第10話 仮面舞踏会の罠
王都の貴族学院で年に一度開かれる仮面舞踏会。
学院生だけでなく、王族や有力貴族も招かれる一大行事――その華やかな夜がやってきた。
煌びやかなシャンデリアが天井から光を注ぎ、仮面をつけた紳士淑女たちが広間を埋め尽くす。
笑い声、杯の触れ合う音、絃楽器の優美な旋律。
だが、俺の胸の奥は張り詰めたままだった。
「仮面舞踏会は“断罪の前奏曲”……」
ユイが低く囁く。
彼女の仮面は紅い羽根飾り付き。豪奢なドレスを纏いながらも、その眼差しは獲物を狙う鷹のように鋭い。
「前世のゲームでも、ここで一気にフラグが積み重なったわ」
「つまり、黒幕が動く舞台ってことだな」
「ええ」
リリアも白銀の仮面をつけ、緊張した面持ちで俺たちの隣に立っていた。
「……何があっても、私、二人と一緒に抗います」
その言葉に、俺は力強く頷いた。
*
舞踏会が始まって間もなく、アレクシス王子が登場した。
金の髪に黒の仮面、堂々とした立ち居振る舞い。
隣にはリリアが呼ばれ、観衆の喝采を浴びる。
「聖女様と殿下、なんて絵になるのかしら」
「では悪役令嬢は……」
噂はすぐにユイへ向けられる。
次の瞬間、楽団が演奏を止め、司会役が声を張った。
「皆様に重大なお知らせがございます!」
広間の中央に掲げられたのは、一通の帳簿――。
「これはグランディア侯爵家が行った寄付金の不正を示す証拠です!」
会場がざわめきに包まれる。
「やはり……」「悪役令嬢は家柄ごと腐っている!」
ユイの顔色は変わらない。
だが俺は知っていた。これは黒幕の仕込みだ。
「……来たな」
*
観衆の視線がユイを断罪する色に染まる中、リリアが一歩前へ進んだ。
「待ってください!」
聖女の声が広間に響き渡る。
「私が見たのです。その帳簿は“写し”。しかも魔力の痕跡が細工されている。証拠にはなりません!」
会場がざわめきを増す。
「聖女様が……?」「では、偽造なのか?」
黒曜石の指輪の男が群衆の中で笑った。
「聖女まで筋書きから外れるか。だが、駒はまだ用意してある」
その言葉と同時に、広間のシャンデリアが爆音とともに落下した。
悲鳴。混乱。
崩れる光の雨の下、ユイの真上に――!
「ユイ!」
俺は飛び込み、彼女を抱きかかえて床に転がった。頭上で火花が散り、破片が降り注ぐ。
*
煙と混乱の中、ユイは小さく呟いた。
「やっぱり……これは断罪の舞台。次は、処刑フラグが立つ」
俺は彼女の肩を抱きしめ、強く言った。
「フラグなんて、俺が全部へし折る。絶対に」
その瞬間、リリアが駆け寄ってきた。
「……黒幕の姿、見えました! 舞踏会の奥に消えていった!」
俺たちは視線を交わす。
逃がすわけにはいかない――。
華やかな舞踏会は、一転して血の匂いのする狩り場と化していた。