第14話 戦いの後、仮面を外して
魔獣がすべて消え、結界の光が静かに収まっていく。
広間には熱を帯びたざわめきと、崩れ落ちた椅子や破片の匂いが残っていた。
「……ふぅ」
ユイは肩で息をしていた。豪奢なドレスは焦げ跡で黒ずみ、髪も乱れている。だがその姿を見つめる観衆の瞳には、もはや「悪役令嬢」の色はなかった。
「侯爵令嬢が……学院を救った」
「真実は違ったのか……!」
人々の声が波のように広がる。その中心で、ユイはただ真っすぐに立っていた。
*
「ユイ!」
俺は駆け寄り、彼女の手を取った。
その手は冷たく震えていたが、握り返す力は強い。
「本当に……やり遂げたんだな」
「ええ。でも……正直怖かったわ。もし結界が崩れていたら、私が“悪役”として処刑されていたかもしれない」
声がかすかに震える。
だから俺は、真正面から言った。
「大丈夫だ。お前はもう悪役じゃない。俺が何度でも、そう証明する」
ユイは驚いたように俺を見上げ、それから小さく笑った。
「……真司、あなたって、前世のときから変わらないのね」
その瞳は涙で潤んでいるのに、不思議なほど綺麗だった。
*
リリアも駆け寄ってきた。
「ユイさん……すごかったです! 私、本当に胸が熱くなって……!」
聖女の瞳に浮かんだ涙は、偽りのないものだった。
ユイは一瞬だけ戸惑い、それからリリアの手を握った。
「ありがとう。あなたが勇気を持って声を上げてくれたから、私は立てたのよ」
二人の手が重なり、その光景に広間はさらにざわめいた。
――“悪役令嬢”と“聖女”が並んでいる。
本来なら敵同士のはずの二人が。
*
しかし、喝采の中で俺の胸に重く残るものがあった。
黒幕・セイル男爵は逃げた。しかも「次は王都全体を舞台にする」と言い残して。
――学院の事件は序章にすぎない。
「真司」
ユイが静かに囁く。
「私、もう怯えない。どんな舞台でも……あなたと一緒なら抗える」
その声はかすれていたけれど、確かに力強かった。
俺は頷いた。
「なら、最後まで一緒に壊そう。運命も筋書きも」
窓から差し込む月明かりが、仮面を外した三人を照らしていた。
――新しい幕が、静かに開き始めていた。