想曲・玖~譲~
「…ええ。私は、大丈夫です」
激情を押し込め、振り返る。浮かべた笑みが、自然であることをただ願う。
ラウが何か言おうと口を開きかけたが、その前に背を向けて仕事に戻る。言葉は、追ってこなかった。
コチ、コチ。時の刻まれる、無機質な音。別れへのカウントダウン。
ラキには、どうすることも出来なかった。兄を助ける為に払う代償は、自分はたった一つしかもっていない。けれどそれは、決して兄が望まぬであろう事。
二つを並べられて、どちらが大事かと問われれば。本当ならば、躊躇い無く、そちらを選択したかったけれども。
願われた心が、何処までも純粋で、強いものだと。ずっと傍らにあって、知っていたから。
兄さん。本当は、あの時。貴方が、自身の命を差し出すと、主に申し出た時。
私は、止めに入りたかった。そんな事は止めて欲しいと、言いたかった。自分自身を大切にして欲しいと、言いたかったんです。
刻まれる時。魂の消滅まで、あと僅か。
全ての本を仕舞い終え、ラキは振り返る。執務机の上で静かに最後の時を待つ兄の傍らに、そっと寄り添う。
あまりにも静かに、穏やかに流れていく時間。
最期の別れの訪れを、瞼を閉じてじっと待ち―――…。
そして、針は終焉を告げなかった。
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