第2話 初めて役に立つ意見
俺とスミーガンデは偽造した入国許可証でフラムティード王国に入った。
城下町で二人が住める家を探して、借りることにした。
フラムティードの不動産屋は最初は俺たちの風貌に疑いの目を向けていたが、大量の金貨を見せたら、快く家を貸してくれた。
借りた家は一階建て。キッチン付きで部屋は三つ。俺とスミーガンデの二人暮らしだから、十分な広さだ。魔王城とは比べ物にならないほど小さいが、殺伐としたあそこより、この小さい家の方が落ち着きそうだ。
俺は治癒魔法が得意なので、この国で神官見習いとして働くことにした。魔王の息子が神官見習いってのは皮肉なものだ。適当にいくつかの教会に立ち寄って、雇ってくれそうなところを探した。
当面必要なものを買い揃え、新居で俺たち二人の生活が始まった。
俺の本名はサイガ・ヴァース・ イルヴィリグという。親父もイルヴィリグの姓なので、さすがにこの名を使うのは危険だと思い、この国ではサイガ・ファルクスという偽名を使うことにした。魔王の息子の一人がサイガという名前であることは恐らく諸外国には知られてないだろう。そもそもサイガという名前自体が魔族っぽくない。なので、サイガの名はそのまま使うことにした。
俺はこの国ではできるだけ料理をすることにした。
肉や卵や野菜を焼いたり、お菓子を作ったりした。
人間の女の子と仲良くなったら、その子に俺の料理を食べてもらいたい。女の子が喜んでくれる調理技術を身に付けるんだ。
ある朝、スミーガンデに朝食にステーキを出したら、一口かじって「ペッと」吐き出して、こう言った。
「肉は生じゃないと美味くないです。なんで焼くんですか?」
俺は小さな溜息をついた。こいつでは、俺の料理の審査役は務まらない。
「それにしても、魔王様がよくサイガ様が城を出るのを許しましたね」
「ああ、条件はあるけどな」
「条件?どんな条件です?」
「もし、重要な幹部級が死んだら、すぐに城に戻って復活させること。それだけ」
「なるほど。復活魔法が使えるのはサイガ様だけですもんね」
この世界には復活魔法が存在するが、復活魔法は神聖属性ですべての魔族は復活魔法を扱えない。復活魔法が扱えるのは天上人と人間だけである。しかし、人間の高等神官でも、生前の状態と同等に復活させることのできる者はいないという。魔法を使って、復活し、完全に元通りになるには一年ほどを要するそうだ。
魔王の息子である俺がなぜ復活魔法が使えるのかというと、それは母のおかげである。母はヘレナ・ヴァースという天上人で神聖な存在の一人である。言い換えれば、彼女は天使である。そう、俺は魔王と天使の間にできた子なのだ。
仕立屋に注文していた神官見習い用のローブができた。白が基調で青いラインが入っている。なかなか洗練されたデザインだ。これを着ていれば俺が神官または神官見習いとわかるだろう。まだ、俺の見た目は若造なので、神官見習いということだ。
スミーガンデはこのローブを見て、色は黒に染めましょうと言ってきた。
いやいや、闇魔法使いじゃないんだから。俺は闇魔法も扱えるが、ここの平和な生活では闇魔法は必要ないだろう。
俺はスミーガンデには フラムティード王国内では人殺しはするなと命令していた。
彼が俺との約束を守るかは自信がなかったが、三か月くらいして、彼の口から思わぬ言葉を聞いた。
「サイガ様、私が人間を食わなくなって三か月くらい経ちましたけど、なんとかなるもんですね。今じゃ別に食べなくても生きていけます」
俺はかなり驚いた。なぜなら、人間に「パンを食うな」と命令して、それが長期間実践されたのとほぼ同じだからだ。
「正直、俺は驚いたよ。スミーが人を食わずに耐えられるなんて。よく俺の命令に従ってくれたな」
「えっ、だって、サイガ様の命令に背いたら、私が死んだときに復活させてもらえないじゃないですか」
「……。なるほど。合理的な判断だね」
合理的な判断――これは、普通の魔族にはできない。
たとえ、死後に復活できなくなるとわかっていても、人間を殺すのをやめて、人間を食うのはやめられない。それは魔族としての彼らの本能だからだ。
人間の形をしたスミーガンデは普通の魔族とは違って合理的な判断ができるようだ。
俺はその日、大量の家畜の生肉をスミーガンデに与えてやった。
