老夫のジュエリー
ある日の学校の帰り道に、おじいさんに声をかけられた。
「そこの坊や」
僕は乾いた声に振り返った。
おじいさんが立っている。頭はツルツル。笑顔である顔はシワクチャ。だが、その姿以上に奇妙に感じたことがある。
金髪で顔つきが西洋っぽい人形を、大事そうに両腕で抱えている。
「なんでしょうか?」
僕は不信の目でおじいさんを見上げた。
「坊やにこのお人形をあげるよ」
「いらないです……」
口から瞬時に言葉が出た。
家に帰れば大好きなアニメの人形があって、人形は嫌いではないけれど、この人形はなんだか嫌だ。それに、知らないおじいさんからもらうなんて、余計に変だし嫌だ。
「たのむっ!」
気味の悪い人形を僕の胸に無理矢理突き出してきた。
近くで見るとより気持ち悪さが際立ってくる。その人形の目つきは鋭くて僕は顔をそむけた。
「わしは、もうじき死ぬ。この子を一人にして置いていけんだ。な、たのむ! 坊やしかいない」
おじいさんは病気なのかな。
僕は悩んだ。
おじいさんの最後の頼みを断ったら、性格の悪い人になってしまうじゃないか。
頭の中でぐるぐると考えて、「うん」と小声で返事をしてしまった。
「よかったなぁ、ジュエリー」
おじいさんは、よしよしと金髪のナイロンをなでている。
「ジュエリー?」
「この子の名前だよ。宝石がだいすきなんだ。大切にしておくれ」
僕がジュエリーを受け取ると、おじいさんは満足そうに行ってしまった。
「帰ろうかジュエリー」
話しかけてみたが、やっぱり不気味だ。
家に帰ると、さっそくジュエリーの置き場所に困った。
気味が悪いから、僕の部屋に置きたくない。
やっぱり靴箱の上かな。
「玄関で何やってるの?」
キッチンからお母さんがやってきた。
「この人形をここに置いてもいい?」
ホイッとジュエリーを見せると、「キャッ!」と悲鳴をあげた。
「なによ、この人形!」
「知らないおじいさんからもらった」
「今すぐ返してきなさい!」
「無理だよ、そのおじいさん、どこに住んでるか知らないもん」
「じゃ、今すぐ捨ててきなさい!」
と言われても、おじいさんからせっかく託されたわけだから、すぐに「うん」とは言えなかった。もしごみ置き場に捨てようとする僕の姿を、おじいさんが見かけたらとても悲しむかもしれない。
「僕の部屋に置くならどう?」
本当は嫌だけど。
「絶対に部屋から出さないでよ」
お母さんは身震いしながらキッチンに戻っていった。
しょうがないとジュエリーを抱えて二階の僕の部屋に向かった。
自室に入ると、次はこいつをどこに置こうか考えた。
なるべく視線が僕に向かない場所がいいと思う。夜になったら怖いし。本棚の三段目をプラモデル置き場にしていて、そのプラモデルを少しずらすと隣にコイツを置いた。場違いな感じはするけど、まぁいいや。
その夜のこと。
ガタン!と物音がして目が覚めた。
「なんだろう……」
天井を見ながら考えた。
ガタン! ギシ…ギシ…。
下の廊下でなんだか音がする。
布団から起き出して、廊下に出ようとドアの前に立ったとき、「ギャーッ!」とお母さんの声がした
かけ足で居間に向かう。
お母さんが息をきらしながら黒いゴミ袋を縛っていた。
「お母さん、こんな時間に何やってるの?」
「あんたね…、ふー、あの人形を部屋から出すなって言ったじゃない……」
「え、本棚に置いたはずだけど」
「ふー、お母さんに嘘をつくの?」
お母さんは額にかかる髪の毛を手で持ち上げながら、ドスドスと足元のゴミ袋を蹴りまくった。
「お母さん、この袋は何が入ってるの?」
「あの気持ちの悪い人形よッ!!」
お母さんが言うには、トイレから出ようとドアを開けたら、コツンと足に何かが当たって、視線をおろすとジュエリーだったらしい。あとは目が光ったんだとか。
「朝になったら燃えるゴミで出すからね!」
