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ずっと田舎にいていいのかな

クリスティーナ・マドロスは、ラグラン王国のニドルセント領のハナメイという小さな町の孤児院で育ち、14歳で孤児院から出て一人暮らしを始めた。

田舎の朝は早い。

毎朝5時に起き、厩舎掃除の仕事をしてから、大きな一本道を30分かけて歩き、次の仕事先の町外れのダイナーに向かう。

大きな一本道は辺境伯領に続く主要道で、それなりに往来があるが、活気があるとは言えない。

その理由は、移転魔法装置が完成して、第二都市から辺境伯領に移転できるようになったかららしい。


30年前に建てられたダイナーの看板は、当時の流行りのデザインで、よく言えばノスタルジック。悪く言えば古臭い。

裏口に回り、鍵を開けて入ると、灯りのスイッチを入れた。

ジジジと音がして、店内にある古い魔法ランプ一斉に灯り、店内が明るくなる。

当時から変わらないチェリー色とクリーム色の縦ストライプの古いデザインの制服を着て、フリルのついたエプロンをつけると仕事開始だ。


モップがけの準備をしてから、ラジオのスイッチを入れる。

地方の小さなラジオ局から流れてくるのは、年老いた魔法使いによる生活魔法の豆知識だ。

豆知識といっても、かなり高度な知識が必要な回もあるので、モップがけをしながら、聞き漏らさないように時折メモを取る。

それから、メモを読み返して、頭の中で想像してから、メモ通りの魔法を再現しようとするが、上手くいかない事の方が多い。


ラジオを聴いていると、普段から使っている魔法は基礎中の基礎で、『みなさんお馴染みの』と枕詞が付くような魔法や知識は、全然お馴染みじゃなく、全くわからない。

それでも、このラジオは毎日の楽しみで、開店準備をしながら聞いている。

この番組が終わると、ちょうど開店時間となり、ラジオからは昔の映画音楽が流れるのだ。


この店は、町外れなのであまり混む事はなく、往来する人が常連として立ち寄っていく。

だから、店員はクリスティーナ1人。

この店で働くようになってから、孤児院の時からの顔馴染みだった、第二都市から大きな荷馬車で荷物配達をしているジーラさんが、しょっちゅう立ち寄る店だと知った。


ジーラさんは、豪胆な女性だ。

年齢は聞いたことがないけど、多分50歳くらい。隣国の内戦で片足を失った義足の元剣士で、孤児院で育ったクリスティーナにとってはお母さんのような存在である。

出会いは6年前。

周囲の子供から「赤毛」と馬鹿にされているところに、たまたまジーラさんが通りかかった。

その時、突然「綺麗な赤毛だね。夕焼けで光り輝く空の様な色ね。私もそんな綺麗な赤毛に生まれたかったわ。それに、宝石みたいなエメラルド色の瞳。こりゃ美人になるよ」と、会話に割って入って助けてくれたのだ。

そこから、いつもこの町に来ると気にかけてくれるようになった。


働き始めて3ヶ月が経った頃、ジーラさんがお土産をくれた。

「これ、仕入れの時に寄った蚤の市で売ってたんだ」

手渡されたのはボロボロの魔法書だった。

「ありがとう!魔法書を見るのは初めて」

「これは魔法書じゃないよ」

ジーラさんは眉を下げて笑う。

渡された本はどう見ても、魔法について詳しく書かれた本。

魔法書以外にそんな本があるのかしら?