俺とスミーガンデがフラムティードにやってきて、三年くらいが経過した。
俺はここの生活に慣れ、人間の友達や彼女ができるくらいに成長した。
俺は神官身見習いをやっていて、気付いたのだが、ここの人間たちは人体や薬草の知識に乏しいのがわかった。そこで、俺、自ら、薬草店を経営することにした。
様々な薬を扱い、店は繁盛した。別に金には困っていなかったが、怪我や病気で困っている人たちを助けるのはやりがいがあった。原因不明の痛みの解析と治療は俺の好奇心を刺激した。
さらに十年が経った。俺はたくさんの女性と付き合ったが、いまだに俺の理想の女性には出会えていない。結婚を考えるような女性はいなかった。
女性との出会いとは別の問題があった。俺は十八歳で不老になって、成長も老化もしなくなっていた。スミーガンデもほとんど老けない。スミーガンデはたぶん五百年くらいは生きられるだろう。さすがに、我々二人がずっと若いままの容姿だと、近隣住民が俺たちのことを怪しむと思われる。
一年後、俺たちは引っ越した。王国の北部に新しく家を借りた。
この国は平和だが、俺は最近、あることが気になっていた。俺は不老だが、完全な不死ではない。もし、首を断ち切られたり、心臓を貫かれて出血多量になれば死ぬ。魔族には復活魔法を扱えるものがいないので、俺が死んだら復活できる可能性はかなり低い。保険は常に必要だ。俺は自分が死んだときに復活できる方法を考えておかなければならない。
でも、殺される前提で保険を心配するのは消極的過ぎるかもしれない。もっと攻撃力を鍛えて、敵に殺される前に敵を殺すべきなのだ。しかし、俺は戦闘は苦手なのだ。
俺とスミーガンデはフラムティード王国以外の様々な国々にも旅行に行った。外国に行く目的は三つあった。第一の目的は自分が死んだときに復活できる術を探すこと。二つ目は外国の女の情報を集めること。最後の一つは他国の言語や文化を知ることだった。
それから、何度か国内を引っ越しして、さらに五十年が過ぎた。
俺はまだ好きな女性をみつけられないでいる。自分を復活させる術もまだわからない。
「サイガ様、魔王城を出てから、結構経ちましたね。そろそろ、他の国に移住するってのはどうです? サイガ様はこの国の女には興味ないんでしょ?」
「いや、別にこの国の女に興味がないわけじゃないよ。美しく色っぽい女性は多いよ。でも、彼女たちの内面になかなか魅かれるものがないんだよ」
「内面? そんなものどうでもいいじゃないですか? 人間の女なんてどの女も大差ないじゃないですか」
「いや、内面は人それぞれなんだよ。両親の教育方針とか、その女性が育った環境で内面は変わるんだ」
「そうですか。……。サイガ様、今、ふと思ったのですが、貴族の娘はどうでしょう? 今まで、相手をしていたのは平民の女ばかりだったじゃないですか。貴族の娘なら平民とは違うのでは?」
今、なんて言った? 彼の言葉が俺の魂に小さな楔を入れるかのように、俺は今までにない衝撃を受けた。
「……。えっ、あ、……。それだ! なぜそんな簡単なことに気が付かなかったんだ。スミー、初めて役に立つ意見を述べたな」
「初めてって。私はいつも為になる意見しか言ってませんよ」
「貴族かー。いいね。貴族の娘はどこに行けば会えるだろう?」
「それは、フラムティード城内でしょう」
お城か。まあ、当然、そうなるよな。
「城か。行けないこともないけど、城内に潜入して貴族の娘を口説くって難易度が高いな。不審者と思われて捕まると思う」
「ならば、私が潜入して、貴族の娘数人をさらってきましょうか? その中から気に入った娘を選べばいいのでは?」
「だから、それは恋愛じゃないの」
「でも、貴族の娘は城下町まで降りてくるとは到底思えませんよ。例え、降りて来たとしても、偶然に我々と遭遇する可能性は低いかと」
「そうだなあ。でも、貴族の娘って目標はいいと思う。なにか策はないものか」
俺は考えながら天井を眺めた。
貴族の娘というのはきっと大事に育てられているに違いない。
平民の女子と比較するのは可哀そうだが、一言で言えば高級な女子だ。
教育があり、栄養価の高い食べ物を与えられて、健康だろう。
また、身なりにも気を使っているはずだ。常に清潔にして、可愛い服を着させてもらっているに違いない。
うん、決めた。俺はなんとしてでも、この国の貴族の女の子と知り合うんだ。