お母さんはカンカンだ。
だけど、僕はどうしても納得がいかなかった。どうしてジュエリーが下の階にいるんだ。一人で歩いたのか。変なことを考えていると、なんだか寒くなってきた。早く布団に入りたい。
捨てることについて、おじいさんには申し訳ないという気持ちは当然あったけど、気味の悪いコイツから離れられるといった安心感から、もうどうでもいいやとなげやりになった。
「お母さん、もう寝るね」
僕は夢を見ている。なぜか上半身裸だ。
「ジュエリーやめてくれ!」
カッターを持つジュエリーに追いかけまわされた。
頑張って走って逃げるんだけど、宙に浮くジュエリーに追いつかれてしまう。そして、背中をシュッと切りつけられた。
「いてぇ」
夢の中なのに痛みを感じる。
ジュエリーは満足そうに血のついた刃を見つめている。その隙にまた走って逃げるんだけど、すぐに追いつかれて切りつけられる。その繰り返し。
朝、ガバッと目が覚めた。夢だとわかっているけれど、背中をさすって傷口を確認。そして時計を見ると、八時を回っていた。
「嘘だろッ!」
悪夢だ、最悪だ、寝坊した!
どうしてお母さんは起こしてくれなかったんだ!
バッグを肩にかけて部屋を出る。
二歩階段を下りたときに違和感を感じた。お母さんの足が見える。廊下で寝ている?
「お母さん?」
おそるおそる階段を下りていく。お母さんの全身が見えた。
黒いゴミ袋を頭にかぶって倒れていた。
「お母さん!」
呼ぶが返事がない。
とにかくゴミ袋を取ろうと手を伸ばしたとき、お母さんが僕の手首をつかんだ。
「たしゅけてー」
ゴミ袋から今にも枯れそうな声がする。
それに相応するように、ゴミ袋がクシュッとしぼんで膨らんでを繰り返している。
僕は両手でゴミ袋を引き上げようとするけど、どうしても取れない。何かがへばりくっついているかのように動かない。
「たしゅけてー」
お母さんが両足をバタバタと床に叩きつけて暴れ始めた。
そうだ! 穴をあけて、呼吸をできるようにすればいいんだ。
「お母さん、待ってて」
ハサミを取りに居間に直行した。
道具箱をあさるが、おかしい、ハサミが見当たらない。
そのとき、カチンと背後で何かが落ちる音がした。
振り返るとジュエリーが立っている。そしてジュエリーの足元には、僕が探しているハサミがあった。
救急車を呼んだ。
その人達に、「どうしてゴミ袋を取らないで、穴をあけたんだい?」と不思議そうに聞かれたが、僕は黙っていた。
お母さんはストレッチャーの上で「あの人形は生きている。あの人形は生きている」と何度も訴えていたが、その人達にわかるわけがない。
救急車が出発する前にお母さんが僕を呼んだ。
「あなたが殺される前に、あの人形を燃やしなさい」
朝のこともあって、先生から「今日は休みなさい」と電話で言われたけど、ジュエリーと同じ空間にいるのも嫌だから、お願いして午後から登校することにした。
まったく授業の内容が頭に入ってこない。
放課後になると、朝のことが鮮明になってきて、ふわふわとした気分が地に戻ってきたような感じだ。
ジュエリーのことが浮かぶ。家に帰りたくない。
笑顔で教室を出るクラスメイトを横目で見ながら、僕は帰る支度を始めた。
少しの間でも家から離れたいと思って、時間をつぶそうと途中にある公園のベンチに腰かけた。意気消沈していると、肩に軽いパンチをくらった。友人のダイスケが声をかけてきた。
「よ、タクヤ! どうした、元気だせよ!」
「あはは、ありがとう」
「そんなに暗くしていると、背中からキノコがはえてくるぞ」
「ごめん。心配させちゃって」
「今日さ、俺の家に来いよ。夕飯いっしょに食べようぜ」
「いいの?」
「もちろん、俺の家族も歓迎するよ」
うれしくて涙が出てきた。
「げ、泣いてるじゃん」
「ご、ごめん」
