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新しい生活

目が覚めて、カーテンのない窓の外を見る。

近代的な建物の隙間から空が見えた。

青空だわ。

王都に来て、初めてゆっくり眠れた。

安心して眠れるってだけで幸せを感じる。

ベッドマットに敷いたラグを撫でて、置かれた木箱を見た。

今は倉庫みたいな部屋だけど、これから住みやすい部屋に変えればいいわ。

うーんと伸びをして、部屋から出る。

壁の時計は7時を指していた。

キッチンに行き、食料保管魔道具がある事に気づく。

食料保管魔道具があるなんてさすが貴族の家。

この魔道具は中に入れた食料は一週間くらいなら、新鮮さを維持できる。

ダイナーには大きな食料保管庫魔道具があったけど、こんなに小さいものがあるなんて知らなかった。


勝手に料理を作っても大丈夫かな?

きっとシリルは怒らないわ。

扉を開けてみるけど、チーズと玉ねぎが入っているだけだった。

棚を開けると、小麦粉とゴマを見つける。

油もあるわ。

ダイナーで自分用に作っていたパンのことを思い出して、作ってみる事にした。

自作の魔法鞄には、パン用の酵母を入れた瓶が入っているから簡単にできるわ。

瓶を出して、小麦粉と酵母を使ってフライパンでパンを作った。表面には胡麻を振って、セサミパンにする。


「何だかいい匂いが…」

右の部屋からシリルが起きてきた。

手に持ったメガネをかけて、まだ眠そうにあくびをする。

「おはよう。パンが焼けるわ」

「おはよう…って、え???ウチに材料なんてあった?」

「小麦があったから」

「だからってパン焼けるの?高等魔法使いより凄いね!」

不恰好なパンを焼いて、紅茶を淹れる。


「僕は簡単な料理しかできないから凄いよ」

「貴族って料理できないのが普通じゃないの?」

「うーん。騎士団とかにいたら、野営があるから料理できる人もいるけど、大半はできないよね。僕は名ばかり貴族だから、何でも自分でしないといけないんだよ」

「貴族って沢山の使用人がいるから何もしないのが当然なのよね。自分でなんでもするシリルがおかしいだけじゃない?もしよかったら、掃除や料理くらいならするわ。ハナメイに住んでいた時は、ダイナーで働いていたの」

