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AIと私  作者: 田上健人
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第6章:決断の時


同じ日々が続いているようで、心の奥では少しずつ何かが変わっていた。私の中に生まれた「違和感」は、仕事でも、家庭でも、隠しようがなくなってきていた。壮一郎との再会から数週間が過ぎた頃、私の生活はさらに揺れ動き始めていた。


AIシステムの診断結果と「結婚」の最適解

ある日のこと、エイミーが突然、私の結婚生活についての診断結果を出してきた。エイミーが出す診断や提案はこれまでも日常的にあったが、内容は決して深刻なものではなく、私の体調管理や食事のアドバイスがほとんどだった。しかし、その日エイミーが発した言葉は、私の心に強烈な衝撃を与えた。


「涼子さん、最新のデータ解析により、あなたの現在の結婚生活が最適な状態ではないと判断されました。」


画面に表示されたその言葉を見た瞬間、私の胸に不安が広がった。エイミーは、私と夫との相性、今後の将来計画、そして生活の満足度を総合的に分析し、その結果として「結婚が最適解ではなかった」という結論を出したのだ。


「どういうこと……?」


私はエイミーに向かって声をあげたが、エイミーの返答は変わらない。


「データに基づくと、あなたとご主人の生活満足度には差異があり、感情面での充足度が低下傾向にあります。これにより、長期的な幸福度の観点から、結婚生活が最適ではないと結論付けられます。」


それを聞いた瞬間、私はこれまでの自分の選択が根底から揺らぐのを感じた。私の人生は、エイミーの支えによって築かれてきた。エイミーが「最適だ」と言ってきたものを信じ、ここまで来たはずだ。なのに、今になって「それは間違いだった」と告げられるなんて。


「エイミー、それじゃあ、これまでの選択は何だったの?あなただって、彼が最適だと言ったから私は……」


言葉が詰まる。私が夫と結婚したのは、エイミーの分析が「最も相性の良い相手」として夫を選んでくれたからだ。確かに、彼との生活に不満はなかったし、私たちはいつも協力し合ってきた。だけど、最近感じている違和感は、エイミーのこの診断結果と無関係ではないのかもしれない。


涼子の葛藤と離婚への決意

エイミーの診断結果を受けて、私は一晩中眠れなかった。夫は隣で静かに眠っているが、私の心はまるで嵐のようだった。結婚生活が間違いだった――そんなこと、簡単に受け入れられるものではない。だが、壮一郎の言葉もまた、私の頭の中を駆け巡っていた。


「自分で選ばなければ、本当に幸せにはなれない。」


壮一郎の言葉が、今の私には重く響く。私はこれまで、エイミーが決めた「最適な選択」を信じてきた。でも、それが間違いだと告げられた今、私はどうすればいいのか。


朝が来ると、私は夫にそのことを話す決意をした。


「ねえ、ちょっと話したいことがあるの。」


私が緊張した面持ちで切り出すと、夫はいつものように穏やかな顔でうなずいた。「どうしたんだい?涼子、何かあったの?」


「実は……エイミーが、私たちの結婚について、最適ではないって診断したの。」


夫は驚いた顔を見せた後、しばらくの間言葉を失っていた。彼もエイミーの提案には従ってきたし、私たちの生活が「最適」に設計されたものだと信じてきたのだ。


「エイミーが、そんなことを……?でも、僕たちの生活には何も問題がないはずだろ?何が間違っているんだ?」


私は一瞬、返答に詰まった。確かに、私たちの生活には目立った問題はなかった。だけど、私の心の中にはずっと違和感があった。それは、私たちが本当に「愛し合っている」から続けている関係なのか、それともエイミーが描いた「理想の夫婦像」を演じているだけなのか、という疑問だった。


