無事に就職できた!
本日2回目の投稿です。
渡り廊下を進み、2階に上がると、ドアのないオープンエリアになっていた。
棚には見たことのない素材や、魔物の剥製などが並び、その奥にはキャビネットと本棚が置かれている。
フロアの窓側には、魔法窯がいくつも並んでいて、真ん中には大きなテーブルと本が何冊か開いて置かれていた。
「ベルツ教授、戻りました」
「お帰り。早かったね」
本棚の間から顔を出したのは、60代くらいの背の低いぽっちゃりした男性だった。
「薬草を見つけましたよ!僕では知識がなくて採取が難しかったのですが、こちらにいるクリスティーナ・マドロス嬢が手伝ってくれました」
「あの本の知識だけではダメだったのか」
「はい。残念ながら」
ベルツ教授がこちらを見る。
「はじめまして、マドロス嬢。君は古代薬草の知識が豊富なのかな?ということは、魔法薬専門?」
「いえ、私はこの学校とは関係ありません」
「他の魔法学校の学生なのかな?じゃあウチに籍を移さないか?」
「あの。私はどこの学校にも関係ありません」
「学生じゃないってこと?」
学校に通っている人の事を学生って言うんだ。
初めて知った。
「その、学生じゃないんです。部外者です」
正しい言葉遣いがわからずに答える。
「そっか。薬草には詳しいの?」
私の言葉遣いを訂正せずに、ベルツ教授は何かを考えながら話を続ける。
「詳しいかどうかは、わかりませんけど、田舎育ちなもので」
「じゃあコレは?」
見せられたのはドライフラワーだった。
暗闇でも光りそうな黄色い花が特徴的だ。
「これは『ちゃっか草』ですね。ジメジメした湿地に咲いていて、濃い紫色の花を咲かせますが、乾燥させると黄色くなるんですよね」
魔法ランプは、魔法エネルギーを流すか、魔法石を燃やすしかない。
どちらにしてもお金がかかるので、この草を燃やして灯りに使っていた。
「この草は『暗がり炎草』が学術名だけど、特徴は君が言った通りだ。自生しているのを見たことが?」
「あります。田舎では一般的です」
「そうか。一般的…。もしよかったらたまに手伝いに来てくれないかな?」
「あの…お給料は発生しますか?今、求職中なんです」
「なんと!仕事を探しているのか。それなら、ベルツ研究室が雑用係として雇いたいと思うが」
「本当ですか?」
すごく嬉しい事を言われて声が大きくなってしまったが、ここで毎度言われる学歴について書かれる事になるのを思い出す。
「でも問題が…私、学校に通った経験がないんです」
小さい声で言うが、ベルツ教授は気にする様子がない。
「いいんじゃない?部屋付きの雑用係だから。私の雇用許可証を出しておいたら反論はされないよ。ところで、肝心の薬草を見せて欲しいんだけど」
「きっと根っこが欲しいんですよね?じゃあ、自然光が入るけど直射日光が当たらない場所に運びましょう。その後、この麻袋がダメになるけどいいですか?」
「ああ、構わない」
袋の持ち主はシリルなのに、答えたのはベルツ教授だった。
「熱湯と、氷水とトングを用意してくださいね」
部屋の隅の薄暗いところに行き、袋を開けて教授に見せる。
「じゃあ始めますね」
再度、袋の口を閉めて、根っこに近い所の茎を勢いよく折り、袋にトングを突っ込むと、葉と茎を熱湯に放り込み蓋をする。
それから、麻袋を思いっきり振って、土を落として、根を氷水に放り込んで、こちらも蓋を閉めて、鍋蓋をぎゅっと押さえた。
「シリル、手伝って!」
根っこが蓋を押し返してくるが、2人でぎゅっと押さえ続けた。
「植物の根なのに、すごい力だ」
「有毒ガスを吐き出しながら、氷水で肥大化しているのよ。でも、根っこが死んでしまうとサイズは元に戻るし、1時間放置すると、鍋の中の有毒ガスは水に溶けて、蓋を開けられるようになるけど、急いでないなら、明日の方がいいわ」
シリルは、私が言った事について細かい事を質問してきたので、知っている限りを答える。
その様子をベルツ教授は黙って見ていたが、話が終わったところで「一時間後だね、それまでに雇用契約書を作ろう」と言った。
鍋の蓋が静かになったところで、奥の小さな部屋に向かった。
そこには、立派な机があり、金色の卓上ネームプレートには、『ゲーテ・ベルツ副学長・兼・魔法薬研究棟長』と書かれていた。
副学長ってなんだろう?
