想曲・漆~真~
毅然と応えた彼に、主は呆れとも諦めとも取れる溜め息をついた。
「わかった。お前の来世を代償に、彼の魂を彼岸へ繋ぎとめよう」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げれば、一瞬にしてその気配が掻き消えた。それでもしばらくの間頭を下げ続け、やがてゆっくりと顔を上げる。
紫暗の双眸が、遥か彼方にあるだろう此岸の岸辺へと向けられる。その顔に浮かべられた微笑みは、泣き顔に似ていた。
「…兄さん。私は…」
既に向こうと縁の絶たれた自分には、どうすることも出来ない。ただ傍観者として、その行く末を見守るだけだ。
それでも。想いが、届くのならば。この想いを、言葉にすることが赦されるのなら。
兄さん。私は、貴方に生きて欲しかった。
誰かの為ではなく。愛する者の為でもなく。自分の為に。自分自身の人生を、生きて欲しかった。
「貴方は、一途だから…」
大切で、大切で。その女性は、自分よりも大切だから。自らの命よりも、彼女の未来を選んだ。
けれど、どうか。忘れないで欲しい。犠牲にしたその命を、愛おしいと想う心があるのだということを。貴方自身もまた、誰かの大切な人なのだということを。
「兄さん…」
言葉は届かないと、知りながら。
それでも尚、ただひたすらに、想う。
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