第27話:泥棒たちの末路
「なめるな……なめるなよ、カイトォォォッ!!」
剛田の怒号が、湿った森に木霊した。
もはや、彼の中に理性はない。あるのは、自分たちを見下し、拒絶した元部下へのドス黒い殺意と、目の前にある「楽園」への渇望だけだ。
「こんなスカスカの柵なんぞ、俺のスキルでへし折ってやる! 道を開けろォッ!」
剛田は赤錆に覆われた大剣を振り上げた。
腐食してボロボロだが、腐ってもCランク冒険者の愛剣だ。
彼は残った魔力をありったけ剣に注ぎ込む。刀身が赤く発光し、熱を帯びる。
必殺スキル【紅蓮斬り】。
かつては岩をも断ち切ったその一撃が、銀色のフェンスの支柱めがけて叩きつけられた。
ガギィィッ!!
鈍く、重い音が響いた。
金属と金属が衝突した音ではない。何かが決定的に「砕け散った」音だ。
「なっ……!?」
剛田の手首に、雷に打たれたような激震が走った。
剣が、弾かれた。
いや――折れていた。
カラン、カラン……。
折れた剣先が、虚しく宙を舞い、地面に転がる。
剛田は痺れた手を抑えながら、目の前のフェンスを凝視した。
無傷。
銀色の支柱には、わずかな窪みと、焦げ跡がついただけ。
表面の酸化皮膜すら削りきれていない。
「ば、馬鹿な……! 俺の紅蓮斬りだぞ!? 鋼鉄だって断ち切るのに!」
「兄貴! 剣が……剣の中が、スカスカだ!」
後ろで見ていた盗賊が叫ぶ。
折れた剣の断面は、虫食いのように空洞だらけだった。
この世界の酸性雨と瘴気は、金属の内部まで侵食し、炭素含有量を狂わせ、脆いクズ鉄へと変えていたのだ。
対して、目の前のフェンスはどうだ。
カイトが【クラフト】で生成した、純度100%の工業用アルミ合金。
分子レベルで均一化され、品質管理された現代の金属に、腐った鉄屑が勝てる道理など、物理学的に存在しない。
「あ、ありえねぇ……! ミスリルか!? いや、オリハルコンの格子なのか!?」
剛田が絶望に声を震わせた、その時だった。
ウィィィン……。
フェンスの向こう側から、聞き慣れない音がした。
生物の唸り声ではない。モーターの駆動音だ。
「な、なんだ?」
ゴロツキたちが後ずさる。
手入れされた美しい緑の芝生。その一部が、スライドするように左右へ開いていく。
地下からせり上がってきたのは、白く塗装された流線型の「機械」だった。
台座の上で回転する、二つの円筒形ポッド。
そこから突き出した、無数の銃口。
現代人なら誰もが知る「CIWS(近接防御火器システム)」を小型化したような、二連装ガトリングタレット。
その無機質なレンズ(目)が、ギョロリと動き、剛田たちを捉えた。
『ピピッ。侵入警戒レベル3』
合成音声が響く。
剛田たちには理解できない言語(日本語)だが、その響きに含まれる「敵意」だけは、肌が粟立つほどに伝わってきた。
『対象の敵対行動を確認。非致死性兵器(ゴム弾)による鎮圧を開始します』
ヒュルルルル……。
銃身が回転を始める。
風を切る高周波の回転音。
それは、魔法の詠唱よりも速く、ドラゴンのブレスよりも冷徹な、死の宣告だった。
「逃げ――」
誰かが叫ぼうとした瞬間、世界が炸裂した。
ズダダダダダダダダダダッ!!
乾いた発射音が連鎖し、一つの轟音となる。
銃口からマズルフラッシュが走り、目にも止まらぬ速度で何かが射出された。
「ぐああっ!?」
「ぎゃっ!?」
先頭にいたゴロツキたちが、見えない巨人に殴られたかのように吹き飛んだ。
血は出ていない。
だが、彼らは白目を剥き、泡を吹いて地面に転がる。
「な、なんだ!? 風魔法か!?」
「見えない! 何かが飛んできている!」
剛田は咄嗟に腕をクロスさせて防御姿勢を取った。
次の瞬間、彼の肩と太ももに、重い衝撃が走った。
ドスッ! ドゴッ!
