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カフェで目撃したものは

「店内を見て。あれって、ベルツ研究室のシリル・ハリントン子爵令息じゃない?クリスティーナは一緒の研究室だからわかるでしょ?」

まさかキャロルの口からシリルの名前を聞くなんて思わなくて、びっくりして店内を見る。

女性と向かい合わせに座っているのは確かにシリルだ。

毎日見ている顔なのだから、見間違えるはずがない。

メガネをかけずに長い髪を一つに結び、普段なかなか見ない上等なジャケットを着ている。

女性とデートに使うようなカフェに来ているなんて、シリルらしくない気がするし、なんだか胸の辺りがモヤモヤ、チクチクする。


「私が10歳の時、父が男爵になったから、私は中等部から編入なの。同学年のハリントン子爵令息は、それはそれはモテててね」

「そうなの?」


「だって、あの綺麗な顔と物腰の柔らかさ。しかも、頭脳明晰なんだから沢山の女の子が恋をするわけ」

「初めて会った時、綺麗な女の人だと思ったから、男性だとわかってびっくりしたのよ。確かに綺麗な顔だけど…みんなが恋するのかしら…」


懐疑的な事を大きな声で口に出すのは、沢山の女の子を敵にまわすみたいで、はばかられ、最後の方は小さい声になってしまった。


「メガネをかけている姿を見たんでしょ?確かにあのメガネ、ハリントン子爵令息の魅力を隠して、しかも女性っぽく見せちゃうわよね。びっくりするくらい美形なのだから、もっと似合うメガネを探せばいいのに」


「美形かぁ。キャロルも恋をしたの?」

思わず口から出てしまった。

否定して欲しいと思う気持ちを隠して、ちょっとゴシップを聞くように質問する。


「私は違うわ。ガッチリして、男らしいのが好み。労働者の街で育ったからね。でも一般的な貴族の好みのタイプは、私とは違うみたい」

「ふーん」


「ハリントン子爵令息のすごいところはね、自分がモテている事に気がついていない事なの。向かいに座っているのは、ルイーズ・トールマン伯爵令嬢よ」


トールマン伯爵令嬢は、スクエアネックの服に柔らかそうなウェーブの胸まである髪を下ろしていて、窓越しに見ていてもすごく美人であることがわかる。


「トールマン伯爵令嬢はね、事あるごとにハリントン子爵令息に恋愛相談をするのよ。本当は彼のことが好きだから、自分の方を向いて欲しいのに、他のオトコの話なんてするから一向に気がついてもらえないわけよ。ほかにもそんな貴族令嬢が数人いるわ」


「なんでストレートに『好き』って言わないのかな?」

「相手から『好き』って言われたいから、あの手この手で気がついて欲しいのよ。でも、あれじゃ永遠に気がつかないわ」

「ふーん」


誰にも言ったことはないけど、シリルの恋愛対象って男性なんじゃないかしら?

実は、同じベルツ研究室のマイルズ・ワーグマン侯爵令息のことが好きなんじゃないかと最近疑っている。


ワーグマン侯爵令息は、癖の強いプラチナブロンドの髪と、茶色の瞳をしていて、意志の強い目をしているちょっと神経質そうな顔だけど、美形だ。


シリルはワーグマン侯爵令息の細かい手伝いなどを率先して行なっていて、まるで甲斐甲斐しく雛を世話する親鳥のようなのだ。


シリルって見た目が綺麗だから最初出会った時、女の人だと勘違いしたんだけど、もしかして女性になりたいのかしら?


親切で優しくて、はじめは兄のような存在だと思っていたけど、最近では姉のような存在に思える。

孤児院にいた時、年上の男の子はみんなヤンチャで威張って野生動物みたいだったけど、年上の女の子はみんなを甲斐甲斐しくお世話してくれた。


シリルってお姉さんなんだ!

