想曲・捌~偽~
翼の羽ばたきが聞こえ、いつものように主が机に出しっぱなしにしている多数の本の片付けをしていた手を止めたラキは、背後を振り返った。
開け放たれた窓から滑るように緋色の翼を持った鳥が室内へと入ってくる。一瞬空中で止まり、定位置である主の執務机の角にゆっくりと舞い降りた。
「兄さん。様子は、どうでしたか?」
平静を保てる自信が持てず、ラキは再び作業の戻りながら背後の兄に問いかける。
「目を覚ました。もう、大丈夫だ」
嬉しそうな兄の言葉に、背を向けていて良かったと思う。きっと今の自分は、泣き出しそうな顔をしているだろうから。
「そう…ですか。それは、よかった」
嘘だ。
違う。―――違う。言いたいのは、こんなことじゃない。込み上げてくる、本当の言葉は…。
「―――ラキ」
静かな呼びかけに、ラキは動かしていた手を止めた。それでも、顔は向けない。
そんな弟の態度に、兄が苦笑したのが気配で伝わってきた。
「ラキ。すまないな。お前が繋いでくれた命なのに。俺は、お前を置いていく」
天命を遂げて、冥府の川を渡った時。ラウは、永遠の苦しみを覚悟していた。大切だった女性は多くの子供や孫に恵まれ、自分もまた愛しい女性に巡り会えた。
いい人生だったと、心からそう思えたから。だから、自らの犯した禁忌の代償を払う覚悟はできていたのに。
弟が、この命を繋ぎとめてくれた。己の未来を犠牲にして。あの時助けてくれたから、今度は自分が兄を助ける番だと。その一言で、幼い頃から心の奥底に突き刺さったままだった棘が、抜けた気がした。
消滅する時は一緒だと、そう言ったのに。
「それでも…。この想いだけは、譲れなかった」
背後から響く、静かな声音。
わかっている。わかっているから、もう、それ以上何も言わないで。
「…ええ。私は、大丈夫です」
激情を押し込め、振り返る。浮かべた笑みが、自然であることをただ願う。