「本当に?いいの?有難いよ。掃除や料理は苦手なんだ。それなら、家賃を割引するよ?」

「家賃割引してくれるなんて。ありがとう」

パンを食べながら家賃を決める。

これまで、下宿先の広告を見て、値段を調べていたから、シリルが提示した金額に驚きを隠せない。


「そんなに安くていいの?」

「いいよ。その代わり苦手な事を引き受けてくれたから」

シリルは、美味しそうにパンを頬張る。

なんていい人なのかしら。

私に部屋を提供してくれて、しかも家賃もかなり安くしてくれた。

きっといつも誰かのためにって考えて、損したり我慢したりしてるんだろうな。


「今日は、約束通り蚤の市に行こうよ」

この後の予定を立てる。

シリルは寝癖を治して、長い髪を一つに括り、貴族らしからぬ洗いざらしの生成りのシャツと、着慣れた感じのブラウンのジャケットを羽織った。

私は、一番シンプルなグレーのワンピースにした。

胸まである髪はハーフアップにする。

大切な手作りの魔法鞄は肩掛けカバンの中に入れて、急いで出発した。


「蚤の市は月に2回あるんだ。乗り合い馬車なら30分で着くけど、歩くとかなり遠いよ」

「乗り合い馬車!ほとんど乗ったことないわ」

切符を買い、9番乗り場に並ぶ。

中央教会の隣には、乗り合い馬車の停留所が密集しており、1番乗り場から20番までの停留所はどこも沢山の人が並んでいる。


「凄い沢山の人。今日何かイベントがあるの?」

「何もないよ。週末だからこれでも平日よりは空いているよ」

「これで空いているの?」

驚きつつ、乗り合い馬車に乗り込んだ。

「クリスティーナは座るといいよ。僕は通路に立つよ。降りるときに合図するね」

人の波に押されてシリルは離れたところに立つ事になってしまった。


話し相手がいない私は、動き出した馬車から外の景色を見る。

停留所に泊まるたびに、人の乗り降りを繰り返していく様子は、初めて見るから興味深い。

大きな建物だらけだったのに、細い路地に入るとこじんまりした建物が密集している地域になった。

古いけど手入れされた小さな教会や靴屋など、庶民向けの小さなお店が並んでいる。

さすが都会だわ。建物が隙間なく建ち、どのお店もすごく小さいのに3階建てだ。


路地にも沢山のお店が立ち並んでいるのが見えて、そこで買い物をしている人が見えた。

活気があってすごい。

年季が入った看板や、日中だから灯りが消えている街灯を眺めた。

何を見ても興味深いし、楽しい。

ずっと景色を見ていたいと思っていると、「そろそろ降りるよ」

シリルに言われて次の停留所で降りた。

「ここが入り口」

細い路地は、人で溢れていて、ずーっと奥まで色とりどりテントの屋根が見える。

「食べ物屋さんのテントや、食器のテント!凄いわ」

興奮して人混みに突き進みそうになるわたしの腕をシリルは掴む。

「ここからは別行動だ。僕は薬草や、創薬道具なんかを探すから。で、待ち合わせはあのクリーニング店」

そう言って、蚤の市の外にあるクリーニング店に連れて行かれた。

ガラスの扉を開ける。

扉についた小さなベルが揺れ、カランカランと来客を知らせた。

「いらっしゃいませ、シリル様」

出てきたのは、中年の女性だった。

「こんにちは。これはいつもの薬」

シリルは持っていた鞄から紙袋を出して女性に渡す。

「ありがとうございます。父はシリル様のお薬でかなり良くなりました」

「痛みが改善したのなら良かったよ。あっ、今日はウチで下宿する事になったクリスティーナと蚤の市に来たんだ」

紹介されて「はじめまして」と挨拶をする。

「はじめましてレティです。以前は家族でハリントン子爵家にお世話になっておりました」

にっこり笑うレティさんを見て、シリルが「門番家族だったんだよ。今住んでいる家の前の住人だ」と紹介してくれた。


「クリスティーナはニドルセント領出身なんだけど、住むところが見つからないらしくて、ウチで下宿する事になったんだ。レティの部屋に住むんだよ」

「最近は小さなアパルトマンや下宿先など見つけるのが大変ですからね。シリル様が家主なのは安心ですね」

レティさんはにっこり笑う。


「それで、申し訳ないんだけど、帰りは荷物が多くなるから。配達のとき、乗せて欲しいんだ」

「かしこまりました。配達は14時出発ですから、それまでにお戻りください」

レティさんに見送られて、蚤の市に足を踏み入れる。


「物取りには気をつけてね。その肩掛けから物を出さないように。すぐに盗られるから」

自分で作った魔法鞄を盗られたら大変。

肩掛け鞄からは出さない事にしよう。

今回は、荷馬車で送ってもらえるもの。

「じゃあ、別行動よ。また後で」

シリルと別れて、興味がありそうなテントをのぞいていく。

沢山のテントそれぞれがお店になっており、手作りの簡易看板がかかっている。

魔道具屋もあるのかと思ったけど、骨董魔道具のテントがいくつかあるだけだった。

ガラクタみたいな魔道具でも、見ているだけで楽しい。

陶器のお店や洋服を売るお店は沢山あって、どれにしようか迷うわ。

他のお客さんたちが、値引き交渉をしているのを見て、真似をしてみる。

少ない予算だもの。

なんとか値引きが成功して服を買う。

本日の収穫は、洋服2着と、寝具とカーテン、椅子に食器に雑貨、それから小さなラグを数枚買った。

本当はもっと沢山のテントを見て回りたいけど、お金もないし、今日は断念。


沢山のお店を見ていると、古本屋さんを見つけた。

そういえば、ジーラさんが教科書をくれた時、「蚤の市で買った」と言っていたわ。

もしもあるなら、教科書が欲しい。

何ヶ所か、古本のテントを回ったけど、どこにも古い教科書は売っていなかった。

蚤の市に来たからといって古い教科書が買えるわけではないのね。


ちょっとがっかりするけど、気を取り直して食料品のテントを見た。

パスタや小麦粉などをまとめ買いをして、大きな荷物を抱えてクリーニング屋でシリルと合流する。

そして、荷馬車で送ってもらった。


「今更だけど、シリルは貴族なのに、私のために蚤の市に付き合ってくれたのね」

「そういうわけじゃないよ。ウチは名ばかり貴族だから、日用品は貴族御用達の店じゃ高すぎて買い物ができないんだよ」

「じゃあ学費はどうしているの?」

「それは祖父の信託財産から出しているよ。祖父が僕に残してくれた資金でね、学費ならいつでも引き出して使えるんだけど、その他は1年間の利用上限が決められているんだ。あと10年経てば満期になるんだけど、それまでは貧乏生活だね」

「シリルは、卒業しない方がいいのかもね。学費が出るし」

「そんなわけにはいかないよ。いずれ卒業するよ。僕の領地は薬草栽培に向いているから、大量生産ができるんだ。ただ、薬草は病気に弱いから、病気に強い品種を探すためでもあるんだよ」

荷馬車の中で色々な話をした。


部屋に到着したらすぐに、ベッドに布団を敷いて、木箱を積み重ねてクロスをかけ、テーブル代わりとして利用する。

カーテンだけではちょっと寂しい壁には、バザールで買った無名の画家の絵を飾った。

倉庫感溢れる空間が、少しは部屋らしくなってきたわ。

楽しくなってきてベッドに寝転び、魔法鞄から教科書を出して読む。

実際の自分の仕事と、教科書の内容は違うところが多い。

今のところ、教科書で読んだような魔法薬の調合は見ていないわ。

薬草棚に収められている薬草は、教科書で読んだものが多いけど、使用方法が違っているように思う。

何がどう違うのかしら?

考え事をしながらうとうとして、気がついたら眠りに落ちていた。

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