第16話 決戦の前夜
王都に到着した俺たちは、侯爵家の古い別邸に身を寄せていた。
街のあちこちで耳にするのは「侯爵家の令嬢は悪女だ」という噂ばかり。
まるで王都そのものが舞台装置となり、ユイを断罪へと追い詰めようとしていた。
「……人々の視線が冷たい」
馬車の窓から外を眺めながら、リリアが小さく呟く。
「これが“筋書きの力”なのかしら」
ユイは静かに頷き、唇をかすかに噛んだ。
「ええ。でも、もう怯えない。――明日の評議会で、私たちがすべてを覆す」
*
夜更け。
俺とユイは別邸の中庭に出ていた。
星の光が淡く降り注ぎ、噴水の水音だけが響いている。
「真司」
ユイがドレスの裾を揺らしながら振り向く。その横顔は月明かりに照らされ、儚いほどに綺麗だった。
「……私、正直に言うわ。明日の評議会が怖い」
「ユイ……」
「だって、もし失敗したら、私は“悪役令嬢”として終わってしまう。そう思うと、足がすくむの」
俺はそっと彼女の手を取った。
「でも、俺は信じてる。君が悪役なんかじゃないことを。俺の幼馴染――結衣だった頃からずっと」
ユイの瞳が震え、やがて涙を溢れさせた。
「真司……ありがとう。あなたがいてくれるなら、私はどんな筋書きにも抗える」
*
別邸の屋根の上では、リリアが月を見上げていた。
その胸に強い決意を秘めながら。
「明日……必ずユイさんを守る。聖女としてじゃなく、一人の友達として」
*
一方その頃、王宮の地下。
セイル男爵は信徒たちを集め、黒い魔法陣の完成を見下ろしていた。
「明日、評議会の場で“断罪劇”を完成させる。悪役令嬢の死、聖女の称賛、そして王国の喝采……」
その瞳には狂気と確信が宿っていた。
「――舞台は整った。あとは役者が踊るだけだ」
*
王都に夜が更けていく。
静寂の下で、断罪劇の最終幕がゆっくりと近づいていた。