思い出を抱えて、新しい楽しみへ
フードコートで軽いランチを済ませたあと、俺──滝口大輝と倉橋利奈は再び賑わいのある商業施設内を歩き始めた。その足取りはいくぶんか軽い。家族がいなくなってしまったこと、そして思い出として抱えていくこと。これでいいと自分なりに決められたのは大きかったのかもしれない。
ゲームセンターは映画館のあるフロアに隣接している。必然的にさっきまで歩いてきた道を戻るように歩いていくことになる。
頭の中を一瞬よぎったのは、かつて家族と一緒に映画を観に行った記憶。でも、いまは暗い気持ちより“新しい楽しみ”を探したい思いが少し強い。
映画館のフロアの前。上映スケジュールや映画の告知が流れるモニターの前で利奈が足を止めた。
「大輝、実はこれ見たいんだけど」
ポスター前で立ち止まった利奈が指差したのは、ちょうど話題になっているアクション映画。ヒーローもののテイストが入っていて、映像が派手なことで評判だと聞いたことがある。
俺は首をかしげながらポスターを見つめる。趣味が合うかどうか分からなかったが、予告編の映像がディスプレイで流されており、なかなか面白そうだ。
「うん、観てみるか。あんまり詳しくないけど、たまにはこういうのもいいかも」
「よし決まり。……私、最近ドラマの台本とかばかり読んでて頭が固くなってる気がするから、こういうエンタメ系でスカッとしたいんだよね」
利奈は小声で「できればゲラゲラ笑いたい」と冗談めかして言った。普段はアイドル活動で大忙しの彼女にとって、こんなリフレッシュは貴重なのだろう。俺も大きく頷き、さっそくチケットカウンターへ向かう。
「で、上映までの間をゲーセンで潰す。完璧じゃない?」
「それはやりたかっただけじゃないのか?」
「久しくやってなかったのよね。こういうところに遊びに来るのも久々だよ」
俺たちの足を隣接するアミューズメントコーナーに向ける。大きなクレーンゲームやメダルゲームがずらりと並ぶ光景は、やはりどこか妹との思い出を呼び覚ます。
父さんがムキになってデカいぬいぐるみを妹のために獲ろうとして結構な金額を使って母さんに怒られていたっけ。
しかし、先ほどより気持ちは落ち着いている。むしろ少し懐かしい気分で見渡せるようになっていた。
「あ、あれ可愛いね」
利奈の視線の先には、大きな動物のぬいぐるみが置かれたクレーンゲームがある。実に取りづらそうだが、彼女の目はキラキラしている。
「メダルゲームじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけどさ。上映時間まであと一時間ないくらいじゃない?」
「……そうだな」
スマホの時間を見て、それから購入した映画のチケットの時間を確認する。確かにあまり時間に余裕はない。
「だからメダルゲームはやめた!」
「やりたかったんじゃないのか?」
「それはそれ、これはこれ。クレーンゲームくらいが時間的にちょうどいいからさ。……でも私、こういうの苦手なんだよね。大輝、取ってくれない?」
利奈は笑顔でお願いしてくる。まるで子供のようにはしゃいだ彼女の表情に、胸が温かくなる。
「わかった。試してみるよ。取れるか分からないけど」
コインを投入し、ジョイスティックを動かす。狙いを定めてボタンを押すと、クレーンがぬいぐるみに向かってゆっくりと降りていく。
結果は――惜しくもアームがうまく噛まず、ぬいぐるみが数センチ持ち上がったところで落ちてしまった。もうちょっとだった気もするが、難易度は高そうだ。
「あー、惜しい! もう一回やろうよ、もう一回!」
「お、おう……。でも金の無駄遣いにならないかな」
「大丈夫、たまにはいいんだよ。こういうのも楽しみのひとつなんだから」
結局、俺は何度か挑戦したものの、ぬいぐるみは取れず。利奈と顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。ほどほどの金額を使ったところで撤退した。
まあ、妹にせがまれるままサイフをすっからかんにした父さんと同じ轍を踏まなかっただけよしとしよう。
映画の時間が近づいてきたタイミングでゲームコーナーを出る。チケットをもぎられ、暗い館内へと足を踏み入れる。人気作品らしく、それなりに人が入っているようだ。少し人の視線が気になるが、利奈もマスクと帽子で顔を隠しているし、これなら目立たず楽しめそうだ。
席について間もなく、劇場の照明が落ち、スクリーンに予告編の映像が次々と映し出される。こんな当たり前の風景に、俺は深く安堵する。
家をどうするか決められず悩んでいる俺も、アイドルとして忙しい毎日を送る利奈も、いまは無視。ただ物語に没頭してみたい。
「楽しみだね」
隣の席で小さく囁く利奈に、俺は同じく小声で「うん」と返す。さっきまでざわついていた心が、映画を観る準備をするみたいに静かになっていく。
作品は期待以上に面白かった。コミカルな会話のやり取りに、派手なアクションシーン。エンタメ全開の展開に、俺も利奈も途中で何度も笑い声をこらえきれず肩を震わせた。
映画がクライマックスへ向かう頃には、二人ともスクリーンへ完全に引き込まれていた。そこには俺がずっと抱えている「喪失」とは無関係の、ただ痛快な冒険が広がっている。そんな他愛もない物語にこそ、癒される瞬間があるんだと改めて思った。
上映が終わり、客席に明かりが戻る頃には、俺はどこか晴れやかな気分になっていた。
隣を見れば、利奈も満足そうに伸びをしている。
「はあ、面白かった……。久々にあんなに笑ったかも」
「俺も楽しかった。誘ってくれてありがとう」
人波に押されながら館外へ出ると、少し遅めの午後になっている。窓の外を見ると、さっきまで感じていた胸の重みがすこし解消されたようにさえ思えた。
「次はどうする? まだちょっと時間あるけど」
利奈がスマホで時刻を確認しながら尋ねてくる。
「そうだな……もう少しぶらぶらして、お腹すいたら何か食べるかかあんまり遅くならないように帰ればいいだろ」
「賛成。……大輝、今日は付き合わせちゃってごめんね。でも、こういう時間が私、ほんとに好きだよ」
利奈が笑顔でそう言ったとき、胸の奥がほんのり温まるのを感じた。映画やゲーム、ショッピング――他愛もないデートが、いまの俺たちを救ってくれている。
家族の思い出を抱えても、笑っていい。忘れているわけじゃないけれど、新しい楽しみを見つけてもいい。そんなささやかな確信を得られた気がする。
外へ出てみれば、冬の陽射しが少し西に傾きかけていた。夕暮れが訪れる前に、あとどれだけ一緒に歩いていられるだろう。そう思いながら、俺は隣の利奈と目を合わせて微笑んだ。