「これ、魔法書じゃなかったらなんなの?」

「これは教科書。公立魔法学校の魔法学の教科書だよ」

学校は聞いたことがある。

子供が集まって勉強する所よね。

ハナメイには学校が無いが、その代わり教会で読み書きを教えてもらった。

「教科書?それってなんなの?」

「勉強を教わる時に使う本だよ。これは、発行から40年は経っているから、今とは内容が違うだろうし、それに初等部向けだよ」

「初等部って何?」

「11歳以下の子供が学ぶ学校だね」 


読んでみると、難しいけど面白い。

「欲しいならまた貰ってくるけど古い本だし、この続きとは限らないよ?」

「それでも読みたいけど、この教科書って高いの?」

不安になって聞く。

「古い本だし、しかも教科書だからね。5冊でこのお店の紅茶1杯分の値段だよ」

それなら私でも買えるわ。

「是非欲しいわ!お金は払うから」

「勉強の本だからね。クリスティーナが将来偉い学者さんになった時に、払ってもらうよ」

豪胆に笑うと、楽しそうにお店を出て行った。


ジーラさんは、一週間後にまた古い教科書を沢山持ってきてくれた。

喜んで受け取ったクリスティーナは、毎日生活魔法の豆知識を聴きながら、教科書を読んだ。

このダイナーの一番混む時間はお昼で、それ以外は大抵暇。

オーナーは高齢の男性で、週に1回しか来ない。

勤めているのは、クリスティーナ1人だから、話し相手もいない。

だから、教科書を読む時間は沢山あり、実践してみる時間や場所も沢山あった。

目の前には、人通りの少ない大きな道路、ダイナーの周りはどこまでも続く草原。

魔法は試し放題だ。


ある時は、ラジオから流れてくる、『コンロの火を維持し続ける魔法』を試してみたり。

またある時は、教科書を見ながら、野草を栽培してみたり。

箒を使った浮遊魔法を試してみようとして、自作した空飛ぶ箒がどう見てもハタキだったり。

これは空を飛べなくて失敗だった。

火魔法で種火を作ろうとして、用意した薪に水をかけてしまったり。

色々と試したけれど、1人だから誰にも迷惑はかからなくて毎日が楽しくなってきた。


教科書には魔法学、生物学、魔法薬学、魔道具学、素材学、工作学など、複数あるようだ。

背表紙には、数字が振られていて1が簡単。11が難しい。

魔法学は、1.2.ときて、次は4。

しかも、学校名が違う。

3が無いから、4になると突然難しくなって、アタフタする。

色々な魔法学校の本があって、面白いわ。

言葉遣いや、挿絵の雰囲気も全く違うので、同じ番号の教科書があっても楽しめる。


驚くのは、6の実践魔法学の本は、公立学校、ジヌニー魔法学院、聖アントロヌス魔法女学院など、合計6つの学校の本があった。

読み比べてみると、実験内容などが違ってどれも試してみたくなる。


他の学問でも、背表紙の番号が飛んでいたり、同じ番号の教科書が複数あったりしたけど、ありがたいことに、11の背表紙の教科書については、全科目が揃っている。

だから、何度も何度も読んで、11の背表紙の教科書の内容を理解できるようになった。

魔法を習うっていいなぁ。

私も習ってみたいけど、きっとお金がかかるし、そもそも学校もない。

学校ってどんなところなのかしら?

1人で空想しながら、教科書に出ている課題をこなしたり、実験したりして気がついたら4年がすぎていた。


落ち葉が色づくのを眺めながら思い返してみる。

いつの頃からか、ジーラさんに、都会に出てみたら?と言われていたが、いつも断っていた。

でも、田舎町では生活魔法の簡単なものしか使う場面がないから、仕事の種類がない。

ほとんどお客さんの来ないダイナーで店番をして一生を終えるのかしら?

