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お隣さんはマイノリティ

作者: リゼ

 

ヒールの攻勢に痛む足を引きずりながらマンションにある自分の家へと帰宅した清花 (さやか)は、玄関のドアに鍵が掛かっていない事に気が付き、あれ? と首を傾げた。


「やだ、鍵閉め忘れてた? まっずー。たっだいま~」


一人暮らしのせいか、考えている事を無意識のうちに口に出しつつ、清花は誰も居ない家に入りながらも、習慣的に帰宅の挨拶をする。


「……てゆか、廊下の電気点けっぱなしだし。

やだなー、あたし、今朝そんなに慌ててたの?」


玄関の三和土に、足を苦しめるハイヒールを放り出すようにして脱ぎ捨て、いつも玄関先に用意してある筈の自分用スリッパが何故か見当たらないので、仕方なくストッキングのまま廊下を横断して寝室のドアを開けた。


室内では上半身裸の男性が、ベッドの柵にベルトで両手首を拘束されて仰向けに横たわり、その彼の上にのしかかって組み敷いている、拘束した犯人らしき男性は彼のズボンのチャックに手をかけていた。


えっと……


「那智 (なち)! おま、お前という奴はーっ!

やっぱり浮気してたんじゃないか! なんだよ『ただいま』って!」

「落ち着け彬 (あきら)」


馬乗りになっている方の、サラサラな黒髪にサラリーマン風のスーツ姿の彬氏、推定年齢25歳前後の彼は、寝室のドアを開けた状態のまま固まっている清花を見つめて呆然としていたが、我に返ったように騒ぎ出した。

それを、両手を拘束された状態で下敷きにされている、かなり奇抜な印象を与える赤色に染め上げられた髪の、優男風の那智氏、推定年齢30歳前後の彼が冷静に宥めるも、彬はよほど錯乱しているのか、ちっとも頭が冷える様子もなく半泣きで叫び続ける。


「オレを部屋に上げたがらないと思えば、この女といつの間にか同棲してたのか!?

なんだかんだ言っても、お前も結局は女が良いのかーっ!?」


等々、マシンガンの如く叫び続け流石に疲労したのか、荒くなった呼吸を整えるべく、しばらく黙りこくり、ぼたぼたと涙を零しだした。


「……お前がそのつもりなら、仕方が無い、よな」

「彬、俺は……」

「良いんだ、何も言わなくて!

元々障害だらけの関係で、ずっと続けていくのは、難しいって分かってた……なのにオレは、なんでもかんでも那智のせいにして……こんなんじゃ、愛想尽かされたって、当然だよな」


彬はうなだれたままベッドから下り、那智を見下ろして悲しげに呟く。


「那智、オレ……見合い、受けるよ。そっちがどうなるかは分かんねえけど……でも、オレ達はこれで……サヨナラだ」


そしてそう告げるなり、後ろも振り返らずに室内をスタスタと歩き、ひたすら黙って硬直化したまま、ドアの前で修羅場を眺めていた清花の体を押し退けて擦れ違った際、


「……那智を不幸にしたら、許さねえから」


そんな呪いじみた囁きを彼女の耳元に残して寝室を後にすると、彬はバタバタと廊下を駆け出し、玄関のドアを乱暴に開け放ったらしき、バンッ! という音が響いて、しばらくしてからガチャンと自然に閉じたらしき音が。


そして、残された寝室に満ちる、痛いほどの沈黙。


「ええっと……」


那智の冷めた眼差しが、清花に突き刺さる。


「今晩は、お帰り、俺の『同棲相手』さん?」

「こ、今晩は……えと、その……」


もじもじと居心地悪く返事を返す清花に、那智はすぅっとその瞳を細める。


「は、ハジメマシテ……申し訳ありません、部屋を間違えたヨウデス」

「ああ、そうみたいだね」


再び、寝室に満ちる居心地の悪い沈黙。

不意に那智が苛立たしげに舌打ちをするので、清花はびくぅっと身を震わせた。


「なあ、俺の『同棲相手』の君。

いつまでそこに、まるで案山子同然にボケーッと突っ立ってるつもりなんだい?」

「え? え?」


混乱し過ぎると、再起動までに時間がかかるという、かなり性能の悪いコンピューター並みに突発的アクシデントに弱いタイプの清花は、那智の不機嫌さに半泣きになりつつあった。


