貴族って面倒くさい
シリルのところに下宿させてもらったお陰で、生活面の心配が無くなり、毎日、沢山の事を覚えながら雑用係として働けるようになった。
シリルは朝早く家を出て、誰よりも遅くまで研究室にいるので、研究室でしか顔を合わせない。
同じ家に住んでいても、一人暮らしみたいな感じがする。
研究室では私の教育係をしてくれているから、密に顔を合わせると気まずいかもしれないけど、そんなことは全くない。
薬棚について教わった後、この建物の今まで足を踏み入れなかった場所について聞いた。
「この建物の一階は、魔法薬研究室の事務部門が集まっているんだ。経費精算や、出張申請、新しい器具の購入申請などの部署が集まっているんだよ」
「事務部門?」
「経費の申請や、新しい薬草の注文とか、色々だよ」
「そうなのね。気になっていたのは、2階より上なんだけど」
「2階より上、それから地下にも研究室があるんだ。ベルツ研究室を合わせると、合計6研究室がある。あと、渡り廊下の先の3階建の建物は図書館だよ」
「へえ!他の研究室にも、それぞれに雑用係がいるの?」
「いるよ。雑用係が複数いるのが普通だよ。今まで雑用係を採用していなかったベルツ研究室が異常だったんだよ」
「仲良くなれるかしら?」
「うーん。雑用係になる人は、大抵貴族籍がある人だから、仲良くなれるかどうかはわからないよ」
「そうなのね。でも、希望は持っておくわ。あと、窓からは建物がいっぱい見えるけど、他にも研究室があるの?」
「それぞれの学問ごとに建物が建っているんだ。魔道具研究学科、魔法のそものを研究する魔法研究学科。それから、魔法に関する過去の文献を研究する魔法文研究学科。あとは、魔法の攻撃法を学ぶ魔法騎士学科などなどだよ。他にもいくつかある」
「沢山あるのね」
「それぞれ、棟が違うから、専攻が違う学科の人とはあまり会うことがないね。でも、学園に複数あるカフェテリアに行くと、会うこともあるかもしれないよ」
「同じ棟にいる他の研究室の人に出会うこと自体が稀だもの」
そんな話をして数日後、薬草の追加発注のために事務局に行くと、他の研究室の雑用係に出会う事ができた。
ダークブラウンの髪をきっちりと結い、金縁のメガネをかけた女性が後から入ってきたのだ。
私と同じローブを着ているから、きっと雑用係だわ。
その後ろから、研究員のローブを着た琥珀色の髪の女性も入ってきた。
綺麗なウェーブに透けるような肌で、「エイドル伯爵令嬢様、わたくしが代わって受け取ります」と、雑用係の女性は言う。
「貴女にお願いしたのでは、中身がぐちゃぐちゃになるから嫌ですの」とエイドル伯爵令嬢は事務局員から荷物を受け取る。
「早く戻りなさい。まだ調合は終わってないの」とそっけなく言い、さっさといなくなってしまった。
あんな態度を取るってことは、この女性ももしかしたら貴族じゃなくて平民なのかしら。
私もよく無視されるもの。
しかし、金縁のメガネの女性は私の視線を無視して、順番抜かしをしようとしている。
私が先なのに。
「あの、私が先なんですけど」
感じよく笑顔で話しかけると、無表情でこちらを見る。
「あなた平民でしょう?気安く話しかけないでほしいんだけど。まず、社会常識として、貴族の方が優先権があるわ」
冷たく言った後、私の前に入って先に書類を出してしまった。
やっぱり貴族ってめんどくさい。
ほとんどの人がそうなのかしら。
こっちだって仕事なのに。
この場に爵位の有無は関係ないと思うけど、と言いたいけれど、揉めると後々面倒そうだから我慢する。
事務局の女性もそれが当然という態度だし、なんだかんだ言ってもここは貴族しかいないところだもの。
「何で、ベルツ教授は平民なんかを雑用係にしたのかしら?普通は貴族の子女がなるものなのに」
面と向かって、ひどい事を言われている。
「こんな子が採用されて友人達が落ちるなんて理解できないわ」と最後まで文句を言って事務局から出るために、勢いよく扉を開けると、入ってくる人とぶつかりそうになった。
「アンタも邪魔。ちゃんと立場をわきまえなさい!」
入ってきた女性に文句を言いながら出て行った。
入れ替わりで入ってきた女性は、驚いた顔をして金縁のメガネの女性を見た後、こちらを見てニコリと笑う。
この人は、友好的そう。
私の後に順番をついたので、書類を出してサインを貰う。
事務局を出て、廊下を歩いていると、「ねぇ、待って」と言う声と、走ってくる足音が聞こえた。
振り返ると、さっきの事務局で私の後に順番をついていた女性だ。
アイスブルーのウェーブの髪を、髪留めを使ってきっちりと留めている。
「突然、ごめんなさい。あなたがベルツ教授に採用された人よね?私はキャロル・ランドール。クラーク魔法薬研究室の雑用係よ。貴女に会ったらお話ししてみたいと思っていたの」
ニコニコと笑いながら、ポケットからキャンディを出す。
「これ、お近づきの印に。ここでは、皆お高く止まっていて、誰もキャンディなんて食べないでしょ?」
キャンディの包み紙がすごく可愛い。
「いいの?ありがとう。私はクリスティーナ・マドロスよ」
「貴族はキャンディにもこだわるみたいで、この庶民的な物を視界に入れるのも嫌がるのよ。見た目で味が決まるわけじゃないのにね」
何だかおかしくて、思わず笑ってしまった。
「キャンディの返品は受け付けないわよ?」
「美味しそうだから返品しないわ」
そう答えて早速口に入れる。
「苺味!美味しい」
「でしょ?今度、一緒にランチしましょう。研究室に手紙を送るわ。じゃあね」
言いたい事を言うと、嵐のように去って行った。
話しかけてくれるなんて嬉しい。
その翌日、早速ランチのお誘いが来て、2人で裏庭のベンチでお昼を食べながらおしゃべりをした。
キャロルとは仕事内容が同じと言うこともあり、すぐに仲良しになった。