長いこと考えて、決めた。

都会に行こう!料理魔道具製作をする工房に勤めるんだ。

この前、ダイナーのフライヤーが壊れて新しい物を入れてもらったけど、温度調節が難しいし、新品なのに使いづらい。

それなら自分で製作すればいいのよ。

せっかく行くなら王都がいいわ。

でも、ジーラさんは春になるまで来ない。

雪の季節、この道を通る人は更に減る。


都会に行くと決めたら、工作学の本に載っているまだ作っていない魔道具を作ることにした。

3の教科書に出ている『火が消えないランプ』までは作り終えている。

素材が無いものは無理だったけど、比較的手に入りやすい物で作るのが多いので、順番に作っていく。

『空飛ぶ箒』を、もう一度作って、空を飛んでみた。

魔道具製作って、適当に作ったら完成しないんだと実感する体験だった。

一番大変だったのは、魔法鞄の作成。

11の教科書に出ていた。

魔物の毛皮や爪は、猟師さんから分けてもらえるし、ウサギくらいなら、自分で仕留められる。


『魔物の皮を氷点下5度以下で一週間風にあてて干した後、川の水に浸し脱毛し、塩と菜種油を加え、乾燥と揉みを繰り返してできた革で作成』っていうのが本当に大変だった。

しかも、『作業中は常に魔力を流す』と注意事項がある。

この辺りは氷点下7度くらいまで下がるけど、日中は陽がさすと、5度くらいまで上がってしまう。

たまにダイナーに来る猟師さんに、魔物の毛皮と魔物の爪をわけてもらう。

「背中を撃って仕留めた魔物の皮は売り物にはならないから、それならあげるよ。爪は、少し欠けた物だが、これも売り物にはならないから」

快く譲ってくれた。

ウサギを狩るついでに、ずっと日陰になる場所を見つけて干す。

その後、魔法で体を保護して川に入り魔物の毛を脱毛するけど、冷たさで体が震えて、他の事を何も考えられなくなってしまう。

だから、魔法を流し続けながらの作業が大変だった。

次の作業に移るが、菜種油は見つからなくて、この地域の特産品の魔種を無毒化して作った油で揉み込んだ。

縫い合わせ用の針は、魔物の爪を加工して作る。

糸は、馬の尻尾の毛。

魔法馬ならなお良し、ということで牧場の魔法馬に頼み込んで(牧場主には内緒)尻尾の毛を分けてもらう。

馬は、言葉がわかるからありがたいわ。

皮をなめしたりと大変なことは多かったけど、1ヶ月かけて出来上がった鞄は、鞄というより巾着のような出来栄えだった。

教科書通りに作れば旅行鞄になるはずなのに、まあ初めてだから仕方がない。

でも、見た目よりは性能が大切。

この鞄は、小さい家一軒分の荷物が入るはずということで、試しに雪を詰めてみたけど、途中で疲れて辞めてしまったから、本当のところはどれくらい入るかわからない。

注意は、生き物を入れてはいけないと書いてある。

あと、現状維持をしてくれるわけじゃないから、食べ物を入れたまま忘れてしまうと腐ってしまう。


作った魔道具は、全部魔法鞄に仕舞い、教科書も全部入れて引越しの準備を進めた。

いつでも出かけられると準備が整った頃、ちょうど雪が溶けて、草原に新芽が芽吹いた。

ジーラさんが来るのはそろそろだ。

心待ちにしていると、雪割草が満開になった3月初めのある晴れた日、ジーラさんはやって来た。


久々の再会の喜びも早々に、「私、王都に行きたいです!」と伝えると、ジーラさんは大賛成してくれた。

「いつ、王都に行くの?」

「なるべく早く!私はもうすぐ19歳になるんです。誕生日は都会で迎えたいと思って」

「それは素敵な考えだね。でも、今日辞めたいと言ってすぐに辞めさせてもらえないでしょ?」

「仕事は先週で辞めました。町を出るのはジーラさんに報告してからにしようと思って、待っていたんですよ」

新しい店員のナディが出してくれたお茶を飲んで、渋さに震える。

きっと時間が経てば、ナディも上手にお茶を入れられるだろう。


「王都まではどうやって行けばいいんですか?私、初めて町を出るからわからなくて」

「そうだね、王都まで、馬車で行こうとしたら、数週間かかるよ。そうだ!辺境伯領では、移転魔法で王都に行けるから、辺境伯領まで一緒に行かないかい?」

ジーラさんの提案がすごく魅力的で私は立ち上がった。

「すぐに行きたいわ!」

「それなら、荷造りをしないと」

「荷造りは終わっているの」

小さなバックをポンポンと叩く。

あまりにも不恰好な魔法鞄は誰にも見せられないくらい形が悪いので、可愛らしい布製のカバンに入れている。


「それだけ?」

「はい。教科書に載っていた『鞄』を作ったんです。これに全部入っているので、問題ないです」

胸を張って言うと、ジーラさんは大きな声で笑った。

「じゃあ、善は急げだ」

その言葉を聞いて希望が溢れ出す。


住んでいた家は、ナディにあげる約束をしていたから鍵を渡す。

「ジーラさんと町を出るわ。約束通り、私の住んでいた家はナディのものよ」

「ありがとう!下宿からすぐに引っ越すわ」

古いボロボロの納屋を安く買って、自分で改装して住んでいた。

見た目はボロいけど、中は快適な家でそれなりに気に入っていた。

「元気でね」

ナディに別れを告げて馬車に乗せてもらう。

町を出ると決めてから今日まで、ナディと2人で住んでいたけど、今日からはナディ1人になるのね。


荷馬車の御者席に2人で並んで広い道を進む。

ダイナーより奥には行ったことが無いから新鮮だった。

通り沿いには、土産物屋ばかりが並ぶ地域や、猪肉などの干し肉を売る店、地域の野菜を売る直売所などがあり、ジーラさんはそれらの店に、商品を売っていく。

もしも魔物に襲われた時、鞄に詰め込んだ自作の魔道具を出そうと思っていたのに、そんなタイミングはなくて安心した。

私が毎日眺めていた道は、本当に主要道路だったんだ。

宿屋に一泊したあと、早朝に出発して、大きな森を抜けて、湖の側を通り、やがて辺境伯領に到着した。

初めての旅がジーラさんとでよかった。

すごく楽しくて、別れるのが寂しくなったけど、今の私には目標があるから頑張らなきゃ。


「ここでお別れだよ。王都に行ったら、色々な人がいるからね。気をつけなきゃいけないよ?困ったら、グランドグリーン教会に行って私の名刺を見せなさい。きっと手助けしてくれるよ」

ジーラさんは名刺をくれた後、餞別として移転魔法の料金を払ってくれた。

「また、王都で会おうね」

「必ず会いにいくから、それまでは元気でいるんだよ」

ジーラさんはぎゅっと抱きしめてくれた。

大きく手を振って見送ってくれるジーラさんに私も手を振りかえす。


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