「俺のこの状況を見て、不自由な両手を解放してくれるなり、最悪、部屋を間違えた事を自覚したなら、さっさと出て行くなりなんなりしたらどうなんだ?」


那智の言に、清花は慌ててベッドに駆け寄り、彼の両手を締め付けているベルトを外しにかかった。


「で、今更だが。

君はいったいなんのつもりで、人の部屋に不法侵入をしてきたんだ?」

「じ、自分の部屋だと思って……間取り、一緒だし、飾りっけが無いのも」

「玄関の鍵は」

「掛かってませんでした。だから、閉め忘れたかな? と」

「……彬の奴、開けっ放しにしてたな」

「あの、それは今もそうじゃないかと」

「まったく。あいつは本当に落ち着きが無い」


そんな会話を交わしながら清花がバックルをいじってベルト外すと、那智は手首をさすりつつ身を起こし、ベッド脇に置かれていたデジタル時計にチラリと視線をやった。


「なるほど、君は随分遅くまでお勤めなんだな。

疲れて疲れて疲れ過ぎて、うっかり部屋を間違えて不法侵入した挙げ句、カップルに誤解を振り撒いてピリオドを打つのも無理は無い」


ベッドの上に腰掛け、冷たく自嘲を含んだ笑みを浮かべながら、そんな嫌味を飛ばしてくる。

因みに現在時刻、深夜の3時過ぎ。

先ほどの修羅場……というか、彬が一方的に混乱して自己完結した騒ぎの最中も清花が黙ってぼーっとしていたのも、疲労からぼんやりしていた、というのも大きい。


「はは……うっかり終電逃しちゃって。歩いて帰ってきたら、こんな時間に」


今夜は金曜日で明日は休日だから、歩きという選択肢を強行したのだが、やはり普段は電車に乗って移動している距離を徒歩で横断というのは、予想以上に足にきた。


「……なんだって?」


ベッドから立ち上がった那智は、ギョッとした表情で清花を振り返った。


「あ、すみません、長々と居座っちゃって。あたしそろそろお暇します」


いつの間にか座り込んで足を休めていた清花は、慌てて立ち上がる。


「……茶ぐらい出すから、良かったら飲んでいきなさい」

「は? いや、そんなご迷惑をお掛けする訳には……」


半分脱げていたシャツのボタンを留めた那智は、清花の肩をポンと軽く叩き、「喉は渇いてないのか?」と労るように言い、


「どうせ俺が飲むついでだから、そう気にしなくても構わないさ」


と、肩を竦めて告げ、清花の背中を軽く押すようにして廊下に押し出すと、那智は即座に玄関に向かって鍵を閉めた。

在宅中でも、開けっ放しは防犯上、不用心だもんね。現に、あたしが入ってきちゃったし。


「言わなくても君には分かるかもしれないが、向こうがリビングになってる」


そして清花の遠慮など全く意に介さず、那智にリビングに連行され、清花は深夜にお茶をご馳走になったのであった。


淹れてもらった緑茶を飲みつつ、話した内容によると、薄々気が付いていた事ではあるが、どうやらこの那智氏のお部屋は清花のお部屋の隣室らしい。このマンションに清花が部屋を借りてから既に3ヶ月は経つが、同じマンションに暮らしていても、引っ越しの挨拶に訪ねた際に不在だった住人とは、未だに全く顔を合わせていない。


「ああ、俺、昼間は大抵寝てたから。清花ちゃんがチャイム鳴らしても、全然気が付いてなかったんだろうな」


小さなテーブルを挟んで、向かい側に腰を下ろしている那智は、お茶で一息入れてだいぶ気分が和んだのか、先ほどまでの刺々しさが抜けて、穏やかに語る。


「昼間はお休みって、那智さん、お仕事は何を?」


夜間のお勤めとなると、やはりホストか!? と、微妙に緊張を覚えながら尋ねると、那智は唇の端を軽く持ち上げた。


「何だと思う?」

「ほ、ホスト?」


清花が恐る恐る正直に答えてみたところ、ぶぶっ! と、吹き出された。


「……そ、そうか、俺、若い女の子の目にはホストに見えるのか……!」


口元を押さえて大爆笑を堪えつつ、那智は声を震わせつつ清花から視線を逸らす。


「ち、違うなら違うって、はっきり言って下さいよ」

「ああ、ゴメンゴメン。

俺はね、物書き。在宅のお仕事だから、堂々と夜型生活送ってるの」


ぷくっと頬を膨らませて文句を口にする清花に、那智は赤い髪をかき上げて耳にかけ、笑みを零した。



それから清花は、那智とたわいのないお喋りをした。

恋人に誤解させてしまった事を謝罪するも、那智氏は溜め息混じりに「良いんだ」と、首を左右に振る。

あの彬とはそもそも、最近ギクシャクしていて、那智も関係解消を考えていたらしい。

彬の方に見合い話が持ち上がって、潮時かと腹を括って距離を置いていたらマンションの部屋に乗り込んできて修羅場になり、そこへ清花がうっかり迷い込んで来たせいで、事態は加速して終結をみた、と。