「シリル君が探している草はね、なかなか自生していない事が多くて、草花の取引業者にも置いてないんだ。だからよく見つけたね」
そんな珍しい草だなんて知らなくて驚く。
「ドングリの木の下に生えるんです」
「ドングリの木か。でも、木があれば生えるわけじゃない」
「そうですね」
「君の知識は私たちには無いものだ。興味深いよ」
褒められて恥ずかしくなる。
ベルツ教授は立派な羊用紙を棚から出すと、そこにサラサラと雇用契約を書き、署名をする。
「これから毎日、朝9時に出勤して欲しい。特別な業務がない限り、5時までの勤務だよ。休みは週2回。魔法薬の精製室は汚れがすごいから、専用ローブを支給する。それから、変な事を聞くけど、貴族相手の仕事の経験は?」
「ありません」
「そうか、そうか。ここの学生は全員爵位がある。勤務している職員も大半が爵位持ちだ」
「私みたいな雑用係は、どうなんでしょうか?」
「そうだね、大抵爵位がある。まあ、貴族というのは色々と面倒事が多いから、ここでは爵位は通用しない事になっているのだが、それでも振りかざすものはいるからなぁ」
「はぁ。そうなんですか…」
「詳しくは、シリル君に聞いてほしい。シリル君は、こんなに若くしてハリントン子爵家当主なんだよ」
「教授!それ言わないでくださいよ。貧乏も貧乏、ど貧乏子爵なんですから。爵位を継いだ事を誰にも言えなくて内緒にしているのに」
狼狽して取り乱した後、咳払いをしてこちらを向いた。
「何でも教えるから、僕に聞いてくださいね」
「わかりました」
返事をした私の前に、ベルツ教授は契約書と羽ペンを置く。
「では、ここに署名を……って、字は書けるよね?地方出身だと名前すら書けない人もいるもんだから」
「書けますよ。じゃあ署名しますね」
ゆっくりと名前を書くと教授は笑顔でローブと、丸い青い石のついたブレスレットを差し出してくれた。
どこから出てきたのかしら?
驚きながら受け取る。
「明日から来てもらえるだろうか?」
「もちろんです!頑張ります」
「では、明日から待っているよ」
「はい」
シリルに連れられて廊下を歩く。
「ローブは必ず着ておいてくださいね。気位の高い貴族に絡まれたりしにくくなるから。それと、このブレスレットは、入館証も兼ねているよ。一般の見学者なんかが通れない場所も、コレで入れるから」
「ありがとう。ところで、ハリントン子爵と呼んだ方がいい?」
質問が悪かったのかシリルが耳まで真っ赤にして立ち止まった。
「貧乏子爵だと触れ回るようなもんだから。それにさっきも言ったように、爵位を継いだことは誰にも言ってない事なんだ。だから『シリル』と呼んでくれた方がいいかな」
「わかったわ。じゃあシリル様って呼ぶわね。私は平民で、シリルは貴族だし」
「なんだよ、ソレ。まあいいよ。じゃあ、出口まで送るね。なるべく正門は使わない方がいいよ。高位貴族専用みたいになっているから」
「わかったわ」
「西門を使う高位貴族はいないからおすすめだよ」
門まで送ってもらい、そのあとは宿まで1人で歩いて行く。
そうだ、部屋を借りよう。
引越し先を早く見つけたかったので、『貸し部屋あります』の看板がかかったお店に入ってみる。
部屋の条件を聞かれて、清潔であることとサンドロペ魔法学校まで徒歩で通える事を伝えると、変な顔をされた。
「爵位のない君がサンドロペ魔法学校の職員になれるはずがないよ。騙されているよ」言われ、信じてもらえない。
終いには、「そのような思い込みの激しい方はトラブルの元です」と断られる始末で、住むところが見つからない。
その後も何件か回ったが、皆同じ反応で追い払われた。
思い込みが激しくて、変な人扱いするなんて!
そんなところ、こっちから願い下げよ!
仕方なく、陰気な宿に戻る。
明日から仕事が始まるから、お休みの日に引っ越し先を探そう。




