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第1話弐 入学の日


終着を告げながらデッキを歩く車掌を横目に、六花も改めて荷物を確認してコンパートメントを出る。

出る直前で、風花が六花からトランクを取り上げた。


「ありがとう」

「行くぞ」


六花が礼を言ってもそっけない。

礼など不要という風花なりの優しさなのだろうが、こういうところが誤解されやすい一因にもなっているのはもったいないと思う。


コンパートメントを出ると、隣から大河、勇仁たちもそれぞれトランクを持って出てくるところであった。


「終着駅はルミナス学院直結なんだってさ。色々とすごいよね」


興味津々といった様子の大河に対し、勇仁のほうは学院にそこまで興味がないように見える。

それについては、風花も似たようなものだ――六花のために共に入学することに同意しただけで、風花はルミナス学院に興味はないらしい。


それでも、ワダツミ文化とはまったく異なる建築物には何度も視線を向けている。


「リッカ・ミクモ、カザハナ・ミクモ、タイガ・ミソノジ、ユージン・ジョーガサキ――以上四名、間違いはないか」


駅に降り立つなり自分たちに呼びかける声が聞こえてきて、六花たちは自然とそちらに注目した。


見知らぬガラテア人の男性が一人、六花たちを真っすぐ見ている。びしっと背筋を伸ばし、メガネの奥から鋭い眼光を向けて。


はい、と六花が返事をすると、男性が頷いた。

厳格そうな雰囲気はあるが、敵意は感じられない。


「ルミナス学院教頭のフロックハートだ。君たちを出迎えに来た――どうやら貴殿は私の言葉を理解しているようだが、そちらの男子たちは……」


言いながら、教頭が眉を潜める。返事はなくともそれぞれの反応で何となく察したらしい。


にこにことした大河の笑顔がすっとぼけているようにも見えて、六花は苦笑した。彼らはどうか分からないが、風花はちゃんとガラテア語を理解しているはずだが……。


「……よろしい。ここは私がワダツミ語で話すとしよう。ワダツミ人の入学は極めて異例ということで、君たちには様々な特別措置が用意されている。君たちがここでの生活になじめるよう、学院としても全力でサポートするつもりだ――まずはついて来なさい」


ついて来い、と言う前からすでに歩き出してしまっている教頭について、六花たちは駅を出て学院構内へと入っていく。


駅を出て塀をくぐると広い庭のような場所に出て、そこを横切る――見える建物の並びからして、ここは裏庭のようだ。裏庭を横切り石造りの建物へと入って、長い廊下を通った後に階段を上る。

階段を上ってまた長い廊下が見えたが、教頭は一番最初の扉へと六花たちを案内した。扉には、ガラテア語で「学院長室」と書かれている。


ずっと無言でスタスタ歩くだけだったフロックハート教頭が振り返り、言った。


「ここは学院長室だ。君たちにはいまから、学院長のネイサン・ギデオン先生に会うことになる。入学式には間に合わなかったので、特例の措置とも言うか……」

「入学式、俺たち間に合わなかったもんね」


大河が口を挟む。


始発の列車に乗ってきたが、六花たちが住む神代領からルミナス学院のある王都までは半日近くかかる。日もすでに西へと降り始めていた。


入学式に間に合わないだろうな、ということは入学諸々について書かれた案内の手紙を呼んだ時から分かっていたこと。

前日のうちに学院に入っておけば入学式には出席できたのではないかと思わないでもなかったが……昨日までは学院の生徒にはならないという規定があり、すでに前例にない事態となっているため、これ以上の前例破りはしたくないという学院内の色々な思惑の結果、そういう判断になったらしい。

ワダツミ人と共に入学式などとんでもないというガラテア側の意見もあったのだろう……。


「別にそれはいいだろ。式典なんて面倒なもの、向こうから免除にしてくれるって言うならありがたい話だ」

「同感」


風花が言い、勇仁が同意する。

この二人、誰かに振り回されがちという立場が似ているせいか、考え方も似ているようだ。誰に振り回されているかは都合よく考えないことにした。


教頭はゴホンとわざとらしく咳払いし、大河たちの会話にはわざとらしく反応しなかった。


「ここで、簡素だが入学式を受けてもらう――ギデオン先生、フロックハートです。例の新入生を連れてきました」


重厚そうな扉を教頭がノックすると、どうぞ、と室内から落ち着いた男性の声が聞こえてくる。

教頭が扉を開け、部屋に入るよう目線で六花たちに促してきた。


本や書類が綺麗に収められた棚が並び、学院長室は書斎のような部屋だった。一部は飾り棚で、ガラテア文化の道具のようなものが置かれている。

大河や勇仁も、ワダツミにはない内装には心惹かれるようで、部屋の中の人を見るよりも部屋中をきょろきょろ見回していた。


そんな新入生たちを見て奥の机の前に立つ初老の男性は微笑んでいたが、教頭のフロックハートがまた咳払いをする。

その声に、ようやく全員が初老の男性に注目した。


ゆったりとした声で、男性が話す。


「初めまして。美雲六花さん、美雲風花くん、御園寺大河くん、城ケ前勇仁くん。私は学院長のネイサン・ギデオンです」


学院長の言葉は流ちょうなワダツミ語であった。学院長は四人の新入生を順に眺めた後、部屋の片隅にある柱時計に視線を向ける。


「……少し待ってもらえるかな。もう一人、ここに来る予定になっていましてね。彼女も式に間に合わなかったものですから」


彼女、という単語に六花たちが目を瞬かせている間に、件の女性が学院長室に到着したようだ。


ノックが聞こえて、どうぞという学院長の返事。それから、ふんわりとした清楚な雰囲気の大人の女性が扉を開けて姿を見せた――「彼女」の心当たりが外れて六花は意外に思っていたが、女性は六花と同じ制服を着た女子を連れており、予想は外れていなかった。