「あいつのああいった、思い込みの激しさや猪突猛進さが、滅茶苦茶笑え……いや、可愛かったんだが。彬の前途ある未来を、俺のエゴだけで縛り付ける訳にもいかないからな」


彬の幸せを決めるのは彬自身だから、見合いは受けて、その上で考えて欲しかったんだ、と、那智はどこか寂しげに笑う。

清花には、同性同士での恋愛というものはよく分からなかったが、世間体や婚姻出来ないという法、その他様々な難題が降りかかってくるのだろうな、と、他人事ながら同情めいた感情が湧き上がってきた。本人達にしてみれば、余計なお世話かもしれないけれど。



そうして色んな話をしているうちに、清花はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

目が覚めたら自分のベッドではなく高そうなソファで、慌てて室内を見回せば、あまり見覚えの無いリビングの風景。

掛けられていたタオルケットを持ち上げて、ババッ! と自らの格好を確認するが、昨夜と全く変わらぬ通勤用のブラウスにロングスカートにストッキング。

寝乱れた程度で、脱がされた形跡も無い。


「ああ、起きた。

おはよう清花ちゃん。よっぽど疲れてたんだな、もう昼だよ」


自分の置かれた状況の把握に努めている清花に、コーヒー片手に新聞を捲っていた那智が、視線を上げてフッと微笑みかけてくる。


……考えてみれば、この人ゲイだった。

あたしに何かやらしい事なんか、する訳ないじゃん。


その平和な光景に、清花はなんだか気が抜けてしまって、のそのそとソファから身を起こして小さく頭を下げた。


「おはようございます、那智さん。

あたし、寝ちゃってたんですね……重ね重ね、ご迷惑を……」

「疲れてるところを引き止めたのはこっちなんだから。

何か食べる? って言っても、食パンぐらいしかないけど」

「お、お構いなく……」


スタスタと冷蔵庫の前へと歩み寄り、中を覗き込んで空っぽな事に気が付き舌打ちした那智は清花の方を振り向き、


「君の腹具合を斟酌したんじゃなくて、俺の腹が減っててね?」


何故か威張りくさってそう言い放った。

……これは、えと、もしや遠回しに、泊めた礼にご飯作ってくれって要求?


「というか、良ければあたし、一旦帰って、ご飯作って持って来ます、けど……?」

「へえ、清花ちゃんは気が利くね」


遠慮がちに申し出てみると、那智はにっこりと機嫌良く頷いて喜んだ様子。

どうやら、清花の推測は間違いではなかったらしい。


ソファの足下に置かれていたハンドバックを手に取り……やはりこれも、いじられた形跡すら無い……一旦自分の部屋に帰って手早くあり合わせの材料で朝食、いや昼食? の支度を調えてお隣へと持って行き、二人で向かい合って食べたのである。



その日以来、清花はお隣に住む那智と頻繁に顔を合わせるようになった。

初対面の出会いこそアレであったが、ちょくちょくメールや電話をしたり、ご飯を食べたり借りてきたDVDを一緒に鑑賞したり、テーマパークやドライブに連れて行って貰ったり(那智氏は運転免許だけでなく、自動車まで持っていて実に羨ましい)お互いの仕事の愚痴を口にしたり酒盛りに付き合ったりと、かなり親しくさせて頂く良き隣人関係を築き上げたのであった。


仕事で煮詰まったと溜め息を吐く那智のお手伝いを申し出たら、物書きを自称する彼の具体的なお仕事内容が清花の予想の斜め上をいくもので、お手伝いの内容も羞恥心との激しい戦いを要するものであったが、なんとか耐え抜いて無事に「有り難う清花ちゃん。お陰ですごく助かったよ」の台詞を引き出し。


那智さんって、素敵な人だなあ……彬さんがあたしを見て、すんごく怖い顔で睨み付けてきたのも、納得だわ。


那智と知り合って3ヶ月も経つ頃には、そんな風に考えるようになっていた。


清花はどうも、女子校育ちで男性に免疫が無いせいか、隙が有りすぎて危なっかしいと那智には心配を掛けてしまっているらしく、


「会社の先輩に、飲みに行かないか最近よく誘われてる……?