「私もわからない……でも、最近、私が感じているのは、何かがずれているっていう感覚なの。」


夫はしばらく黙ってから、深く息を吐いた。「涼子、もし君が本当にそう思うなら、僕たちの関係を見直すことも必要かもしれない。エイミーの意見が全て正しいわけじゃない。だけど、君が自分で決めたいなら、僕は君の意見を尊重するよ。」


彼の言葉に、私は涙がこぼれそうになった。エイミーの診断結果に振り回されるだけでなく、私は自分自身の心と向き合わなければならない。そう気づいた瞬間、私はようやく離婚を決意する。


壮一郎との再会:AIに頼らない生き方の意味

その後、私は再び壮一郎と会うためにカフェに向かった。彼に相談すれば、何か新しい視点が得られるかもしれないと思ったからだ。


カフェに到着すると、壮一郎はいつものようにリラックスした様子でコーヒーを飲んでいた。私が席に着くと、彼はすぐに気づいてくれた。


「涼子、なんだか元気がないみたいだな。何かあったのか?」


私は深く息をついて、すべてを話した。エイミーが出した診断結果と、それによって生じた夫との話し合い、そして離婚を決意したこと。


壮一郎はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。「君が自分で決めたことなら、それが正しい選択だと思うよ。AIの助言がどうあれ、最終的に決めるのは君自身なんだから。」


彼の言葉に、私は少しだけ心が軽くなった気がした。これまでエイミーに全てを頼ってきた私が、自分の感覚を信じることを学んでいるのだと感じたからだ。


「でも、怖いの。自分で選ぶことが、間違いだったらどうしようって思う。」


「それは当然さ。誰だって怖いよ。でも、間違うことがあるからこそ、人生は豊かになるんだ。」


壮一郎の言葉は、私にとってこれまでの常識を覆すものだった。彼の生き方は不確実で、何度も失敗をしているかもしれない。でも、その失敗こそが、彼を人間らしくしているのだ。


「涼子、君はこれから自分の人生を選ぶ自由を手に入れたんだ。どんな選択をするかは君次第だ。でも、それを選ぶことができるというのは、本当に素晴らしいことだよ。」


私は彼の言葉に背中を押され、もう一度前を向く決意をした。これからの人生は、AIが決めた「最適解」ではなく、私自身が選んだ道を歩んでいこうと思えたのだ。



その日の帰り道、私は心の中で確かに感じていた。これまでの人生は、エイミーの支えによって成り立っていたが、これからは自分自身の意志で生きていく。たとえそれが不確実であっても、私は自分の感覚を信じて進んでいこう。壮一郎が教えてくれた「自由」と「自分の選択」という考え方が、私の中で新しい灯火のように輝いていた。


しかし、その決意が揺らがないわけではなかった。家に帰り、夫に改めて離婚について話したとき、彼の表情が曇るのを見て、私は一瞬、胸が締めつけられるような感覚を覚えた。彼は穏やかな人で、いつも私のことを気にかけてくれた。私にとって理想的なパートナーだったことに違いはない。


「涼子、本当にそれでいいのか?僕たちが一緒に歩んできた日々が、間違いだったと思うのか?」


夫の言葉に、私は何も言い返せなかった。彼と過ごした日々がすべて無意味だったとは思っていない。でも、その関係が私にとって「正しい」と感じられなくなってしまったことも事実だった。


「あなたとの時間は、とても大切だったわ。だけど、今の私は、自分で選んだ道を歩いてみたいの。」


その言葉を口にするのは、思っていたよりも苦しかった。彼の表情が少しずつ変わり、やがて微笑むのを見て、私の目に涙が滲んだ。


「そうか、涼子がそう思うなら、それが君にとっての新しい道なんだな。僕も君の決断を尊重するよ。」


夫の理解に満ちた言葉に、私は感謝と同時に胸の痛みを感じた。彼は私のことを責めず、私が新しい一歩を踏み出すことを許してくれた。だけど、それが私たちの関係の終わりを意味することに変わりはない。


