第11話 追跡、仮面の裏へ
落下したシャンデリアの残骸を飛び越え、俺はすぐに広間の奥へと走った。
煙と悲鳴に包まれた会場の中で、ただ一人、黒曜石の指輪を光らせた男が悠然と歩き去っていくのが見えたからだ。
「待て!」
叫びながら駆ける俺の背に、ユイとリリアの気配が続く。
「真司、一人で行かないで!」
「私も行きます!」
仮面をつけた群衆をかき分け、奥の回廊へ飛び込む。
そこは舞踏会の喧噪が嘘のように静まり返った石造りの廊下。蝋燭の炎が揺れ、影が長く伸びている。
*
黒幕の男は振り返り、仮面の奥から笑った。
「愚か者ども。筋書きに抗えば抗うほど、舞台は血で彩られるだけだ」
次の瞬間、男の指輪が黒い輝きを放ち、床に魔法陣が展開した。
そこから這い出てきたのは、獣のような影。鋭い牙と鉤爪を持つ魔獣が三体。
「くっ……!」
ユイがすぐに詠唱を始める。
「〈氷槍乱舞〉!」
無数の氷の槍が魔獣を貫くが、倒れたのは一体だけ。残る二体が咆哮しながら突進してきた。
俺は木剣を強く握り、真正面から一匹を受け止める。爪と剣がぶつかり合い、火花が散った。
「リリア!」
「はい!」
リリアの祈りが光に変わり、俺の剣を包む。白い刃が輝き、魔獣を切り裂いた。
残る一体はユイに迫る。
彼女の動きが一瞬だけ遅れた。恐怖ではない――それは“運命”に縛られる違和感か。
「ユイ!」
俺は飛び込み、魔獣の首元へ剣を叩き込む。悲鳴と共に影が霧散した。
*
魔獣が消えた後、黒幕の男は薄く笑い、仮面を外した。
現れた顔は――銀髪の少女の父、セイル男爵だった。
「家を潰された娘の仇を討つつもりか?」俺が吐き捨てる。
「仇? 違う。私が求めるのは“物語の完成”だ」
セイルの瞳は狂気に燃えていた。
「聖女は殿下の隣に立ち、悪役令嬢は断罪される。そうして王国は正義を示す。これ以上に美しい筋書きがあるか?」
ユイの肩が震えた。
「私を……ただの見世物として消費するために……?」
「そうだ。それが役割だ」
俺は剣を構え直した。
「ふざけるな。俺がその舞台ごとぶっ壊す」
しかし、セイルは余裕の笑みを浮かべる。
「抗うがいい。だが舞踏会はもう“断罪の夜”として記録された。次に開かれる学院評議会こそ、断罪の場だ」
言い残すと、彼は転移魔法で姿を消した。
*
残されたのは、荒れ果てた廊下と三人だけ。
ユイは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「評議会……本当に処刑フラグが立ってしまう」
リリアは迷いのない声で告げた。
「それなら、評議会の場で証拠を掴み、筋書きを暴くしかありません」
俺は二人を見て、強く頷いた。
「よし。次の舞台は評議会だ。断罪のシナリオなんて、俺たちでひっくり返してやろう」
月光が窓から射し込み、三人の影を重ねた。
――これはもう、誰かが用意した物語じゃない。俺たち自身の物語だ。