駄目駄目、いきなり二人っきりでお酒だなんて下心満載だから断るべき」


「今夜は会社の飲み会?

ふうん……男って生き物はみーんな狼なんだから、誰かに誘われても、絶対に二人っきりになったら駄目だよ?」


「良い? 清花ちゃん。

君は女の子なんだから、絶対に夜間の独り歩きなんてしちゃいけません」


「清花ちゃんは無防備だから、毎日会社に送り出すのは、俺本当に心配だよ。

もし万が一、上司からセクハラなんてされそうになったら、毅然と拒絶するんだよ?」


「また飲み会? 二次会に行くなんて言語道断だからね。

ああ、むしろ一次会が終わったら電話して。俺が迎えに行くから」


などと、いったいどこの過保護な兄だ? 的な台詞を真顔で吐く。

忠告や助言を、従う義務は無いと逆らったり無視したりする事は容易かったが、那智には本当に心配させてしまっているとひしひしと感じ取ってしまう清花は、飲み会や残業で帰宅が遅くなる際、送り迎えの申し出には甘えてしまう事にしている。


……決して、タクシー代が勿体無いという不純な理由では……すみません嘘です本当は夜のタクシー代が高くて涙目だからです。



そんなこんなで毎日を忙しくも楽しく過ごしていった清花は、冬場にも関わらず相変わらず恋人の一人も出来ない現状に拗ねつつ、クリスマスイブの夜までしっかり仕事をこなし、ダメ元で一緒にご飯を食べないかと那智を誘ってみたところ、OKを貰ってウキウキしながらご飯を作り、部屋へと招き入れたのである。


「今日も仕事だったのに、ご飯まで作ってくれて有り難う、清花ちゃん。これ、ケーキ買ってきたよ」

「わ~、クリスマスケーキだ!

こんなに豪華なケーキ、何年ぶりか……!」


イブだろうと、仕事の後に作って出したのはあまり豪勢な夕食でもないのだが、那智はとても喜んでくれて、清花はにこにこしながら夕食に舌鼓を打った。


「明日、良ければデートに行かない?」と誘われて、どうせお独り様で寂しく過ごすしか無い清花は、二つ返事で了承した。那智が連れて行ってくれるデートスポットは、いつか行ってみたいと考えていたような場所ばかりで、いつも楽しく過ごせるのだ。


「それにしても那智さん、あたしって、そんなに魅力ないのかなー」

「……え?」


デザートにケーキを食べつつ、清花が憂鬱な溜め息を吐くと、那智は非常に動揺した様子でフォークを取り落とした。


「この年で未だに、男っ気ゼロだし……ねえ那智さん、どうやったら男の人って、その気になって貰えるんでしょう?」

「清花ちゃん……ゴメンね、君を不安にさせてる事に気が付かなくて」

「はい?」


せっかくのクリスマスなのに、今年もまた恋人無しで過ごすなんて……と、清花が唯一得ている男友達である那智に、真剣なる悩みを打ち明けてみたところ、彼から両肩をぐっと掴まれて、顔が近付い……


え? え?


唇に、何かふにふにした感触がして、混乱のあまり活動停止状態に陥った清花をよそに、すぐ目の前に居る那智はやけに色っぽい笑みを浮かべる。

そして、椅子に座っていた清花をおもむろに抱き上げ、何故かリビングから運び出した。


「君に合わせて、ゆっくり進めてあげようと思ってたけど……どうやら、少しばかりゆっくり過ぎたみたいだね?

大丈夫、すぐに取り戻してあげるから安心して?」


な に を、デ ス カ?


固まったままの清花を彼女の寝室に運び込むと、ベッドの上へとそっと横たわらせ……覆い被さってきた。


「な、那智、さん?」

「ああ、さっきの質問に答えてなかったね。

男がその気になるのは……そうだな、にこにこ笑ってるのを見た時? 特に、美味しそうに食べてる笑顔なんて、滅茶苦茶そそるね。

清花ちゃんは、どんな笑顔でも本当にくる」


何が!?


愉しげに頬を撫でられ、呆然と那智を見上げている清花に再び顔を近付けつつ、


「それじゃあ遠慮なく、いただきます」


そんな熱っぽい囁きと共に、再び唇が重ねられた。



クリスマスイブの夜、あたしはしっかりがっつり隣人のおにーさんに喰われました。

そりゃあもう、初心者だという事情も考慮して下さらず、泣いても許しを請うても容赦される事なく、徹底的に幾度もお代わりを要求されましたとも。


あたしが那智さんと、『仲良くお友達付き合い』をしていると思っていた日々は、向こうからしてみれば『恋人同士の交際』だったらしく……


「ゲイだなんて言って油断させて、こんな……那智さんの嘘つき!」


翌日目が覚めてから口にした、そんなあたしの正当な筈の訴えは、


「何言ってるんだ?

