第4話参 それぞれの休日
「マリーは、ローズお兄様と一緒に総督府に遊びに来てたの?」
二人とも私服姿だし、きっとそんなところだろうと踏んで六花が尋ねる。今日のマリーは、飼い犬も連れていた。
犬は尻尾を振りながら六花にも愛想を振りまき、生徒会長のオルフェにも親愛の情を示している。
オルフェにひとしきり撫でてもらうと、六花にもキラキラとした瞳を向けた。
「以前にも紹介したが、我が家の愛犬ホープだ」
「こんにちは、ホープ。ちゃんとご挨拶をするのは初めてね」
ローズ副会長に改めて紹介され、六花は犬を撫でながら笑顔で言った。
「はなちゃんとゆきちゃんにも会わせてあげたいです。仲良くなってくれたら嬉しいな」
「はなちゃんも犬は好きだから、きっとすぐ仲良くなれるわ。ユキちゃんも……たぶん、フレンドリーな子だから大丈夫だと思う」
ユキは、六花が実家で飼っている犬のことである。六花の家にみんなが遊びに来た時に紹介していたので、マリーもちゃんと覚えていてくれたようだ。
「文化祭には、ご家族を招待してるんだろう?グランヴェリー家のほうでも、リッカたちのご家族を泊める宿を手配済みだ」
オルフェ会長が言った。
夏休みの終わりに妹たちにも伝えたのだが、ルミナス学院では文化祭が開かれ、生徒の家族を招待してもいいことになっている。
だから妹にも文化祭に来ないかと誘いかけており、遠くから訪ねてくる美雲家の人たちのために会長が伝手を使って汽車や宿の手配をしてくれるというご厚意に甘えて、六花もその日を楽しみにしているのだが……。
「父からも返事があって、休みを取ったから、家族みんなで必ず行くと強く主張しています。オルフェ会長も、本当にありがとうございました」
「礼を言うのは文化祭が終わってからだ。楽しみだな――俺も、リッカのご家族に会えるのをとても楽しみにしている。タイガたちのご家族にも挨拶できるといいんだが」
「ミソノジくんたちのご家族に会うのは、私もその時が初めてになると思います」
帝都で暮らしていて、めったに町を離れることのない大河、勇仁の家族。二人も自分の家族を招待しており、遊びに行くとの返事があったそうだ。
勇仁は母親が。大河は、予定を調整できれば叔父が来てくれるとか。
……大河は幼い頃に両親を亡くしているので、母方の親族でもある勇仁の家に引き取られて育ったそうだ。
「はなちゃん、来てくれるんですね」
「ええ。きっとはなちゃんも、マリーに会えるのが一番嬉しいでしょうね。私の両親も、機会さえあれば、会長たちのご家族に挨拶したいと話していました」
「俺も両親と弟を招待している。あんな態度だが、弟は来年には生徒会に入るだろうからな。絶対来いと言いつけてあるし、親も連れて行く気満々だ」
会長が言った。
楽しみです、と六花は笑顔で同意しつつも、その流れで副会長にも話題を振るか迷った。
というのも……副会長のご家族は、いったい誰が来てくれるのか……。
「俺は母と妹だけだ。父は招く必要がないからな」
「お父様……」
あっけらかんとして副会長はそう話すが、六花は顔を曇らせた。
副会長の父親の話を、六花は聞いたことがない。いつも話題に出ない人だし……マリーの前で話していいのか、さすがに悩む。
「ローズ。そろそろネタばらししたらどうだ」
「ネタばらしというほど面白い話でもないがな」
苦笑いで会長がとりなし、副会長はしれっとした態度で言った。
「俺の父は、学院にいるから招待の必要がないのだ。我が父は、ダスティン・フロックハートと言う。聞き覚えのある名だろう?」
副会長の説明に、六花はぽかんと口を開く。
フロックハートと言えば、ルミナス学院教頭と同じ名である。
……言われてみれば、思案する時の表情が似ているような。
「教頭先生が、ローズ副会長のお父様……?」
その通り、と話す副会長は悪戯っぽい表情をしており、六花のこの反応が見たくてわざと黙っていたことが見え見えだ。人が悪い、と六花が苦笑すれば、まったくだ、と会長が呆れたように同意する。
「ローズ副会長は、お母様のほうの姓を名乗っていらっしゃるんですね」
「両親は離婚しているのだ。と言っても母はまったく納得しておらず、父を追いかけて自らもワダツミ帝国に来……なんだかんだ仲は良い。父も事情があって離縁しただけだからな」
マリーもにこにことしているので、離婚はしたものの仲の良い元・夫婦なのだろう。幼いマリーの前であっけらかんと話せるぐらいに。
「本当にな。あのうつけ者め。可愛い子どもたちを捨てようなどと、許されざる愚行だ。私が大人しく引き下がるとでも思ったのか」
流ちょうなワダツミ語を話す女性の声には聞き覚えがある。彼女もここに勤めているのだから、この食堂に来ても不思議ではない。
会長と六花に愛想を振りまいていたオールストン家の愛犬は、登場した女主人に尻尾を振ってすり寄った。
ローズ副会長とマリーの母オールストン博士の隣には、エミリオ先生も並んでいた。先生は困ったように笑っている。
「立ち聞きしたみたいでごめんね。君たちが来てると聞いたから、ちょっと挨拶にと思って顔を出したんだけど……。ちょうど、彼女とは新型のタイテニアについて一緒に稼働テストをしていたものだから、一緒に来ることになって」
「久しぶりだな、ミクモ嬢。息子たちが世話になっている。マリーのほうも、貴女の妹には親しくしてもらっているようだ。内気だった娘が、友達に会うために自発的に出かけるようにまでなった」
