終曲
コトリ、と微かな音を立てて置かれたカップに、読んでいた本から視線を上げる。微かな微笑みに特に反応する事無く、すぐに視線をカップへと移した。手に取り、香ばしい匂いにその深緑の双眸を細める。
「―――スコット」
「はい」
「『幸福華』に『湖底の欠片』。―――祝杯、か」
祝賀の際によく寵愛される紅茶を一口飲み、ふっと息をついた主にラキは嬉しそうに微笑む。
「兄を救っていただき、ありがとうございました」
深く、ラキは頭を下げる。
「感謝される謂れはない。僕は何もしなかったと、言わなかったか?」
予想通りの主の淡白な反応にも、ラキはその笑みを崩すことはなかった。
「はい。確かに、そう仰いました」
兄の魂が消滅を免れた時。彼は、自分は門を閉めていないと言った。だから、代償を払う必要はないと。
「それが事実だとしても。仮に、他の真実が存在したとしても。私は、貴方に感謝せずにはいられません」
有難うございましたと、もう一度深く頭を下げたラキに、主は不機嫌そうに眉を寄せた。
「僕の言葉が総てだ。他に真実など存在しない」
くだらないとでも言いたげに吐き捨て、再び手元の本へと視線を戻した主に、顔を上げたラキは穏やかに微笑んだ。
「はい」
カップが置かれ、トントン、と細い指が机を叩く。
珍しく二杯目の紅茶を淹れるよう指示してきた主に快く応え、空になったカップをお盆に載せたラキは部屋を出て行く。
パタン。部屋の扉が閉じられ、遠ざかっていく足音が完全に聞こえなくなった頃。
面白いのかつまらないのか、無感動に文字を追っていた深緑の瞳が上げられる。その視線が窓の外に向けられ、そこから臨む菖蒲に薄い切れ長の双眸が細められた。
「…望むことは、罪ではない」
主の呟きを、誰も知らない。
*
いつか
気付いてください
貴方の一途な心に
そっと寄り添う
私の想いに
*****
終劇