俺は一言だって、男しか愛せないと言った覚えはないが……

だいたい清花ちゃん、君、先月俺の告白にOKしたじゃないか」

「……え?」


そんな那智の言い分によって一刀両断された。

ベッドの上でシーツに包まって芋虫状態のまま、意表を突かれて瞬きを繰り返す清花に、ベッドに横座りしてそんな彼女の頭を撫でる彼は、溜め息混じりに先月の状況を語り始めた。

要約すると、こんな感じだ。


――清花ちゃん、俺と(恋人として)付き合って。

――はい、良いですよ(どこにお出掛けだろう)?

――じゃあ明日、映画でも観に行こう?

――わ~っ。それじゃああたし、あれが観たいです。最近CMでよく見掛けるあの……


――(恋人として)好きだよ、清花ちゃん。

――あたしも那智さんの事、(お友達として)大好きです。


……那智さん、明らかにソレ、お互いの意図と認識が食い違ってます!


「俺は日々、あんなに熱く想いを交わしあっていたと思っていたのに。

それなのにまさか、清花ちゃんに弄ばれていたなんて……!」


なんて事だ! とでも言いたげに、大袈裟に嘆く那智。如何にも、自分の方が被害者だと言わんばかりである。


「道理で清花ちゃん、デート中だろうが擦れ違った男を『あの男の人格好良いと思いません?』だの、『那智さんはあの人達の中ならどの男性がタイプなんですか?』とか、聞いてくると思えば……!」

「そ、そんなの仕方がないじゃないですかっ!」


先月から交際していた恋人であるらしい那智に、イケメン談義を持ち掛けていた清花は、シーツを引っ張り上げて顔も隠した。


「『仕方がない』? へえ……?

それなら、そんな話題を振られたり、飲み会に出掛ける君を送り出すたびに、焼け付くような苦しみにもがいていた俺が、今こうして清花ちゃんを求めるのも、『仕方がない』事だよね?」


べりっと引っ剥がすように、清花の防具であるシーツを剥ぎ取った那智は、涙目で見上げてくる恋人を見下ろして、唇の端を持ち上げた。


「良いね、その顔。

今にも泣きそうに堪えてるの見ると、もっと鳴かせたくなる」

「ひぃっ!? き、昨日までの優しい那智さんを返してーっ!」

「失敬な。

俺はいつだって、清花ちゃんにこんなに優しいのに」


逃れようとする清花を押さえつけ、那智は彼女の唇に熱い口付けをプレゼントしたのである。



登場人物簡易紹介


清花……平凡なOL。20代。

危機管理能力が低く、異性との交際経験が無いせいか、那智と交際している事実に1ヶ月半もの間気が付かなかった天然。

高校・短大は女子校通いで、社会人になってからは仕事が忙しく、素敵な男性との出逢いの無さに嘆いていたが、本人が出逢っている事実を全て気が付かず、華麗にスルーしていればさもありなん。


那智……物書きを自称している、30歳ぐらいのイケメン。職業・官能小説家(爆)

どちらかというと男性を好むのは事実だが、女の子も好きという、どっちでもいける自由人。

初登場時はアレだが、Sっ気の強い攻め様。好みのタイプは、バカっぽいところがあるちょっと抜けてる子。

彬との関係をきっちり清算してから、清花に告白して交際を始めた。お付き合いしている相手には誠実。


彬……エリート街道を爆走している、外資系企業に勤めるお兄さん。20代後半。

初登場時はアレだが、受け。

お付き合いした男性はことごとく他の女性に奪われ、女性嫌悪症気味。

お見合い後に那智と最後の連絡を取り合って以降、きっぱり関係を断ち切っている。



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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんはm(__)m 清香ちゃんの天然が可愛すぎるっ♡です。 自分の中の那智さんは、津田健次郎さんのお声です。 勝手に脳内アテレコで楽しんでしまいました。 面白かったです(´艸`*)
[一言] 那智視点を先に読み、こちらを読んで納得しました(笑) 言葉にしていても伝わっていなかったのですね。 それにしてもMLから始まりNLで終わる作品はウェブでは初めてのような気がします。 新鮮な…
[一言] 短編でも テンポよくて、面白かったです。 3が読んでみたいです。
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