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第4話伍 それぞれの休日


「副会長さーん!」


ローズとシルバーがマリー、エミリオ先生、ジョゼフィン王女を連れて総督府の正面入り口へと出てきたとほぼ同時に、大河の大声が聞こえてきた。

声のした方向を見てみれば、大河だけでなく勇仁、風花も総督府へ向かって駆けてくるところだった。


走って乱れた息を整え、副会長は大河たち三人の姿を素早く確認する。


「ラズは一緒ではないのか」

「あ、やっぱり何かあったんだ。俺たちも町に来てて、総督府のほうで大騒ぎが起きてるって聞いたから走って来たんだけど」


ぜえぜえと大河のほうも荒く息をしながら答える。ごめん、と勇仁が申し訳なさそうに言った。


「ただの買い物のつもりだったから、スヴェンたちは置いて来ちゃった。ロベラだけは一緒に行きたいって言ってくれたから、連れてきてるけど……」


よりにもよって、契約相手が唯一いないロベラだけ――そう言いたくなってしまったのを堪え、ローズは大河が抱えているオオカミのぬいぐるみに視線を向ける。

風花はローズたちの後ろの、総督府の建物を見ていた。


「何があった?町にいるだけの俺たちにも聞こえてくるほどの轟音だったが」


風花が問う。


「正体不明のタイテニアに攻撃された。俺とシルバーは殿下たちとマリーを連れて建物外へと避難している途中なのだが――」

「ミクモさんが狙われて、囮となって一人別行動になってしまっているんです」


割り込むように口を挟んでくるのは彼女にしては珍しい行動だが、思わずそうしてしまうぐらい、ジョゼフィン王女も六花の身を案じているのだろう。

王女のその言葉を聞き、風花が表情を一変させた。


「リッカもここにいるのか!?」

「騒ぎを聞いてミクモたちも来るかなって思ったけど、最初からここにいたんだ」


勇仁がそう話している間にも、風花は建物の中へと駆けて行ってしまう。

待ってよ、と大河が追いかけようとしたが、シルバーに首根っこを捕まれて引き留められ、ぐえ、と声を上げた。


「なにすんだよー!俺だってリッカちゃんが心配なんだから行かせてよ!そりゃアミルいないし、大したことできないかも――」

「俺が契約してやれば、そいつは紋章を使えるんだな?」


これまた大河にしては珍しく、かなり本気で怒った様子で抗議してくるのも構わずシルバーも怒鳴った。

え、と勇仁は目を瞬かせ、大河が抱えているオオカミのぬいぐるみに視線を落とした。シルバーは大河を見ている。


「おまえらの望み通りにしてやる!その代わり、あの破廉恥女と俺の兄貴をちゃんと助けろよ!」

「はれんち……」

「何やらかしたんだルチル……」


シルバーの言い草に大河とロベラは困惑していたが、そいつが純粋過ぎるだけだ、とローズは言い捨てた。




タイテニアが通るには狭い裏庭は、六花の味方だった。おかげで、本来なら即座に捕まるはずのスピード差があってもいまだ捕まることなく逃げ続けられてはいるのだが……六花にだって、体力の限界ぐらいはある。

攻撃をかわしながら走り、時々は庭に植えられた植栽に身を寄せて一瞬にも満たない休憩時間を取って、なんとかここまで敵を引き付けることはできたが……。


ほとんど振り返らずとも、背後に迫るタイテニアはあまりにも存在感が大きすぎて、探らずともその気配は察することができた。それが別の危険を招いた。

足元の異変に六花が気付いたのは双頭の大蛇が自分の眼前に飛び出してきた時で、自分に飛びついてくるのを完全にかわしきることはできなかった。


「地中を這い出てくる蛇って、まさか……っ――!」


その全長は何メートルあるのか。飛び出してきた長い胴体はまだ地中に埋まっており、正確な長さを測ることもできない。

二体の蛇は六花の身体に絡みつき、思い切り締め上げてきた。


悲鳴を上げることすらできないほどの締め付けに、息が詰まる。火の紋章で焼き払えば――と思ったが、双頭の蛇が六花の目をのぞき込んでくるのを見て、思わず目を閉じた。

それが向こうの狙いであることも、どれほど危険な行為であることも承知の上で。


背後のタイテニアが自分のすぐそばまで迫って来ていているのを感じても、蛇の目を見てはいけないという本能に従った。


次の瞬間。

六花たちのそばの建物の壁が崩れ落ちる音が聞こえ、背後で激しい衝撃が起きるのを感じた。悲鳴のような蛇の甲高い鳴き声も響いて、六花を戒めるものが消える。


「ルチル、無事か!?」


兄の呼びかけに、突然解放されて地面に倒れ込んだ六花は振り返った。

自分を追いかけていたタイテニアとは別の、見覚えのあるタイテニアが背後に立っている。六花に背を向けて敵と対峙しているので搭乗者は見えなかったが……ルチルの兄をモデルにしたその姿で、乗っているがオルフェ会長と、彼の身体を借りているカルネであることは明白だった。


「お兄様、気を付けて!襲撃者はそいつだけじゃない!私を捕らえていた蛇は、アレーナのものだった――」

「たったいま私も見たから分かっている。そして目の前のタイテニアに乗っているのが、彼女ではないこともな。動きが明らかに異なっているし、彼女の紋章は土だ。だが、このタイテニアの操縦者は火を操っている」


