第48話:いい資材置き場ができた
爽やかな朝の光が、聖域を照らしていた。
昨日の激闘――という名の「一方的なリフォーム工事」が嘘のように、世界は穏やかだ。
俺、柏木カイトは、2階のベランダで優雅にモーニングコーヒーを啜っていた。
手すりに肘をつき、目の前にそびえ立つ巨大な構造物を見上げる。
「……デカいな」
赤と白のツートンカラー。
雲を突き抜ける高さ333メートル。
かつて日本の首都の象徴だった電波塔、東京タワー。
昨日の夕方まで、あれは人類を捕食する悪夢の肉塊だった。
だが今は、俺のスキルによって再定義され、完全に無機質な「鉄骨の塊」として鎮座している。
一般人なら、その雄大な姿に感動したり、あるいは昨日の恐怖を思い出して震えたりするところだろう。
だが、俺の感想は違った。
「(……これ、全部タダなんだよな)」
俺の目は、完全に「解体業者の目」になっていた。
俺の脳内で、高速で電卓が弾かれる。
このタワーの主素材は、SS400――一般構造用圧延鋼材だ。
しかも、俺が昨日「新品同様」に設定して書き換えたため、錆ひとつない極上品である。
この世界において、鉄は貴重だ。酸性雨ですぐに腐るからだ。
それを、俺のスキル【クラフト】で一から生成しようとすれば、1キログラムあたり10ポイントのMP(魔力ポイント)を消費する。
「(総重量、およそ4000トン……)」
ゴクリ、と喉が鳴る。
4000トンをポイント換算すると――400億ポイント。
俺が昨日泣く泣く支払った「8億ポイント」の、実に50倍の価値がある。
「取り放題じゃないか……!」
俺の手が震えた。
これは世界遺産ではない。
俺の家の前に突然湧いて出た、超巨大な「無料資材置き場」だ。
「もったいない。あまりにももったいない」
こんな高品質な鋼材を、ただのオブジェとして雨ざらしにしておくなんて、資源の無駄遣い(ロス)にも程がある。
俺の中の「貧乏性」と「DIY魂」が、激しく燃え上がった。
「よし。……解体しよう」
俺はコーヒーを一気に飲み干し、作業用ヘルメット(安全第一と書いてある)を被った。
◇
俺は庭に出た。
タワーの足元には、朝から大勢の避難民や、ザガンたち政府の人間が集まり、祈りを捧げていた。
彼らにとって、この塔は「救世の碑」であり、信仰の対象なのだ。
「あ、領主様だ!」
「カイト様! おはようございます!」
俺が近づくと、モーゼの十戒のように人垣が割れる。
尊敬と畏怖の眼差し。
だが、俺はそれらをスルーして、タワーの巨大な「脚」の一本に歩み寄った。
太さ2メートルはある、極太のH型鋼。
俺はコンコン、と拳で叩いた。
硬く、重厚な音が返ってくる。
「いい鉄だ。中身までぎっしり詰まってる」
俺は満足げに頷き、ポケットからスマホを取り出した。
起動するのは攻撃魔法ではない。
【領域編集ツール】だ。
「さて、まずは手頃なところから切り出すか」
俺はスマホの画面上で、目の前の支柱の一部をスワイプして範囲指定した。
現実空間に、青い点線が表示される。
コマンド:【切断】
「えい」
俺が指を弾いた、その瞬間。
ズンッ!!
