第5話 迷惑な再会計画
タイテニアに乗るのはこれが初めてだろうに、いきなり竜と戦ってみせたカルネと言い、ロベラも軽々動かし過ぎではないだろうか。
――なんてのんびり観戦することは許されず、自分を抱えたままその場を離れようと飛び退く風花に六花はしがみつく。
生身の六花がいてはロベラも戦い辛い。せっかく広い場所に出て、地の利を得たというのに。
「――おい。あの蛇、なんか見覚えがあるぞ」
「だから言ったじゃない。一人はたぶん知り合いだって」
地中の蛇は相変わらず六花を狙っているが、ロベラも乱入してきたことで、向こうも六花を狙うだけの集中力が保てなくなっている。
六花を抱えたままでも容易に蛇から逃げる風花は、その能力に見覚えがあることにようやく気付いてくれたようだ。
「しかもあなたのほうの元・仲間でしょ。あとの二人は……ちょっと分からないけど」
地中から飛び出してきた蛇は、すぐに風花が紋章の力で作り出した黒い鎖に縛り上げられてしまう。締め上げられた蛇は砂塵となって崩れ落ち、消え去った。
「水のほうはまったく心当たりがないな。火のほうは……ロベラに完全に押し負けてるみたいだが……」
風花も戦況を観察し、六花と同じ結論を出したようだ。
ロベラの登場で戦況は完全にひっくり返り、正体不明のタイテニアは三体まとめて明らかにロベラに押されていた。ロベラが主戦力となり、カルネもさっきまでよりずっと余裕のある動きをしている。
三対二だが、勝ち筋がないのは向こうのほうだ。六花はそう確信した。
『――撤退しろ。もはや勝ち目がないことは君たちも分かっているだろう。タイテニアを無駄に消耗させるだけだぞ』
聞こえてきた声に、アレーナは不満そうな声を上げる。共鳴する紋章石を組み込んだ特殊な通信機で繋がるイシュカの耳にも、両名の声ははっきり聞こえた。
『ようやく大暴れできると思ったのに、もう終いか。このお人形に慣れる暇もないよ』
『全力を出せていないのはカルネも同じだ。カルネの乗るタイテニアは、竜のロベラと戦った時の損傷をまだ完全に修復できていない。僕の目から見ても、今日のカルネは動きが鈍い』
やはりそうか、とエミリオの説明にイシュカも内心で納得する。
あのゴットフリート王に深手を負わせた男だと聞いていたのに、三対一とはいえ、この程度の動きしかできないのかと疑問すら抱いていたのだが……タイテニアが真価を発揮できない状態だったと言われれば納得だ。
『僕は今日のこの襲撃を聞いていない。僕抜きで勝手に始めたのだから、本来なら助けてやる義理もないんだぞ。ダニオを見殺しにはできないから助け船を出してやっただけだということを勘違いするな』
エミリオは冷たく言い捨て、一方的に通信を打ち切る。
仕方がない、とイシュカもため息を吐いた。
『アレーナ、撤退しますよ。すでにダニオは撤退し始めていますから、私たちだけでこのまま続けても、勝ち目どころか逃げるのすら難しくなってしまいます』
『ちぇっ。ま、いいか。今日はスヴェンにも会えなかったし』
この総督府で、エミリオの協力なしに敷地から完全に逃亡するのは無理だ。ダニオ以外の自分たちは、見捨てられるどころか売り飛ばされる可能性すらある。
ロベラに押されていたタイテニアたちが、撤退の動きを見せた。ロベラもカルネもそれを追いかける様子はなく、警戒の構えは解かないまま相手が撤退するのを見送る。
六花も風花に抱えられたまま片隅で見ていたのだが、謎のタイテニアが完全に見えなくなると、地面に降ろされた。
「ルチル!」
ロベラが呼びかけてくる声に、謎のタイテニアが去っていった方向を見ていた六花は振り返る。
ロベラの姿を模したタイテニアからシルバーが飛び降りて、一目散に六花に駆け寄ってきた。
「大丈夫か、怪我は?」
「大丈夫。助けてくれてありが――」
「おい!その破廉恥女から離れろ!」
詰め寄る勢いで自分のもとにやってきたシルバーにお礼を言おうとしたら、別方向からシルバーの声が聞こえてきた。もう一度振り返ると、ロベラの姿を模したタイテニアからオオカミのぬいぐるみが顔を出し、怒り狂って叫んでいた。
……ロベラはいまシルバーの身体を借りているので、あのぬいぐるみの中身はシルバーのほうか。
「その女と兄貴を助けることは許したが、破廉恥行為は認めてないぞ!」
「はれんちって……まだルチルに触ってもいないんだが……」
ロベラは苦笑している。オオカミのぬいぐるみは、ぬいぐるみの身体で動きづらいのか、タイテニアから降りるのも大変そうだ。
カルネの姿を模したタイテニアから降りてきた会長は、天馬のぬいぐるみを抱えていた。こちらを見て苦笑している。
「大丈夫だったか、ルチル。奇妙な連中だった」
会長が言った。どうやら、会長のほうもカルネのままだったらしい。ロベラは六花から離れ、オオカミのぬいぐるみを迎えに行っていた。
話している間に演習場がにぎやかになり、こちらへ人が駆け込んでくる。総督補佐のグランヴェリー公爵が一番よく目立つが、オールストン博士にローズ副会長……大河と勇仁までいる。
……そう言えば、なんで風花もここに。