「ぐぅぅぅッ!!」
剛田は悲鳴を上げて膝をついた。
痛い。
鋭い痛みではない。ボウリングの球を至近距離で投げつけられたような、骨の髄に響く重い鈍痛だ。
彼が目にしたのは、足元に転がる「黒い弾丸」だった。
直径20ミリ。
金属ではない。黒く、弾力のある素材。
――硬質ゴム弾。
それは、カイトが「死体処理が面倒だから」という理由で選択した、非殺傷兵器だ。
だが、「死なない」ことは「痛くない」ことを意味しない。
むしろ、貫通せずに運動エネルギーを100%体表に叩きつけるゴム弾は、骨を砕き、内臓を揺らし、気絶するほどの苦痛を与える拷問器具に近い。
「い、痛ぇぇ! なんだこの硬い石礫は!?」
「骨が! 腕の骨が折れたぁ!」
雨のように降り注ぐ黒い弾丸。
毎分3000発の暴力が、剛田たちを蹂躙する。
「シールド! 魔法障壁を展開しろ!」
魔導師の男が叫び、薄い光の壁を作り出す。
だが、物理的な連射速度の前に、魔法など紙切れ同然だった。
バリンッ!
障壁が一瞬で粉砕され、魔導師は蜂の巣(打撲だらけ)にされて吹き飛んだ。
その光景を見て、後方にいた商人のクロガネが絶叫した。
彼は地面に転がり、跳ねてきたゴム弾を拾い上げたのだ。
「こ、これは……!」
クロガネは商人の目で、その素材を見抜いていた。
「高分子ポリマーの塊だ! 超高純度のゴム……! これ一発で、金貨1枚……いや10枚はするぞ!」
この世界で「ゴム」は超希少素材だ。
弾力があり、腐らず、衝撃を吸収する夢の素材。
それが、毎秒50発以上のペースでばら撒かれている。
「跳ねた! 石が弾力を保って跳ねているぞ!」
「あぁ勿体ない! やめてくれ! 金を撃つな!」
クロガネは弾丸をかき集めようとして、別の弾丸を腹に受けて悶絶した。
剛田は、激痛の中で歯ぎしりをした。
「ふ、ふざけんな……! 金貨で殴られてたまるかァァァ!」
屈辱だった。
自分たちが命がけで稼いでも手に入らない富を、あいつは「敵を追い払うための石ころ」として消費している。
この圧倒的な経済力の差。
それが、物理的暴力以上に剛田の心をへし折った。
「退却だ! 逃げろォォ!」
誰かが叫んだ。
だが、逃げ場はない。
タレットの照準は正確無比だ。
背を向けた者のふくらはぎを正確に撃ち抜き、行動不能にしていく。
もはや戦闘ではなかった。
一方的な「害虫駆除」だった。
◇
その光景を、カイトはリビングのソファでくつろぎながら眺めていた。
手にはタブレット端末。
画面の中では、AR(拡張現実)表示された赤いマーカーが、次々と「無力化(Neutralized)」の青色に変わっていく。
「あーあ」
カイトは冷めたコーヒーを飲み干し、つまらなそうに呟いた。
「芝生が薬莢だらけだ。」
彼が気にしているのは、剛田たちの命ではない。
庭の景観と、掃除の手間だ。
隣に控えていたレナが、興奮気味に身を乗り出した。
「主様! 素晴らしい威力です! あの黒い弾丸、ゴムマリのように跳ね回って敵を打擲しています! あれなら血も出ませんし、庭も汚れませんね!」
「だろ? ゴムの焦げた臭いがちょっと臭いけどな」
カイトは指先で画面を操作し、タレットの射撃を停止させた。
モニターの中には、動く者はもういない。
剛田たちは全員、泡を吹いて気絶するか、痛みでうずくまって呻いているだけだ。
「……よし、鎮圧完了」
カイトはタブレットを置き、大きく伸びをした。
まるで、シューティングゲームの1ステージをクリアしたような軽さで。
「さて。ここからが本当の『ゴミ出し』だ」
「はいっ! 私も手伝います!」
レナがエプロンの紐を締め直す。
カイトは立ち上がり、玄関へと向かった。
手には武器ではなく、長いステンレス製のトングを持って。
外では、タレットが格納される「ウィーン」という駆動音が、勝利のファンファーレのように響いていた。