あの蛇は紋章によって生み出されたもので、前世の記憶がある六花には、使い手に心当たりがあった。しかし兄の言う通り、彼女は土の紋章使い。目の前のタイテニアに乗っている人間は、別人……。


――そんなことを考えている暇は、いまはない。

兄の姿をしたタイテニアは光の速さで動き、敵に攻撃を仕掛けるが、狭いこの場所では本来の力を出し切れない。

生身の状態の六花を巻き込んでしまう恐れがあるし。


「ルチル、もう少し走れるか。オルフェが、この先にタイテニアの訓練にも利用する演習場があると言っている。ここは私にとっても不利だ」


兄の指示に返事をすることなく、六花はまた走り始めた。

今度は兄が敵の足を阻んでくれるので、さっきよりはずっと楽だ。それでも走り続けて息が苦しくて、足がもつれそうになったけれど。

広い演習場に出た時、状況も忘れてぜえぜえと息をしながら呆然と立ち尽くしてしまった。


背後でタイテニアが轟音を立てながら飛び込んできたのを感じ、また走り出す。

だが……。


「きゃっ――!」


妹の悲鳴を聞きつけ、光速を誇る速さで兄の乗るタイテニアが駆けつけ、六花を捕らえようとした蛇を斬り捨てた。

雷を帯びた剣――六花の肌先を掠めたが、六花には傷ひとつつけることなく蛇だけを的確に斬り落とした。斬られた蛇は砂塵と化して崩れ落ちる。

使い手が健在である限り、この消滅が一時的なものでしかないことはカルネもきっと分かっていることだろう。


兄の邪魔にならないよう自分はどこかに身を潜めておきたい……が、広い演習場は、今度は六花にとって不利だった。

広くなったことでタイテニアは動きやすくなり、障害物がなくなったことで六花は一瞬でも身を隠す場所すらなくなってしまった。


やはり敵は一人ではなくて、兄は乱入してきたものも合わせて二体のタイテニアを相手に戦っている。


一体は最初から六花を追いかけてきたもので、相変わらず正体は不明。火の紋章を持っているようだ、ということしか分からない。

もう一体は双頭の蛇を操り、動きにも見覚えがある――やはり、彼女なのだろうか。

なぜ一万年も前の敵とこんなところで再会してしまうのか、という信じられない思いもあるが、自分たちのほうも一万年前にみな命を落として、ここで大集合の再会を果たしていることを考えれば今更か。


そんな分析をするぐらいしかできない六花は、一定の距離を取って兄を見守るしかできない。優れた治癒能力も、タイテニア同士の戦いの場合は出番が少ないし、離れすぎてまた六花が狙われたら、駆けつけるために兄に大きな隙ができてしまう。


危惧した通り、ボコボコと不自然に盛り上がった土が自分のほうに迫ってくるのを見て、六花は逃げようとした。この蛇は本当に厄介だ。スヴェンがいたら無効化してくれるのだが――。


走り出した六花は、足首を強くつかまれたような感覚に思い切り転倒する。

蛇からはまだ距離があるはずなのに――驚いて四つん這いの姿勢のまま自分の足元に振り返ってみれば、右足首から下が地面にぴったり凍り付いていた。


まずい、と血の気が引いている間に蛇に囚われ、双頭の蛇が六花の顔をのぞき込んでくる。

蛇の目がチカッと赤く光り、六花は急いで目を閉じた。足止めにまんまと引っ掛かってしまうと分かっていても、こうなっては他に選択肢もなくて……。


だけど想定していたようなことは起きなくて、六花はぐいと誰かに引っ張られた。

抱きかかえられていることに気付くと同時に目を開けてみれば、黒い炎があたりを包んでいた――。


「フーカ」


ぱちくりと目を瞬かせて、六花は自分を抱きかかえている風花を見上げる。


「狙われてるの私だから、一緒にいると巻き込まれるわよ」

「言いたいことはそれだけか」


風花は六花を見ることはなく、現れた三体目のタイテニアを睨んでいる。


「余計なお喋りしてないで、ちゃんとしがみついてろ。俺もおまえも苦手な水の紋章を使うやつを相手にしなきゃならないんだぞ」


風花がそう話す間にも氷のつぶてが飛んできて、飛び退く風花に六花もしがみついた。


「あいつら何だ。なんでおまえのことを狙ってるんだ?」

「一人だけたぶん私たちの知り合い。でも他二人は知らない」


そしてその一人は、自分より風花のほうが詳しいだろうな、ということを説明している余裕はなかった。

黒い炎は氷を溶かしているが、風花側の威力も弱まっているように見える。やっぱり、水の紋章は相性が悪い。


相性の悪さすら凌駕するほどの熱を持った炎を生み出せるというのは、ロベラだけの強みだった。それはきっと、アッシュだった頃から風花も認めているだろう。

だから、ロベラがいてくれたら、とつい六花が考えてしまうのも仕方ないと思う。

――ロベラの姿を模したタイテニアが現れた時、六花は分かりやすく内心を顔に出してしまった。


「ロベラ……じゃなくて、シルバーのほう?契約なんてごめんだって言ってたし……タイテニア動かせたんだ」

「いや、あれはロベラのほうだろ」


苦虫を噛み潰したような表情ではあったが、風花が認めた。


「あの炎はロベラじゃなきゃ使えねえ。あいつも、この状況じゃロベラに頼るしかないって察したんだろ。実力は、ロベラのほうが圧倒的に上だからな」


真っ赤な炎が戦況を完全に塗り替える。ロベラの操る炎は、水の紋章ですらその威力が弱まることはない。



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