序曲・壱~無~
この小説は、『天の啼く狭間で』の外伝になります。
ラウ視点の前作『太陽と月の奏でる場所で』を、ラキ視点で描いています。
『太陽の~』を読んでいないと、理解出来ない箇所があるかもしれません。
我が、命を――――。
静かに紡がれた、願いの言葉に。あぁ、と瞼を閉じる。
例え、どれ程の時間が流れたとしても。その思い出が、どんなに遠いものになったとしても。あの人への想いは、色褪せることはなくて。
ならば、自分に出来る事は何なのだろうと考える。
「―――――わかった」
無言の対峙の終わりを告げる、凪いだ深海の声が響き渡る。
そのまま部屋を出て行く主に、ラキは声を掛けることが出来なかった。扉が閉ざされ、遠ざかっていく足音を聞きながら、ラキは覚悟を決めた兄を心配そうに見つめた。
ラウが、ゆっくりと振り返った。
「ラキ。すまないな」
自分の気持ちを知りながら、それでも謝罪してくる兄に、どうして否と言えるだろう。
その赤い瞳に浮ぶ優しい光に、ラキは顔を歪めた。
「兄さん…。後悔は、ありませんか?」
その答えは、既にわかっていたけれども。それでも、ラキは訊かずにはいられなかった。
静かに閉じられた瞳。
それが、答え。
「――――――…」
あぁ、本当に。兄は、真っ直ぐで。
言葉は無力だと、思い知らされる。きっと、今回もまた、自分の想いは届かない。あの時と同じように、また、自分は傍観者でしか有り得ないのだ。
兄さん。私は…。
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