腹に響くような重低音が響いた。
火花も、熱も出ない。
ただ、指定された空間の座標がズレただけ。
カコン、と乾いた音を立てて、長さ5メートルほどの巨大な鉄骨が、本体から切り離されて地面に落ちた。
その切断面は、刃物で切ったような荒れなど微塵もなく、原子レベルで平滑な「鏡面」となっていた。
「なっ……!?」
祈っていた人々が、悲鳴を上げて飛びのいた。
神聖な塔が、突然崩れた(ように見えた)のだ。
「り、領主様!? 何をなさるのですか!?」
ザガンが血相を変えて飛んでくる。
「こ、これは聖なる封印の塔では!? 傷つけてしまっては、中の悪魔が……!」
「悪魔? いないよそんなの。中身まで全部鉄だから」
俺は切り出した鉄骨に近づき、その断面に顔を映してニヤリと笑った。
「見てみろ、この美しい断面。研磨しなくても鏡になるぞ」
「は、はあ……?」
「このまま置いておくのは邪魔だし、有効活用することにしたんだ。リサイクルだよ、リサイクル」
俺は切り出した鉄骨を【アイテムボックス】に収納した。
巨大な鉄の塊が、シュンッと空間に吸い込まれて消える。
ザガンたちは、ポカーンと口を開けていた。
彼らの常識では、建造物を解体するには、多数の工夫と魔法、そして数ヶ月の期間が必要だ。
それを、指先一つで、豆腐を切るように切り出したのだ。
「さあ、ジャンジャンいくぞ。今日はガレージを作る予定だからな」
俺は作業を再開した。
ズン、ズン、と重い音が響くたびに、神の塔が削り取られていく。
◇
その様子を、少し離れた場所から見ている二人がいた。
レナとエリスだ。
エリスは両手を組み、潤んだ瞳でカイトを見つめている。
「素晴らしい……。あのような巨大な鉄を、いともたやすく……。これはきっと、塔に宿る余剰な力を削ぎ落とし、より強固な結界へと昇華させるための『儀式』なのですわ!」
「……騙されないで、エリス」
隣で、レナがジト目になっていた。
彼女の手には、洗濯カゴが抱えられている。
一番長くカイトと一緒に暮らしている彼女には、わかっていた。
「大家さんの顔を見て」
「え? とても真剣な、職人のようなお顔ですが……」
「いいえ。あれは――『海岸で、形のいい流木を拾った子供』の顔よ」
レナの指摘通り、カイトの表情は緩みきっていた。
「これタダでいいの? ラッキー!」という心の声が漏れ出ているような、締まりのない笑顔。
「みんな感動してるけど、あの人にとって、この塔はただの『高級スクラップ』なのよ」
「そ、そんな……。人類を救った証を、資材扱いなんて……」
「でも、それが大家さんなの」
レナは呆れつつも、どこか誇らしげに微笑んだ。
世界遺産だろうが何だろうが、自分の生活の役に立たなければ意味がない。
そのブレない価値観こそが、この聖域を維持しているのだから。
◇
十分後。
必要な分量の鉄骨を確保した俺は、庭の隅へ移動した。
そこは以前から「駐車スペース」として空けておいた場所だ。
今は車なんて持っていないが、いつか魔導車か、あるいは自分で作った軽トラでも置こうと思っている。
「よし、組み立てるか」
俺はスマホの設計アプリを開いた。
【設計図:重量鉄骨造ガレージ(2台用・電動シャッター付)】。
材料は、さっき回収した「東京タワーの一部」だ。
スキル発動:【クラフト(建築)】
ガシャン、ガシャン!
虚空から鉄骨が出現し、パズルのように組み上がっていく。
溶接の火花は散らない。分子結合によって、継ぎ目なく一体化していく。
壁材には、余った鉄板を加工して使用。
屋根には、防音加工を施した鋼板を。
そして最後に、塗装だ。
俺は少し考えて、ある色を選んだ。
「……やっぱり、これだな」
シュゥゥ……。
ガレージの柱と梁が、鮮やかな「インターナショナル・オレンジ(赤)」と「白」に染め上げられる。
タワーと同じ配色。
この庭における、統一感へのこだわりだ。
「完成!」
所要時間、3分。
そこには、頑丈極まりない、ピカピカのガレージが建っていた。
核シェルター並みの強度を持つ、男の隠れ家だ。
「うん、いい出来だ」
俺はガレージの壁をコンコンと叩いた。
硬い。頼もしい。
これが全部タダ(労働コストのみ)で作れたと思うと、笑いが止まらない。
「この調子なら、離れに『ゲストハウス』を作るのも夢じゃないな」
俺は振り返り、背後にそびえる東京タワーを見上げた。
その足元――4本ある脚のうちの1本が、不自然に細くなっている。
俺が切り取った跡だ。
完全無欠の幾何学模様だったタワーが、少しだけ「虫食い」のようになっている。
「……ま、強度的には問題ないだろ」
俺は楽観的に考えた。
あのタワーはまだまだデカい。
展望台のガラスも欲しいし、エレベーターのワイヤーも回収したい。
当分の間、DIYのネタには困らなそうだ。
「おーい、レナ! 物置が広くなったから、掃除道具はこっちにしまっていいぞ!」
俺が声をかけると、レナがパタパタと走ってきた。
「すごいです大家さん! 赤いラインが可愛いです!」
「だろ? これからはここを『第1格納庫』と呼ぼう」
平和だ。
世界の危機を乗り越えた翌日に、やっていることがガレージ作り。
この温度差こそが、俺の聖域のクオリティだ。
俺たちは新しいおもちゃを手に入れた子供のように、ガレージの電動シャッターを何度も開け閉めして遊んだ。
ウィーン、ガシャン。
その平和な駆動音が、復興していく世界のシンボルとなるのだった。




