表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/65

第40話:都市が歩き出す

 赤と白の鉄塔。

 高さ333メートル。

 「旧・東京タワー」。


 だが、俺の知っている鉄塔とは決定的に違っていた。

 鉄骨のトラス構造は、赤黒い筋肉と軟骨に変質している。

 美しい末広がりの脚部は、無数の「根」のような触手に変わり、ナマコのようにうごめきながら大地を削り取っている。


 ズゥゥゥン……!


 根が地面に突き刺さり、引き抜かれるたびに、マグニチュード5クラスの振動が発生する。

 二つの展望台は、巨大な白濁した「眼球」となり、ギョロギョロと不規則に回転しながら世界を睥睨へいげいしていた。


 先端のアンテナからは、フェロモンのような赤い霧を噴射している。

 それは建造物ではない。

 直立歩行する、超巨大な捕食者だ。


「ヒッ……!?」


 ザガンが腰を抜かし、その場にへたり込んだ。

 口ひげが震えている。


 人類にとっての悪夢。

 「S級指定災害・捕食都市型モンスター」。

 それが意思を持って、進撃を開始したのだ。


 そして、その進行方向は――。


「……真っ直ぐ、こっちに来るな」


 俺は冷ややかに呟いた。

 偶然ではない。迷いがない。

 あの巨大な目玉は、明確にこの「白い家」をロックオンしている。


 俺は手元のタブレット端末を確認した。

 画面には、真っ赤な警告ウィンドウが表示されている。


 『システム警告:惑星免疫機構プラネット・イミューンの活性化を確認』

 【対象:特異点(カイトの家)】


「なるほど。そういうことか」


 俺は納得した。

 地球ガイアという巨大な生命体から見れば、肉化していない俺の家は「癌細胞」や「皮膚に刺さったトゲ」のような異物だ。

 世界中が有機物になろうとしている中で、唯一「無機物」を保ち続けるこの場所。

 それを排除するために、白血球――つまりあのタワーを送り込んできたのだ。


 これは、災害ではない。

 地球規模の「治療行為(異物排除)」だ。


「た、隊長! 逃げましょう! 踏み潰されます!」

「退避! 総員退避ぃぃッ!」


 政府軍の規律は崩壊した。

 戦車バイオ・タンクが、捕食者のプレッシャーに耐えきれず、制御不能になって勝手にUターンを始める。

 恐怖に駆られた兵士たちが、我先にと逃げ出していく。


「ま、待て! 私を置いていくな!」


 ザガンが泥まみれになって叫ぶ。

 彼は俺の足元にすがりついた。


「き、貴様! 早く結界を解け! この家をおとりにして、我々は逃げるぞ!」

「は?」

「わからんのか! 奴の狙いはこの異質な空間だ! ここを食わせている間に、聖女様を連れて撤退するんだ!」


 軍事的には、極めて合理的な判断だろう。

 勝てない敵からは逃げる。被害を最小限に抑えるために、拠点を放棄する。

 国家の存亡を考えれば、正しい選択だ。


 だが。


「断る」


 俺は即答した。


「貴様、正気か!? あんな化物に勝てるわけがない! 死ぬぞ!」

「死ぬ?」


 俺は鼻で笑った。


「ここを捨てて、外へ逃げろって? あの湿度90%の森へ?」

「い、命があればいいだろう!」

「よくないね。泥水をすすって、カビだらけの服を着て、虫に怯えながら生き延びる? ……それは『生』じゃない。ただの『苦役』だ」


 俺はベランダの手すりに寄りかかり、迫りくる333メートルの絶望を見据えた。


 俺の背後には、白いサイディングの家がある。

 中には、涼しいリビングがあり、冷えたコーラがあり、読みかけの漫画がある。

 ふかふかのベッドがあり、温かいシャワーがある。


 もし逃げれば、それらは全て踏み潰される。

 汚い胃酸で溶かされ、永遠に失われる。


 ピキッ。


 俺の手の中で、マグカップにヒビが入った。


「……ふざけるなよ」


 恐怖?

 そんなものはない。

 湧き上がってきたのは、静かで、しかし溶岩のように熱い、憤怒だった。


「捨てるわけないだろ。ローン(魔石払い)も終わってないのに」


 俺はスマホを構えた。

 画面には、【ワールド・クラフト】の起動アイコン。


「おい、赤いの。……僕の庭の日当たりを遮るなよ」


 それは、近所迷惑にブチ切れた住民のクレームだった。

 だが、そのクレームの威力は、戦車の砲撃よりも遥かに重いことを、世界はまだ知らない。

 

 333メートルの質量に対し、たった170センチの人間が喧嘩を売った瞬間。

 最後の防衛戦が、幕を開けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