「お母さん倒れたんだって?」
「実は……」
ダイスケにジュエリーのことを言うつもりはなかったが、優しさからポロッと口から出てしまった。
「ジュエリーが生きているなんて、こんなバカな話、笑っちゃうだろ?」
ダイスケの引く姿を想像したが、実際は違った。
「俺さ、神社の息子じゃん。だから、そういう話ってふだんからあるんだよね」
「え、そうなの?!」
「もしかしたら、俺の姉貴が何かいい方法を考えてくれるかもしれない。俺の姉貴すげぇんだぜ」
ダイスケのお姉さんは霊という類が見えるらしく、対処方法も精通しているらしい。
そういうことで、僕はジュエリーを持ってダイスケの家にお邪魔することになった。
うれしくて家に帰る足取りが早い。そしてそのまま玄関のドアを開けた。
「うっ」
心臓が止まりそうになった。
ジュエリーが床に座っていて、僕のこをじっとにらんでいた。
ジュエリーをリュックにぶち込んで家を出た。もう夕日が沈みそうだ。自転車でかっとばとす。十五分ぐらいで着いた。
それにしてもダイスケの家は大きい。
代々続いている神社の家って感じだ(なんだそれ?)。
チャイムを鳴らすと、ダイスケが出てきた。
「よ! 例のあれ持ってきた?」
「うん、リュックに入ってる」
「わかった。姉貴には伝えてあるから。さ、上がって」
「ありがとう」
僕が靴を脱ごうとしたときだった。
「何を持ってきたんだぁぁぁぁ! お前ぇぇぇ!!」
廊下の奥からうなり声が聞こえた。
「姉貴ッ?」
「え、お姉さん?」
「帰れぇぇぇ! 帰れぇぇぇ! 帰れぇぇぇ!」
お姉さんらしき人が、髪を振り乱しつつ、何か白い粉のようなものをまきながらやって来た。
「姉貴、やめてくれ!」
ダイスケはお姉さんを止めにはいった。
僕、何か悪いことしたっけ?
お姉さんらしき人の恐ろしい形相にガタガタと足が震えた。
それでも挨拶だけはと口を開けたとき、顔面に白い粉をかけられた。口にも入ったおけげで、この白い粉の正体がわかった。塩だ。
「お前ぇ、そのリュックに入っているまがまがしいものはなんなんだぁ。私たちの家系をつぶす気か?」
また塩をかけられた。
「ダイスケぇ、お前もこいつにかけろ! 帰れと言いながら!」
お姉さんに無理矢理塩を握らされたダイスケの瞳から、涙がこぼれているように見えた。
「ごめん!」
ダイスケからも塩をかけられた。
帰れぇと怒号を受けながら、何度も二人から塩をかけられた。
「……おじゃましました」
僕は、泣いていたけど、どんな顔をして涙をこぼしていたかわからなかった。悔しさ? それとも悲しさ?
その顔のまま自転車をこいで、自分の部屋に飛び込み、布団にもぐった。
朝になった。気分は最低だけど学校には行くことにした。
教室に入り机につっぷす。
ぽんぽんと肩をたたかれた。
顔をあげるとダイスケだった。
「昨日は本当にごめん」
頭をぐっと下げる。
「いいよ、別に……」
「俺は友達に、なんてひどいことをしてしまったんだって、後悔してるんだ」
「気にしなくていいよ」
「もし、許してくれるなら、これを受けとってもらえるかな」
ダイスケの手の平には人型の紙があった。
「これに息を吹きかけるんだ」
「なんで?」
「これで、この紙はタクヤの身代わりになってくれるんだ。そして、あの人形の髪を一本でいいからこの紙に巻くんだ。そして燃やせ」
「巻いて燃やす?」
「そう、そうすれば、助かるはずだよ」
「助かるってどういうこと?」
「あの人形は、タクヤを殺そうとしている」
「そうなの……?」
「うん。あの人形はただの人形じゃない。人形の姿をした悪魔だ。もう何人かはあの人形に殺されているはず。だから姉貴はタクヤのリュックからやばいものが見えたんだと思う」
僕は恐ろしくなった。
どうしてあんな人形をおじいさんからもらってしまったんだろうッ!!!