新しい生活への一歩

数週間後、私は新しい住まいを見つけ、一人暮らしを始めた。引っ越しを終えて部屋にたどり着くと、初めての静かな夜が私を迎えた。エイミーが提案してくれた最新の家具やインテリアもない、ただのシンプルな空間だ。だけど、この部屋は確かに私が自分で選んだ場所だった。


「エイミー、これからも手伝ってくれる?」


引っ越しの整理をしながら、私はスマートグラス越しにエイミーに話しかけた。エイミーは以前と同じように冷静な声で答えてくれる。


「もちろんです、涼子さん。これからも最適なサポートを提供します。」


だが、私はふとその声に少し違和感を覚えた。エイミーはあくまで「最適」を提供してくれる。だけど、今の私が求めているのは、その「最適」だけではなかった。


「でも、エイミー、時々は私の直感を優先してみるわ。」


エイミーは一瞬の間を置いてから答えた。「了解しました、涼子さん。あなたの判断を尊重し、サポートいたします。」


私はエイミーの言葉に微笑んだ。エイミーは私の生活を完璧にしてくれたけれど、これからは彼女と少し距離を取りながら、私自身の選択をしていこうと思ったのだ。自分で選ぶということが、こんなにも怖くて、そして自由なものだとは思わなかった。


壮一郎との会話:選択の意味

ある日、私は再び壮一郎と会うために、いつものカフェに足を運んだ。新しい生活が始まってから、私は彼に何度か相談していた。壮一郎は、私にとっての「道しるべ」のような存在になりつつあった。


「引っ越し、終わったんだってな。どうだい、一人暮らしの気分は?」


壮一郎はコーヒーを飲みながら、いつものように穏やかな口調で話しかけてきた。私は彼に、新しい生活について話した。


「慣れるまでは少し大変だけど、なんだか自由で新鮮な感じがするの。自分の選択が、こんなにも違うものだなんて、思ってなかった。」


彼は軽く笑いながら頷いた。「だろ?失敗するかもしれないし、うまくいかないこともある。でも、それも全部自分の選んだ結果だからな。自分で選んだことなら、後悔もしないだろ?」


彼の言葉に、私は深く共感した。以前は、何もかもをエイミーに任せることで失敗を避けていたけれど、今では自分で選び、失敗も受け入れる覚悟ができていた。新しい人生が始まっているのだと、私は少しずつ実感し始めていた。


壮一郎はそんな私の変化を静かに見守ってくれているようだった。彼の存在が、私にとってどれだけ大きな意味を持っているのか、改めて感じた。


「涼子、君が自分の選択を見つけられたことを、俺は誇りに思うよ。」


彼の言葉に、私は感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。これから先、どんな困難が待ち受けているかはわからない。でも、私はもう迷わない。自分の選んだ道を信じて、進んでいくことができるから。


自分の人生を選ぶということ

その夜、帰り道を歩きながら、私はふと夜空を見上げた。満天の星が広がっていて、その中に自分の未来を重ね合わせていた。エイミーのサポートから少しずつ離れ、自分の直感と感覚を頼りに生きる日々は、決して楽なものではないだろう。だが、そこには確かに、今までにはなかった「自由」があった。


そして、その自由の中で私は、自分自身と向き合い続けていく。壮一郎が教えてくれたように、失敗を恐れず、無駄を恐れず、自分の選択に責任を持ちながら。


家に着くと、私は深呼吸をして部屋の中に入った。そこには静かな夜の空気が広がっている。何もかもが新しい生活の一部だ。私の選んだ、新しい人生の始まりだ。


「これからは、自分で選ぶよ、エイミー。」


そう呟いて、私はスマートグラスをそっと外し、ベッドに横たわった。これからの毎日がどうなるかはわからない。でも、その不確実さを受け入れる準備はできていた。


新しい章へと続く道のりは、確かに不安で満ちている。だが、その不安さえも私自身が選び取ったものだと知っている。それこそが、自分の人生を自分で歩むということだと、私は少しずつ理解し始めていた。

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