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思い出と、今ここにあるもの

 この街に来るのはずいぶんと久しぶりだ。

 電車を降りて商業複合施設へ向かう道すがら、俺──滝口大輝は懐かしさを感じていた。 今日は倉橋利奈と二人で“デートという名前で遠出をしている。それ自体は少し浮き立つ気持ちを引き出すのに、郷愁にもよく似た圧迫感が同時に押し寄せてくる。


 理由は単純。ここはよく家族で遊びに来ていた場所でもあったからだ。


 考えれば当たり前だ。近くで遊びに行こうと思ったら、真っ先にここが思いつく。


「映画館あるけど、何か観たいのある?」


 帽子をかぶり、髪型を変えるなどして一応の変装をしている利奈が、案内板を見ながら楽しそうに話しかけてくる。


「ああ、そうだな……」


 案内板に目を走らせる。ふと、昔の光景がリフレインした。

 まだ家族が健在だった頃、この施設に似た場所で、一緒に映画を観に行ったことがある。最大サイズのポップコーンを奮発して買ってくれて、妹はそのバケツを抱えてはしゃいでいて……。そんな映像が一瞬、脳裏をよぎった。


「大輝?大丈夫?」


 利奈が心配そうに顔を覗かせた。


「あ、いや……平気。悪い、なにやってるのか見て、考えてた」


 誤魔化すように笑みを返してみても、どうにも心が落ち着かない。


「でも微妙だな。すぐに見れそうなのってロボットものとホラー系、それといかにもB級っぽいやつしかない」

「だねぇ。映画はパスしとこっか」


 俺自身としてはロボット映画は嫌いじゃないが、利奈好みとは言えない。ホラーについては俺が苦手だ。そしてせっかく遊びに来ているのに、地雷の可能性があるB級をわざわざ踏みに行くような迂闊なマネはするべきじゃない。

 どっちも楽しんでこそデートと言える。たぶん。正直、あまり経験があるわけじゃないから自信はないが。




 施設のメインエリアに入ると、色とりどりのショーウィンドウと極限の人々で賑わっている。 ファッションや雑貨、カフェやレストランがズラリと並んで、イルミネーションの飾りつけが初冬の雰囲気をさらに盛り上げていた

 。目を輝かせながら、「わあ、こっちも可愛いお店だね」と指差しては足を運ぼうとする。その度に少しだけ後ろを俺は歩く。


 いつか家族で来たときは、父が「これ食べてみよう」とフードコートで山盛りのラーメンを頼み、母が「甘いのも食べたい」とクレープの屋台に立って、妹は目を輝かせて楽しんででいた……なんてことを思い出してしまった。

 ふと視点を向けた先に、大きなゲームセンターがあった。妹がクレーンゲームに挑戦して、ぬいぐるみをゲットした場所とそっくりだ。足が止まる。


「ね、大輝?」


 気づけば利奈が振り返って、俺を不安そうに見ていた。


「もしかして嫌な気分にさせた?」

「……そんなことない。ただ、ちょっと思い出しただけだ」

「そっか……。どうする? 場所、変える?」

「いや、このままで。むしろここがいい」

「辛くないんだよね?」

「思ってたより。なんかさ。少し思い出にできるような気がするんだ」


 家族のことを思い出した。だけど想像していたよりも辛くなかった。胸の奥を掴まれるような感覚こそあったが、懐かしさと温かさも感じた。


「じゃあこのまま続けるけど。実は冬ものコートを買いたかったんだよね」


 しばらくして、ファッションフロアに足を運ぶ。 冬物が優先順位エリアを眺めながら、利奈は新しいコートを買いたいと言って嬉々としてショップを回り始める。


「大輝、これどうですか?試着してみようかな?」

「うん、いいんじゃないか? シルエットが利奈に合いそう」


 一つのコートを試着しては「うーん」と首をかしげ、また違うものを試着。 女子のファッションにかける情熱というのはよくわからない。 どれも同じ、とまではさすがに思わないがそんなにいくつも試さなければいけないものなのだろうか。鏡の前でくるりとターンして、「変じゃない?」と聞いてくる。


「いや、すごく似てると思う。ベージュって色もいいし」

「そっか、ならこれにしようかな。大輝のお墨付きなら間違いない」


 利奈は満足にそう笑い、レジへ向かう。 俺もつられて目元が緩む。 そういえば母さんもこうやって試着しては父さんに感想を聞いていたっけ。そのすべてに「いいと思うぞ」と返し続けて適当な感想を言わないで、と怒られていた。


「さて、と。私、お腹空いてきちゃった。お昼にしよ?」


 ショッピングを切り上げて袋を抱えた利奈とともに、フードコートへ向かう。 さすが昼時。尋常じゃない人混みに少し戸惑いながらも、席を確保して簡単なランチへ。俺はラーメンとチャーハンのセットを、利奈はサラダボウルとかいう緑と赤のカラフルなサラダが山盛りになったものを。


「……こんなにのんびりお昼ご飯食べるの、久しぶりかも。いつもコンビニでちゃちゃっと片づけちゃうし」


 そう言って笑い合ったとき、目の前の光景が一瞬ダブって見えた。 家族と一緒にいたころの記憶が重なった。

 父と母が笑顔で話し、妹が楽しそうにソフトクリームを食べていた。あの時のテーブルと今の風景。 もちろん全然違うメンバーで、今はもうあの風景は戻らないと知っている。


「大輝、どうした?」


 利奈が心配そうに尋ねる。俺は心の奥底にわだかまった痛みを、ほんの少し言葉にしてみた。


「……懐かしいなと思って。ここ、家族で来てたからさ。どうしても思い出しちまう」


 言葉にすると、涙が出るわけではないが、やはり胸がじんと熱くなる。 利奈は「そうだね」と相槌を打ち、手を伸ばしてそっと嫁の腕に優しく触れた。


「でもさ。それも悪くねえかなって思うんだ。忘れてしまうより、思い出で残ってくれるならそっちの方がいい」

「……それでいいんじゃないかな。だって家族大事だったんでしょ」


 その声は騒がしいフードコートの音にかき消されそうなくらい小さくて、けれど確かに俺の耳に届いていた。


 私は不安に微笑み返し、「ありがとう」とだけ呟く。 胸に広がる温かい痛みを、そっと思ったまま。


「悪いな。しんみりした空気にさせちまった。せっかく遊びに来たんだ。これ食い終わったらゲーセンでも行くか」

「いいね。私のメダルゲームセンスが火を噴くよ?」

「よりにもよってメダルゲームかよ」


 でもそういえば利奈は昔っからメダルゲーム好きだった。

 家族と来た時は妹とレースゲームをしたり、クレーンゲームをしたものだ。メダルゲームはあまりやったことがなかったが、利奈となら楽しめるだろう。



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