表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/65

第18話:はじめてのおつかい(Sランク厳戒態勢)

「野菜が足りない」


 ビタミン不足という意味ではない。それはサプリメントで補える。

 俺が求めているのは「食感」だ。

 レトルトや缶詰、乾燥肉ばかりの生活では、あの「シャキシャキ」とした瑞々(みずみず)しい歯ごたえが得られない。


 サラダが食べたい。

 キンキンに冷やしたレタスや、真っ赤なトマトを、ドレッシングをかけてむさぼり食いたい。


 俺は窓の外を見た。

 裏庭には、かつてテニスコートだった平らな土地がある。あそこを畑に改造すれば、自家菜園ができるはずだ。土壌改良もスキルで一瞬だし、肥料コンポストも作れる。

 問題は「種」がないことだ。


「レナ。ちょっといいか」

「はいっ! 何でしょう、大家さん!」


 キッチンで洗い物をしていたレナが、濡れた手を拭きながら飛んできた。

 今日の彼女は、俺のお下がりのTシャツではなく、動きやすい「ジャージ(上)」を羽織っている。

 銀髪をポニーテールにまとめ、やる気満々だ。


「野菜の種も欲しい。あと、岩塩とか胡椒こしょうとかの調味料も切れそうだし」


 レナの表情が引き締まる。

 彼女にとって、これは単なる買い物ではない。あるじの食卓を豊かにするための、極めて重要な「補給任務クエスト」だ。


「承知いたしました! 主様の菜園のため、最高級の種子を奪取してまいります!」

「奪取じゃなくて購入な。金ならあるから」


 俺は【アイテムボックス】から、換金用の魔石(小)をいくつか取り出して渡した。

 これで十分足りるはずだ。


「それと、これを持っていけ」


 俺は冷蔵庫を開け、一本のボトルを取り出した。

 外の世界は気温四十度を超える灼熱地獄だ。熱中症で倒れられたら、俺の寝覚めが悪い。


「水分補給用だ。中身はただの水だから、遠慮なく飲め」


 渡したのは、「500mlペットボトル(ラベルレス・軟水)」。

 キンキンに冷えており、表面にはうっすらと結露が浮いている。


「……っ!?」


 レナはそれを受け取った瞬間、息を呑んで硬直した。


「お、大家さん……これは……」

「ん? ただの水筒代わりだ。飲み終わったら捨てていいぞ」


 俺は気楽に言ったが、レナの視点は違った。

 彼女は震える手で、その「神の器」を掲げ、光にかざした。


(……透明だわ)


 向こう側の景色が、歪みなく透けて見える。

 クリスタルガラス? いいえ、もっと透明度が高い。

 そして何より――軽い。

 水が満タンに入っているはずなのに、容器自体の重さをほとんど感じない。まるで、水を空中で固定しているようだ。


 さらに、彼女が注目したのは「キャップ」だった。


 キュッ。


 試しに回してみる。軽い力で回り、カチリと外れる。

 そして閉める。


 キュッ、パチッ。


 完璧に閉まる。

 逆さにしても、振っても、一滴も漏れない。


(なんて……精密な機構なの……!)


 外の世界の水筒といえば、革袋か、コルク栓をした陶器の壺だ。

 当然、密閉性などない。走れば中身がこぼれるし、外気が入って水が腐る。

 だが、この「ねじ込み式」の蓋はどうだ。

 パッキンすら使わずに、素材の弾力だけで完全な気密性を保っている。

 外界の汚染された空気を、完全にシャットアウトする魔法の封印。


「こ、これを私が……? 国王への献上品クラスの秘宝を、ただの『水筒』として……?」

「だから、百均だってば」


 俺は呆れながら、さらにアイテムを追加した。


「あと、買った荷物を入れる袋が必要だな。外の麻袋とか革袋は、汚いから家の中に持ち込みたくない」

「は、はい。仰る通りです(外の袋など、この神殿には相応しくありません)」

「だから、これを使え」


 俺は【クラフト】で生成した、薄く折り畳まれたシートを渡した。


 カシャ、カシャ。


 乾いた、軽い音がする。

 半透明の乳白色をした、極薄の膜。

 