「リッカちゃん!それに会長さんたちも、みんな無事でよかった!」
「正体不明のタイテニアが総督府を襲ってきたって聞かされて、心配してたんだよ」
大河と勇仁はすぐに六花に駆け寄ってきた。公爵と博士は会長に状況を聞いている。
「駆けつけるのが遅くなった。タイテニアの格納庫を、ようやく開けることができた――すでに逃げられてしまったようだが」
「情報を得られなかったのは惜しいな。しかし、君たちに怪我がないようで安心した」
カルネは天馬のぬいぐるみに戻り、会長は父親と博士、その部下たちに適度に誤魔化しながら説明していた。オオカミのぬいぐるみを連れてきたシルバーは、眉間に皺を寄せて六花に近付き、ぬいぐるみを押し付けてきた。
ぬいぐるみのふりをしているロベラを受け取り、六花はシルバーを見上げる。
「あ……シルバーもありがとう。おかげで……」
お礼を言おうと思ったのに、シルバーは不機嫌丸出しの表情でその場を去ってしまう。遠くには会長とシルバーの母親の姿も見えて、彼はそっちへ行ってしまった。
「災難だったな、リッカ。殿下たちとマリーも案じていたが、さすがに彼らは同行させるわけにもいかなかったので安全な場所に避難してもらっている」
副会長が言った。
「ご心配をおかけしました。私なら、みんなに助けてもらったので大丈夫です。エミリオ先生たちも無事でよかったです」
「色々聞きたいことはあるだろうが、こっちも話したいことがある。こいつを連れて寮に戻るぞ」
風花が口を挟む。もちろんだ、と副会長が頷く。
「すぐには無理だが、俺たちもあとで寮へ行く。オルフェ……は、来るだろうが、シルバーは大人しくついてくるかどうか」
「契約はしてくれたけど、まだまだ壁は分厚いねぇ」
息子たちの心配をしている母親をなだめ、シルバーは六花たちを見ることもなく行ってしまう。
仲良くなるのはまだ先になりそう――自分たちを助けるためにずっと嫌がっていたロベラとも契約してくれただけでも、十分優しい人だ。
一方、撤退したイシュカたちはタイテニアを隠した後、ルミナス学院にいた。
教師としてエミリオ王子が与えられた研究室――部屋の主は総督府での騒動の後、なかなか総督府を離れられなくて部屋に戻ってくるのが一番遅かった。
戻ってきたエミリオは明らかに腹を立てている。
「よくノコノコことここに来たな。僕に無断で勝手に騒ぎを起こしておいて、ダニオまで連れ出して」
女二人は悪びれることなく肩をすくめて見せたが、ダニオは跪き、エミリオに対して深く頭を下げた。
「勝手な真似をして申し訳ありませんでした。猊下の目的のため、ゆくゆくは必要になってくる作戦だと言われ、彼女たちに従ってしまいました――」
「君を責めるつもりはない。彼女たちと手を組んでいることは事実で、君の立場では僕のことを持ち出されたら逆らうこともできないだろう。それを分かって利用している彼女たちに腹を立てているんだ」
謝罪するダニオをフォローしながらも、エミリオの怒りは収まらない。
いつかはルチルたちとの対立も避けられなくなる時がくるだろうと覚悟はしていたが、彼らに一方的に好き勝手させるつもりはなかった。
ロベラと風花が運よく駆けつけてきてくれて良かった……タイテニアの修理が終わっていないカルネだけでは、ルチルを守りきれたかどうか……。
「悪かったわよ。もう抜け駆けはしない。次は、ちゃんとあんたとも話し合って決めてから行動するから」
エミリオの機嫌を取るように、アレーナが愛想よく言った。
「あんたが怒るのももっともなんだけどさぁ、あたしたちも別に、独断でやったわけじゃないのよ。タイテニアがどれぐらい動かせるか、やって見せろって言われちゃったもんだから」
エミリオが睨むが、アレーナは怯むことなくニコニコしている。イシュカも静かに笑顔を浮かべているだけ。
ダニオはそんな二人をうさんくさそうに見やっているが、自分の意見を口にすることはなく黙っていた。
「試運転は文化祭でやる予定だっただろう。そのためにあれこれ計画してきたんじゃなかったのか。苦労してタイテニアもワダツミに持ち込み、隠してたっていうのに」
「もちろん、そのつもりです。ですから今回はまだ、ブラッドが間に合っていません」
イシュカが言い、エミリオが顔をしかめる。
「……やつも来るのか。やつもアレーナ並みに特徴的な能力をしているから、素性はすぐにバレるぞ。背後に誰がいるのか、カルネたちも絶対に気付き始める」
「もう少し隠していたかったが、カルネまで揃ってしまったのなら仕方がない……というのが王の言い分です」
イシュカがさらに答える。
タイテニア最大の利点は、動かしている人間の正体を隠しておけること。でも、ルチルたちは今回の襲撃でアレーナの存在に気付いたことだろう。一万年前、さんざん戦ってきた相手だ。
ブラッドもアレーナと同じ……一万年前にエンデニル傭兵団とずっと戦い続けてきた男。ゴットフリート王のもとで。
この二人が揃ってしまえば、カルネなら必ずこの結論に至る。
ゴットフリートもこの時代に存在している、と。