「ダイスケ、ありがとう。やってみるよ!」
「あと、タクヤに言わなくちゃいけないことがあって……」
「なに?」
「俺、今日で転校するんだ」
「え……」
「姉貴がさ……ううん、なんでもない」
転校理由を聞いてもそれ以上は答えてくれなかった。
先生からも特に理由はなく、一身上の都合と言っていた。
だけど、僕はジュエリーが原因だと思っている。
「ただいまー、誰もいないけど」
自室に入ると、ジュエリーを入れたままにしていたリュックが、チャックが開いたまま床にころがっていた。棚からプラモデルが落ちていて、胴体から首が外れてしまっている。そして、そのプラモデルがあった場所に、ジュエリーがどっしりと座っていた。
クソッ! きっとジュエリーが落としたんだ。
「ジュエリー、かわいいなぁー」
そんな心にも思っていないことを発しつつ、右手で金色のナイロンの髪をなでた。何度もなでていれば、いつかは毛が抜けると思った。
ヒラリと運よく一本抜けて、その毛をグーの形にして手のひらに隠す。ジュエリーに気づかれないように、僕はそのまま静かにポケットに突っ込んだ。
自室から居間に向かう前に、家の外限定(お母さんはタバコが嫌い)で、タバコを吸うお父さんの部屋に向かった。タバコを吸うには、何か火をつけるための道具があるはずだと思ったからだ。
出張中の部屋の中はガランとしていたが、探索者の腕が鳴る。
ライター、マッチ、火がつけられればなんでもいい。
引き出しの中をあさっていると、古いマッチを見つけた。
三本しかなく心細いがなんとかなる……かな。
僕はかけ足で居間に向かった。
棚から、飴玉が入っていたガラス瓶を取ってきて、テーブルの上に置いた。昔お母さんが買ってくれた瓶だ。
燃やしているときに、何かあって火事になっても困るから、この瓶の中で燃やそうと思った。
タクヤからもらった人型の紙で、さっき取ったジュエリーのナイロン毛を巻き、投げ捨てるように瓶の中に入れた。
これからやろうとしていることに、少しおじけづいている自分がいた。
気持ちを切りかえるために深呼吸をする。集中だ。
マッチを一本を取り出す。
ヤスリにこすりつけようとしたときに、勢い余って折ってしまった。
や、やばい、残り二本!
焦るな、落ち着け……。
二本目のマッチには、プラモデルを作るときのように、繊細な物に触れる気持ちで優しくゆっくりこすった。
気持ちのいいすれる音と、先端から炎がふわりと立ち上がる。
「よし、ついた」
頭におじいさんのことが浮かんだ。
悲しむだろうか。怒るだろうか。それとも……。
そして、瓶の中に火のついたマッチをポトリと入れた。
筒状になった紙に火がつくと、炎の動きが激しく左右に揺れ動き始めた。
「グ、ェ――ッ!」
突然二階から、今まで聞いたことのない苦しげでつぶれた声がした。なぜか同時に照明が明滅し始める。
「怖いッ!」
早く燃えろ、早く燃えろ!
「ェ――――ッ!!」
突然の悲鳴の後、照明がぷっつりと消えた。
見えるものは瓶の中の炎だけ。急に静まり返る。
「この状況、怖すぎるだろッ」
興奮する心臓の音が静寂の中で響いていた。
バンッ!
大きな音がした。
ドアを開ける音だ! ジュエリーが来る!
