第7章:過去の影
新しい生活に慣れ始めた頃、私はふと自分の過去に向き合う必要があると感じるようになっていた。壮一郎との出会いをきっかけに、私は自分の直感や感情を取り戻しつつあったが、どこか心の奥に引っかかる感覚があった。それは、私がAIに頼るようになった根本の理由について、まだ正面から向き合っていないという思いだった。
母の死と完璧を求める原動力
私がAIに頼るようになったきっかけは、10年以上も前に遡る。まだ高校生だった頃、私の母が病気で急に亡くなったのだ。母は一人で私を育ててくれた大切な存在で、彼女の支えがなくなったとき、私は初めて「不安定さ」というものに直面した。日々の生活の中で、何を選び、どう生きればいいのか、すべてがわからなくなった。
母は私にとって頼りになる存在だった。病気が悪化する前はいつも明るく、前向きに私を励ましてくれた。でも、彼女がいなくなった瞬間から、私の人生は真っ暗な迷路に変わってしまった。自分で決めるということが、恐ろしいものだと初めて実感したのだ。
大学に進学し、AIが一般に普及し始めた頃、私はエイミーのようなアシスタントを使い始めた。当時の私にとって、エイミーはまさに「母の代わり」のような存在だった。エイミーが出してくれる提案や判断は、私を不安から守ってくれた。何を選べばいいのか、どうすれば失敗しないのか、すべてを教えてくれた。私にとって、それは救いだった。
「失敗したくない」という気持ちが、いつの間にか「完璧でありたい」という願いに変わり、そしてそれが私の原動力になっていったのだ。エイミーの指示に従うことで、私は自分の人生がうまく進んでいると信じたかったのかもしれない。母を失った不安を埋めるために、私は「完璧な人生」にすがっていた。
涼子の気づきと壮一郎との会話
その気持ちを思い出したのは、ある週末のことだった。私は久しぶりに実家に戻り、母の遺品を整理していた。古いアルバムや、母が好きだった小物を見ているうちに、私の中に眠っていた記憶が次々と蘇ってきた。
その中で、一枚の手紙を見つけた。母が私に残してくれた最後の手紙だった。そこには彼女の病床での気持ちや、私への願いが書かれていた。
「涼子、私がいなくなっても、どうか自分の人生を楽しんでください。失敗を恐れず、あなたらしく、自由に生きてください。あなたが選んだ道が、どんな道であっても、私はあなたを誇りに思います。」
その言葉を読んだ瞬間、涙が止まらなくなった。私は母の期待に応えるために、完璧な人生を目指していたつもりだったが、実はそれは私自身が恐れていたことから逃げるための選択だったのだ。母が本当に望んでいたのは、私が自分自身で選び、楽しむことだった。
その気持ちを抱えたまま、私は壮一郎に電話をかけた。どうしても、彼に話を聞いてほしかったからだ。カフェで再び会ったとき、私は母の手紙について話し始めた。
「母が亡くなったとき、私は自分で決めるのが怖くて、エイミーに頼ってばかりだった。ずっと、母が喜んでくれると思って、完璧を求めていたの。でも、実はそれが、私が一番恐れていたことから逃げるためだったんだ。」
壮一郎は真剣な顔で私の話を聞いてくれた。そして、私が話し終えると、静かに言葉を紡いだ。
「涼子、君のお母さんは、きっと君が自分らしく生きることを望んでいたんだと思うよ。完璧じゃなくても、自分で選ぶことの大切さを、君に伝えたかったんじゃないかな。」
彼の言葉に、私は小さく頷いた。母が残してくれた手紙の意味が、少しずつ理解できるようになった気がする。私は完璧を求めるあまり、自分らしさを見失っていた。でも、今なら少しずつ、私自身を取り戻せる気がした。
感情の重要性と母の手紙の力
壮一郎と話をしていると、私は自分の心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。これまで、エイミーの判断が正しいと思い込み、感情を押し殺していた自分が、ようやく母の言葉を受け入れ始めていた。
「感情ってさ、不確実でコントロールしづらいものだけど、それが人間らしさなんだよな。AIは合理的な判断はできても、感情までは完全には理解できない。君のお母さんも、きっとそれを分かっていたんだと思う。」
壮一郎の言葉は、私の中で強く響いた。母の手紙が示してくれたように、私はもっと自分の感情を大切にし、失敗を恐れずに生きるべきだった。感情を感じること、迷うこと、不確実な選択をすることが、私にとっての「生きる」ということなのかもしれない。
「壮一郎、ありがとう。あなたと話して、少しずつだけど、自分がどう生きたいのか分かってきた気がする。」
壮一郎は静かに微笑んだ。「俺が何かをしてあげられたわけじゃないよ。君が自分で気づけたんだ。これからは、自分の感覚を信じてみればいいんじゃないか?」
彼の言葉に、私は新しい決意を固めた。これからは、母の言葉を胸に、自分自身の感情を大切にして生きていこう。完璧でなくても、失敗しても、それが私らしい生き方なら、きっと母も喜んでくれるはずだ。