 「45Lゴミ袋(高密度ポリエチレン製)」だ。


「ちょっと失敗してな。厚みを0.015ミリにしちゃったんだ。薄すぎて破れやすいかもしれないから、使い捨てでいいぞ」


 俺としては、もっと厚手の0.03ミリを作りたかったのだが、材料とMP節約のためにケチってしまった失敗作だ。

 だが、レナの反応は違った。


「0.015ミリ……?」


 彼女は広げたゴミ袋に触れ、絶句した。


(髪の毛よりも薄い……。向こうが透けて見えるほどの薄膜……)

(それなのに、引っ張っても千切れない! 驚異的な粘りがあるわ!)


 カシャカシャという音。

 この湿りきった世界には存在しない、完全乾燥した物質の音。


 彼女は袋の中に手を入れた。

 空気が遮断され、手が温かい。

 

(完全防水、かつ完全気密……。これは『天女の羽衣』か、あるいは『ドラゴンの皮膜』を錬金術で加工した古代遺物アーティファクトだわ……!)


 外の世界で、荷物を雨や湿気から守るには、分厚い油紙か、重い革で包むしかない。

 それなのに、この袋はどうだ。

 重さが「ゼロ」に近い。

 丸めれば掌に収まるのに、広げれば大人一人分くらいの容量がある。


 これが「魔法のマジックバッグ」でなくて何だというのか。


「す、捨てていい、のですか……?」


 レナは震える声で聞いた。


「大家さんは、この『無垢なる皮膜』を、使い捨てにするおつもりで!?」

「いや、だからゴミ袋だし。中に泥がついた野菜とか入れるんだろ? 洗うのも面倒だし、捨てればいいじゃん」


 カイトの言葉は、あまりにも富豪的だった。

 レナはゴクリと唾を飲み込み、その「ゴミ袋」を丁寧に、折り目がつくほど慎重に畳んだ。

 そして、ジャージの懐――心臓に一番近い場所へとしまい込んだ。


(とんでもない……。捨てられるわけがない)

(これは、国宝よ。もし市場に出せば、城が一つ建つわ)


 彼女の瞳に、決死の覚悟が宿る。


「わかりました。この袋と水筒……命に代えても守り抜きます」

「いや、守らなくていいって。破れたらまた作るし」

「傷一つ付けさせません。私が盾になります」

「……はぁ。まあ、好きにしてくれ」


 俺は諦めて、彼女を玄関へと送り出した。

 

 レナはジャージの上に、俺が洗濯してやったボロボロの(しかし清潔でいい匂いのする)外套クロークを羽織った。

 腰には愛剣(これも俺が研ぎ直してセラミックコーティングしたやつ)を差す。


 その姿は、ただの買い出しに行く主婦ではない。

 最終決戦に赴く、伝説の勇者のようだった。


「いってらっしゃい。あ、そうだ」


 俺は最後に一つ、重要なことを思い出した。


「ついでに、もし売ってたらでいいんだけど、『マヨネーズ』があったら買っといて」

「マヨ・ネーズ……?」


 レナが復唱する。未知の単語だ。


「卵と油と酢を混ぜた調味料だ。サラダにはドレッシングもいいけど、マヨも捨てがたいんだよな」

「……ッ! 承知いたしました!」


 レナは敬礼した。


「卵(貴重品)と油(貴重品)を錬成した、幻の調味料『マヨ・ネーズ』……! 必ずや確保してまいります!」


 彼女は結界の切れ目から、外の荒野へと駆け出した。

 その背中は、悲壮なまでに真剣だった。


 俺はフェンス越しに彼女を見送り、肩をすくめた。


「……マヨネーズ、あるかなぁ。この世界、卵の管理が悪そうだからサルモネラ菌が怖いんだよな」


 俺が心配しているのは、あくまで「食中毒」のリスクだけ。

 一方、レナが懐に入れた「ゴミ袋」と「ペットボトル」が、街の経済を根底から覆す「爆弾」になることなど、知る由もなかった。


「ま、帰ってきたらサラダだ。楽しみだな」


 俺は鼻歌交じりにリビングへと戻り、ゲームの続きを始めた。

 平和な午前中だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