「アァァァ」
うなり声と共に、階段の方から軽いものが落ちる音がする。きっと階段を降りている音で、こっちに向かってきているんだ。
その嫌な声が、少しずつ居間の方へと近づいている。
さすがに逃げ出したい気持ちになったが、この状況でどこへ逃げるんだということと、そして人形であるジュエリーの動く姿をこの目で見たいという気持ちもあった。
ついに、ドアの端からヨタヨタと歩く、ジュエリーの横の姿が見えてきた。その姿から夕焼けのような赤色だけど、なんだか寂しげに光を発している。
そして中央に立つと、くるりとこっちに体を向けた。
「ひぃー」
僕は思わず声をあげてしまった。
ジュエリーの顔面が、梅干しのようにしわくちゃで、醜く真っ赤に膨れ上がっていた。以前のようなツンとして自信のあふれる無愛想できれいな顔つきではなかった。
歩くのが間もない赤ちゃんのように、ゆっくりふらふらと前進してきた。
まだ燃えてなくならないのかと、瓶の中に視線を戻す。
なんと火が消えていた。
もし、この最後の一本に火がつかなかったら、僕はどうなるのだろうか。
恐怖と最後のチャンスだと思う気持ちから、手が震えてうまくできない。
僕は自分の小指にかみついた。「ウーッ」とゴリゴリ歯を食い込ませる。
恐怖心より痛みで涙が出てきた。
痛みが恐怖心に勝ったんだと馬鹿なことを考えたら、少し気が楽になってきた。軽く息を吐き、マッチを優しくヤスリにこすりつけた。
二本目よりいい音がしたような気がする。
先端から煙が舞い、炎が立ち上がる。
その炎の先に醜いジュエリーの顔が見えた。すぐそこまで来ていたのだ。
「ジュエリー、もう終わりだよ」
瓶の中に投げ入れる。
筒状の紙に火がついたと思ったら、あっという間に全体に燃え広がり、瓶の中から火柱が立った。
「ェ―――ッ!!!」
ジュエリーの手足から火が立ち、体全体が真っ赤な炎に包まれた。
悲鳴がぐるぐると部屋中を巻いている。
僕は熱くて近くにいられず、後ろへいくらか下がった。
「キャ―――」
ジュエリーは火柱が立つ瓶に飛びつき、手を炎の中に入れた。あの紙を取り出そうとしているようだった。
だけど、取れるわけがない。ジュエリーの腕は短くて届かない。
「おじいちゃん、助けてェ―」
そう、ジュエリーから聞こえたような気がする。
ぼろりと顔から何かがはがれ落ち、テーブルから転げ落ちた。体にはまだ火がついていて、はがれた顔はドクロのようだった。
玄関ドアを激しく叩く音がする。
「わしだ! ジュエリーに何があったんだ!? 早くドアを開けてくれ!」
僕は言われるがままに玄関ドアを開けた。おじいさんに怒られるかと思ったら、そうではなかった。
おじいさんは一目散にジュエリーの方へ向かっていった。
「ジュエリー……」
灰になったジュエリーに、頬をすり寄せて泣いていた。
「おじいさん、ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。こうなることはわかっていたんだ」
おじいさんは、ジュエリーを両手で抱えながら、力なく立ち上がると、そのまま玄関から出ていった。
その奇妙な出来事から一ヵ月が経とうとしたとき、学校でうれしいことがあった。
ダイスケが戻ってきたんだ!
「タクヤ、ありがとう。タクヤのおかげで戻ってこれたんだ」
「ジュエリーのことでしょ」
「うん……。実は、タクヤが来たあの日から、姉貴がおかしくなったんだ。父ちゃんが言うには、あの人形をどうにかしない限り、姉貴は前のように戻らないって言われて。それで、あの人型の紙をタクヤに渡したんだ。姉貴を救うために、タクヤを利用した、本当にごめん」
「いいよ、別に。僕も殺されるかもしれなかったんでしょ?」
「それは……俺が考えた……」
「え?」
それからは、いつもと同じでふだんとかわらない日常を過ごしている。だけど、ときどき背後から、「そこの坊や」と声がするような気がして、なんだか嫌な気分になるんだ。
そうそう、近所でおじいさんの孤独死があったらしい。その部屋には、すすを被った人形があったとか。