第18話 悪役令嬢の決断
黒い魔力が渦を巻き、議事堂の天井を震わせる。
セイル男爵の指輪から噴き出す闇が、群衆を縛り、評議会の場そのものを舞台に変えていった。
「さあ見よ! 侯爵家の娘が断罪され、悪役令嬢として処刑される光景を!」
狂気に満ちた男の声が響くたび、群衆の視線はユイへ集まる。
――筋書きが現実を侵食していく。
*
「ユイ!」
俺は隣で剣を構え、叫んだ。
「ここで立たなければ、運命は奴の思い通りになる!」
ユイの瞳が揺れる。
「でも……どんなに足掻いても、私は“悪役”にされてしまう……!」
その言葉と共に、黒い鎖が彼女の足元から伸び、ゆっくりと絡みついた。
リリアが必死に祈りの光を放つ。
「ユイさん! あなたは悪役なんかじゃない! だって……あなたは私を守ってくれた!」
群衆のざわめきが変わる。
「守った……?」「断罪されるはずじゃ……」
*
ユイは鎖に縛られたまま、拳を握った。
震える唇が、ついに言葉を紡ぐ。
「――違う! 私は悪役令嬢なんかじゃない!」
その声が議事堂に響き渡る。
「私はユイ・グランディア。前世では“結衣”という名で生き、そして今は……仲間と共に戦うただの一人の人間!」
その瞬間、鎖が砕け散った。
氷と光が重なり合い、彼女の身体から白銀の魔力が溢れ出す。
*
「馬鹿な……!」
セイル男爵が後退した。
「筋書きに逆らって力を得るなど、ありえん!」
「ありえるさ!」
俺は剣を振りかざし、ユイと並び立った。
「台本に書かれた未来なんて関係ない。俺たちが選ぶんだ!」
ユイが氷槍を掲げ、リリアが祈りを重ねる。
三人の魔力が重なり、巨大な光氷の翼が広間を覆った。
*
観衆が息を呑む。
――悪役令嬢ではなく、希望を背負った令嬢の姿に。
「これが私の答え! 断罪される役なんて拒絶する! 私は私の物語を生きる!」
その叫びと同時に、氷と光の嵐がセイルの魔法陣を粉砕した。
議事堂を満たしていた黒い魔力は一気に霧散し、重苦しい空気が解けていく。
*
膝をついたセイルは、血を吐きながらなおも笑った。
「……だが忘れるな。筋書きは消えぬ。役者が抗えば抗うほど、次の舞台が現れる……」
そう言い残し、彼は闇に呑まれて消えた。
*
広間に静寂が訪れる。
人々は呆然とし、やがて拍手が起こり始めた。
「悪役令嬢ではない!」「彼女は国を救った!」
その声の波の中で、ユイは俺を振り返った。
「真司……私、やっと言えたわ。私は“悪役”じゃないって」
涙と笑みが入り混じった表情で。
俺は彼女の肩を抱き、力強く頷いた。
「そうだ。お前は、俺の幼馴染で――未来を選ぶ令嬢だ」
断罪の舞台は終わり、新しい物語の幕が上がろうとしていた。