「御足労ありがとうございます、ジョゼフィン様。先にお知らせした通り、ここではあなたも一生徒として扱い、以後は敬称なしに呼ばせていただきます。生徒たちにも同様の通達をしておりますので、どうぞご了承のほどよろしくお願いいたします」

「承知しております」


学院長とジョゼフィンと呼ばれた女子生徒はガラテア語で会話しているが、綺麗な発音なので六花でも簡単に聞き取ることができた。

――やはり、彼女が例のガラテア王国の王女だ。


六花たちはジョゼフィン王女を見ていたが、王女は無表情に学院長に視線を向けたまま、六花たちを見ることはなかった。六花たちがこの部屋にいることすら認識していないのでは、と思いたくなる態度である。


「それから、先に彼女たちの紹介を。あなたに近いほうから順に――」

「私の入学に際して、学院側が様々な配慮をなさってくださったことは存知ております。ですが、そのような気遣いは不要です」


学院長の言葉を遮り、王女が言った。静かだが、きっぱりとした口調で。相変わらず、六花たちのことは見ようともしない。


「私は国王陛下より、この王都――ガラテア王国領ワダツミ特別区の総督に任じられ、そちらの務めで手いっぱいとなることでしょうから……恐らくこの学院に通うことはほとんどございません。ご厚意を無にしてしまうこと、どうぞお許しください」


美しい淑女の礼で頭を下げ、王女は踵を返して学院長室を出ていく。自分の言いたいことだけ言って、学院長の反応も返事も待たずに。

王女を案内してきた女性が困ったように笑って学院長と教頭に目配せしてから部屋を出ていき、王女を追いかける。


教頭はこれ見よがしにため息を吐き、学院長は短い沈黙の後、改めて六花たちを見た。


「……失礼しました。先ほどの彼女はガラテア王国の王女ジョゼフィン様――この学院内では、敬称なしに呼んで構わないことになっています。すでにお聞きの通り、ガラテアでは女性の高等学校への進学率は極めて低く、王女殿下の入学に合わせて女子生徒を増やす目的で美雲さんにも入学をお願いしたのですが……」


学院長が説明する。


六花の入学がさっきの王女のためであることは知っていた。

仕事で王都を訪ねた父が、ちょっとした縁からルミナス学院の学院長と知り合い、娘がいることを知って入学をお願いされてしまった、と詳細を語ってくれていたから。

ワダツミ人のいない学校に六花一人だけで送り出すのは不安だからと、風花もここに入学することになった。


「それとは別に、私は美雲さんのお父様の志をとても気に入りましてね。貴女の入学は、ぜひこの学校で学んで行ってほしいという私の個人的な希望も入っているのですよ。ルミナス学院の学院長として、教育というものに携わる一人の人間として、貴女方の入学を心より歓迎します」

「恐れ入ります。父のため、我が領のため、私たちもしっかり学ばせていただきます」


校長との対面は短く終わり、六花たちはまた教頭に連れられ、これから自分たちが暮らす寮へと案内されることになった。


校舎を出ると中庭を通り抜け、教会の前を通ってさらに奥へ。教会の前を通り過ぎるとき、建物を見る六花たちに気付いて教頭が簡潔に説明してくれた。


「あれは我が国で信仰されているルチル教の教会だ。君たちワダツミ人は別の信仰を持っているそうだから強制はしないが、良ければ君たちもミサに参加してみるといい」


この学院の生徒は王都に住居があり、寮に入るのは遠方から入学した六花たちだけだと教頭が説明する。


「通いの寮母はいるが、夜になれば彼女たちも帰宅する。校舎のほうには日替わりで教員の誰かが泊まり込むことになっているから、何かあればそちらに来なさい。今回のために臨時で新設されたものであるため、まだ行き届いていないところも多く、最初は不便なことも多いだろうが――」


寮内の設備をひととおり一緒に見て回りながら、教頭が言った。

寮はこぢんまりとしたもので、六花たちのためだけに建てられたものだから、ワダツミ風の一軒家らしい造りとなっている。それだけに、ガラテア風の構内からは非常に浮いていた。


「各々の荷物はすでに部屋に届いているな……。食堂と談話室は一階だ。男子部屋と男子風呂も一階にある。二階の女子部屋……というより、二階は女性の美雲専用のフロアと思い、君たちはみだりに入り込まないように」

「はーい」


最後は厳しい口調となった教頭に対し、大河と勇仁は素直に返事をする。風花は眉間に皺を寄せるだけで黙り込んでいたので、返事は、と教頭に念押しされてしまっていた。


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