
全てを話してみるべきだろうか? 一人の考えよりも二人の方が何かしら分かるかもしれない。
そんな考えが重光の脳裏を掠めるが、結局この場ではこれ以上何も言わない事にした。
どこで誰が聞いているとも限らない。宿に戻ってからにするべきだった。
「………………」
そもそも、御影がアクセスポイント喫茶を探しに来たのは手がかりがこれしかなかったせいだ。あの死闘の後で全員から話を聞いたのだが、何かを特定出来そうな固有名詞を言おうとすると声が出なくなり、あらゆるチャットが機能しなくなるのである。
当人同士だけだったときは普通に話せたというのだから、これは間違いなく一般プレイヤーである御影の存在が関わっていると見るべきだった。
その後御影のいない場所で書き置きと同じように紙にも書かせてみたが、これもその単語を書こうとすると体が動かなくなるという結果に終わっている。
相手の真剣さからそれらが冗談でもからかいでもない事は御影にもよく分かったため、とにかく何かないかと四苦八苦した結果がアクセスポイント喫茶だ。何故かこれだけは言葉にも出来て紙にも書けたのである。
――調べられても問題ねえって事なのか?
色々と憶測が浮かぶが、どれもこれもあやふやに過ぎた。
さしあたっては今日の夜。美代に話すにしても鳳牙たちに再度質問をしてみる必要があるだろう。その答えによっては、かなり厄介な問題に発展する恐れがある。
もしかすると、ただの一プレイヤーに過ぎない重光の手には余るほどの。
「あなた? どうかしたの?」
黙りこんでいる重光を心配して、美代が声をかけてきた。
重光は今は妙な心配はかけまいと、
「いや、ちょっと予想外だったんでな。まあいいだろう。ともかく用事は済んだ。とりあえず、何処かで飯を食うとしよう」
今の話は終わったという事を強調させ、話題をすりかえる事にした。
「え……ええ、そうね。そういえば、このあたりに美味しいお蕎麦屋さんがあるみたいよ」
そんな重光の様子をどう思ったのか分からないが、美代は一瞬目をしばたかせたもののごく自然にそんな話題を返してくる。
「ほう、蕎麦か。そいつはいい」
これ幸いと重光は蕎麦の話題に乗り、意識的に先ほどのやり取りを頭の片隅に追いやった。
だが片隅に追いやっただけで、それは決して頭の中から消える事はなく、その後何をしている時でも終始重光の意識の片隅に残り続けていた。