オールストン博士は笑顔で六花に握手を求めてくる。六花も手を握り返し、お久しぶりです、と挨拶した。
「文化祭には妹御は来るのだろう?」
「つい先ほど、マリーも同じ質問をしてリッカの妹、ご両親もルミナス学院に来る予定だと教えてもらったところだ」
博士の問いには六花が答えるよりも先に副会長が答えた。それは良かった、と博士が笑顔で頷く。
「当日はマリーを連れ、私も必ず学院へ行こう。ミクモ嬢の家族に会えるのが楽しみだ」
「僕も楽しみだ。ワダツミ語ももっとしっかり話せるように勉強しておかないと」
「すでに十分過ぎるぐらいワダツミ語、上手なのに」
席にはローズ副会長の妹と母親、エミリオ先生も加わり、一気ににぎやかになった。
天馬のぬいぐるみは六花の膝の上に座ってぬいぐるみらしく振舞うことになってしまったが、この状況をどことなく楽しんでいる様子だし、六花もみんなでの食事を楽しむとにした。
話題は文化祭のことや、学院でのこと……。
メイン料理も食べ終えてのデザートを待っていた六花は、食堂の出入り口に新たな客が現れたのを見つけた。
――出入り口に姿を現した彼女は、すぐに扉の陰に隠れてしまったので、気付いたのは六花だけだったかもしれない。
六花は目を瞬かせて少し考えた後、小さくため息を吐いた。
「ジョゼフィン、せっかく来たんだからすぐ引き返さなくてもいいじゃない。少しぐらい話でもしましょう」
六花が大きな声で呼びかけたので、食堂中の注目を集めてしまったかもしれない。
とはいえ、客は六花たちだけだから構わないだろう。
エミリオ先生も振り返って、出入り口でオロオロと立ち尽くす妹を見ている。
オルフェ会長とローズ副会長は立ち上がり、会長のほうがジョゼフィン王女を迎えに行って、副会長は給仕に声をかけて彼女のための席を作らせ、テーブルに着く王女のために椅子を引いた。
ガラテア人の男性は、女性をエスコートする義務があって大変だ。
「邪魔をしてしまってごめんなさい……。ミクモさんがいらしていると聞いて、私も挨拶ぐらいはすべきかと思って……」
「みんな考えることは同じね。律義なんだから」
申し訳なさで縮こまる王女に六花は笑う。彼女がオドオドしている理由は、六花も察していた。
自分にも兄がいるから分かる。正確には過去形だが、それはさておき。
ジョゼフィン王女とエミリオ先生の間に流れる空気は、おおよそ親密な兄妹らしからぬものだ。険悪とまでは言わないが、疎遠なのだろう。
「ちょうど文化祭の話をしてたのよ。私が園芸部が主催するカフェの看板娘をやるってこと――服飾部の部長が作り上げた渾身の作品を身にまとって」
「殿下は試着に居合わせたので、先にご覧になったのですよね?まだ見せてもらっていないので、俺たちも実はとても楽しみにしていて」
気まずい間を取り持つように明るく話す六花に合わせ、生徒会長も愛想のよい笑顔で話題を振る。オールストン家の愛犬は、新しい客にも愛想を振りまいていた。
自分にすり寄ってくる犬を撫でることで兄を見ることを避けていた王女が顔を上げ、生徒会長を見た。
「とても美しいお姿でしたよ。キモノという衣装も、ミクモさんも」
「それを聞いたらますます楽しみになった。当日最大の目玉だな」
副会長が言った。楽しみです、とマリーもニコニコ笑顔で相槌を打つ。
「園芸部……。たしか、最近の殿下のお帰りが遅いのは、園芸部の手伝いをしているからでしたね」
息子そっくりの優雅な仕草で紅茶を飲みながら、オールストン博士が言った。はい、と王女が頷く。
「お手伝いと言えるほどのことができているかどうかは分かりませんが、私なりに精一杯努めております。部長さんも部員の皆さまもとても親切で……」
「ジョゼフはとても働き者だって、グラス部長が褒めていたよ」
静かに紅茶を飲んでいたエミリオ先生が口を挟んだ。王女は虚を突かれたように目を丸くし、兄を見た。
エミリオ先生は、そんな妹の反応に苦笑している。
「一応、僕だって気にしているんだよ。妹が学校でどう過ごしているのか――他の生徒たちとも打ち解け、楽しそうに過ごせているようで良かった」
「あ……そう……その……授業もちゃんと出ています……最近は」
一学期の間はほとんど出席しなかったことまで白状してしまうのが、彼女の可愛いところだと思う。六花は苦笑いした。
「文化祭当日も園芸部で、カフェの手伝いをするんでしょう?」
「はい。グラス部長さんもぜひとおっしゃってくださったので、お手伝いさせて頂きます」
「力仕事の泥仕事だから本当は心配してたんだけど、案外、ジョゼフィンに合ってるのかもね。せっかくだからこのまま入部しちゃえば?」
六花が提案すると、え、と王女が目を瞬かせる。でも思案するような表情に、まんざらでもない提案だったことは分かった。
どんな結論を出すのかは王女次第なので、六花にはそれ以上のことは言えないが。
ジョゼフィン王女も腰を落ち着けられそうな雰囲気なので、彼女にも食事を……と生徒会長が気を利かせて給仕係を呼んでいた時、また食堂に客が現れた。
……彼は客だろうか。六花たちを探しに来ただけのような気もする。
事実、六花たちを見つけると、彼はすごい形相で真っすぐにテーブルへ向かってきた。案内しようとした給仕係が完全に無視され、焦っている。
オルフェ会長の弟シルヴェリオは、六花と会長のそばまで来て、仁王立ちで睨んできた。
さっき会った時もずいぶん機嫌が悪そうに見えたが、いまもとても不機嫌そうだ。