だから、周りの人の悩み相談も聞くし、誰に対しても優しいんだ。


でも一際優しくしているのはワーグマン侯爵令息。もしかしたら好きなんだけど同性だし言い出せなくて、甲斐甲斐しくお世話しているのかも。


ただ、これを言ってあらぬ噂が立ったら、シリルに迷惑がかかるから黙っておく。

「人の様子を盗み見していないで、ランチに行きましょう」

キャロルに促されて、ローストビーフサンドのお店に向かった。


その後、キャロルのアパルトマンに向かう。

学園に近い場所で一人暮らしをしているらしい。

「古い建物で、歩いて4階まで上らなきゃいけないし、眺望も悪いけど、それなりに住みやすいのよ」

化粧品を精製するための薬草を持って階段登り、部屋に案内してもらった。


オシャレなカフェみたいな室内だわ。

淡いイエローの壁紙に、額に入れられた家族写真が何枚も飾ってある。

丸テーブルの椅子を引いてくれたので、そこに座る。


「基礎化粧品を作るのに必要な新鮮な薬草を買ってきてあるの。でも、一部乾燥させた薬草も必要なの」


肩掛け鞄から、巾着型の自作の魔法鞄を出す。

本当は旅行鞄のような形のものが作りたかったはずなのに、不恰好な巾着ができあがった。

あまりにも不恰好なので、人には見せたくないけれど、今回は特別。


「何?その革製の巾着。あまり見たことない形してるわね」

「旅行鞄みたいな素敵な鞄を作りたかったのに、巾着型になったんだけど、これは魔法鞄なの。家一軒分の荷物が入る…はずよ。試してないけど」


「自作の魔法鞄?初めて見たわ」

キャロルは興奮気味に魔法鞄を見た。


「教科書に載っていたのよ?みんな作るものじゃないの?」

「誰も作らないわよ!まず材料が手に入らないし、作業も大変そう」

誰も作らないという言葉に衝撃を受ける。

あんなに大変な思いをして頑張ったのに、誰も作らないの?


「田舎の学生だけが作っていたのかな…」

「そもそも教科書には出ていなかったわ。魔法鞄は買うと高いのよ。しかも、高級品だからデザインも凝っているの。安価な物でも、お給料6ヶ月分よ」

「そうなの?」


「安価な物だと、クラッチバッグサイズで、ドレス1着分くらいかしら。クラッチバッグは入り口が小さいからドレスといっても薄手のものしか入らないけど。それでお給料6ヶ月分よ?」


「そんなに小さくて、ちょっとしか入らなくて高いの?」

驚いて声が裏返る。


「でも、自作だから、不恰好だし。それよりも、薬草と数種類の精油を出すわね」

精油を出すと、キャロルは興味深そうに手に取って、蓋を開けて匂いを嗅いだ。


「私が買ってくるのと全然匂いが違うわ。これはどこに行けば手に入るの?」

「自作よ」


「これも作ったの?凄すぎ!こんなの魔法薬を習っている学生でも、上手に作れる人は少数派よ」

「これが無いと化粧水や乳液が作れないなら、そもそも私には無理だわ。クリスティーナから買うから作ってよ。それにしても貴女、すごい魔法使いなのね!驚いたわ」


「そんな事ないよ。田舎で土地が広いし、誰もいないから色々と実験したのよ」

ダイナーの裏で実験する日々。

髪の毛を焦がした事もあった。


「私はね、みんなが驚くような高性能の耐魔法生地を作りたいの。それには薬草の知識が必要だから。大学部への進学は難関過ぎて落ちてしまったのだけど、雑用係として知識の習得に努めてるのよ」


「キャロルって凄いのね。私なんかは魔法に関わる仕事につきたくて、町を出たけど、そもそもどんな職業があるのかわからないのよ。無知すぎて嫌になるわ」


「知らない事が多いのはお互い様よ。なんでも自作するクリスティーナの知識の豊富さには驚くわ」

「全部教科書とラジオの知識よ?」


「ラジオかぁ。ほとんど聞いた事無いわね。教科書も隅から隅まで読んだ事無いから…大学部に落ちて当然だったのかも」

キャロルの笑顔には後悔の気持ちが見てとれた。


「もう一回、教科書を読み返してみるわ。図書館も使えるから、勉強を再開してみよう」


「私はもっと色々な事を知りたいわ。だからまず、この学校の建物に通う人たちが何を勉強して、どんな仕事に就くのか、知りたいわ。知識が足りなさすぎるの」

「それなら、ちょうどいい学校行事がもうすぐあるわ」


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