表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIと私  作者: 田上健人
5/10

第5章:揺らぐ基盤


それまでの自信に満ちた私が、次第に不安を抱えるようになっていたのは、壮一郎との再会がきっかけだったのかもしれない。彼の「自由な選択」について考えるたび、私の中に生まれた疑念は、日常のあらゆる瞬間に顔を出すようになった。仕事、家庭、そして自分自身――何もかもが揺らいでいた。


仕事でのミス

いつもなら、仕事は完璧にこなせていた。AIアシスタントのエイミーが、私の行動を最適化し、資料作りも、プレゼンテーションも、すべてがスムーズに進んでいた。しかし、最近はそれが崩れ始めていた。


「高梨さん、このデータ、少し違っている気がしますけど……」


同僚が指摘してきた時、私はすぐに反論できなかった。普段ならエイミーが提示してくれたデータが正しいと確信しているのに、なぜかその日私は、自分の直感に従いたくなっていた。エイミーが出してくる結果が、いつもとは違う気がしていたのだ。だが、データを自分で見直したわけでもない。ただ、何かが間違っているように感じた。


「確認しておきます……」私は控えめにそう答え、デスクに戻った。


それ以降、仕事での小さなミスが増え始めた。重要なプロジェクトの進捗報告でも、エイミーのサポートに従わないで、自分の判断でプレゼンを進めた結果、クライアントの要求を見落としてしまった。これまでは、エイミーの提案を信じ、疑うことなく進めてきたのに、なぜか最近はその信頼が揺らいでいる。


「エイミー、本当にこのデータで間違いない?」


「はい、涼子さん。全てのデータは最適化されています。過去の実績からも、この判断が最適とされます。」


エイミーの冷静な返答に、私はいつものように安心できなかった。自分の感覚が、本当にエイミーよりも正しいのか?私の判断は、AIの提案よりも優れているのか?そんな葛藤が、頭の中で渦巻く。


夫との違和感

仕事だけではなかった。家庭でも、違和感がじわじわと広がっていた。


「涼子、今日のディナーはどうだった?いつも通りエイミーが選んだレストランだったんだよね。」


夫の穏やかな笑顔。彼は、いつも私のことを思って、エイミーと協力して日々のプランを立ててくれる。彼もまた、私と同じようにAIに導かれて完璧な生活を築いているはずだった。


「うん、よかったわ。でも……最近、何かが足りない気がするの。」


「足りない?何が?」


「うまく説明できないんだけど……なんだか、私たちの生活が機械的すぎる気がするの。もっと……私たち自身の選択があるべきじゃないかって。」


夫は少し考え込んだ様子だったが、すぐに笑顔で返した。「でも、AIがあるおかげで、僕たちは無駄なストレスを抱えずに生活できているんじゃないかな?完璧なプランがあれば、それに従うのが一番だろ?」


彼の言うことは正しい。私もそう信じてきた。だけど、今はその言葉がどこか薄っぺらく感じられる。まるで私たちの関係が、エイミーに決められた「最適解」によって保たれているだけのような気がしたのだ。


私たちは、本当にお互いを理解しているのだろうか?それとも、ただAIが決めた「理想的な夫婦像」を演じているだけなのだろうか?


夜中に夫の隣で眠ろうとしても、心の中でくすぶる違和感が消えなかった。


壮一郎との再会

そんなある日、私はふとカフェに立ち寄ることにした。仕事での疲れを癒すため、少しだけ一人の時間が欲しかったのだ。お気に入りのカフェでコーヒーを飲みながら、無意識にスマートフォンをいじっていたとき、不意に声がかかった。


「おい、また会ったな。」


その声に驚いて振り返ると、そこには壮一郎が立っていた。


「壮一郎……また偶然ね。」


「偶然じゃないさ。君はいつも、何かに追われているような顔をしてる。少し休憩が必要だと思ったんじゃないか?」


彼はそう言って私の隣に座った。私は思わず笑みを浮かべてしまった。確かにその通りだったからだ。最近の私は、自分の選択とAIの助言との狭間で、常に葛藤していた。


「壮一郎、あなたの言ってたこと、最近よく考えるようになったの。AIに頼らない生き方って、どうやったらできるの?」


私の問いかけに、彼は少し考え込みながら、コーヒーを一口飲んだ。


「簡単じゃないさ。AIの助けを借りるのは確かに便利だし、楽だ。でも、それに頼りすぎると、自分の感覚を失うんだ。失敗することもあるし、無駄なこともたくさんする。でも、その失敗や無駄が、自分の人生を豊かにするんだよ。」


彼の言葉が、私の胸に深く刺さった。失敗や無駄が自分を豊かにする――そんな考え方は、これまでの私にはなかった。私は常に最適な結果を求め、ミスを避けるためにAIに依存してきた。でも、壮一郎は違った。


「でも、無駄なことをするのは、怖くない?」


「もちろん、怖いさ。でも、その怖さがあるからこそ、自分で選ぶことが大切なんだよ。」


彼の言葉を聞いて、私は少しずつ自分の考えが変わっていくのを感じた。これまでの私の人生は、確かに完璧だった。でも、その完璧さは、AIによって作られたもので、自分自身の選択ではなかったのかもしれない。


壮一郎とカフェで話をしているうちに、私は次第に心が軽くなっていくのを感じた。彼はAIに頼らず、自分の感覚で生きている。それは確かに不確実で、リスクも多い生き方だが、その分、彼の言葉には力があった。


「壮一郎、もう少しだけ、あなたの生き方について教えてくれない?」


私がそう頼むと、彼は再び微笑んだ。


「もちろんさ。何でも聞いてくれよ。」


カフェを出る頃には、私の心には少しの光が差し始めていた。これまでの完璧な生活が崩れ始めていることを感じつつも、それが必ずしも悪いことではないと思えるようになっていた。


壮一郎との会話は、私に「自分で選ぶ」ことの大切さを教えてくれた。これからの私の人生は、今までのようにエイミーに頼るのではなく、自分の感覚を信じる生き方へとシフトしていくのかもしれない。どこかで感じていた不安が、少しずつ薄れていくのを感じながら、私は次の一歩を踏み出す決意を固めつつあった。



カフェを出た後、私の中には、新しい感覚が芽生え始めていた。これまで、エイミーの提案が全てだった生活が、徐々にその「完璧さ」を失い、自分自身の選択に疑問を抱くようになった。壮一郎との再会は、そんな私の迷いに対して明確な方向を指し示してくれたような気がする。


家に戻ると、夫が優しい笑顔で私を迎えてくれた。私たちの生活は確かに安定していて、何も不自由はない。だけど、その安定が今の私には不自然に感じられる。エイミーが選んだ完璧な人生。だが、その完璧さが私の心に少しずつヒビを入れているようだった。


「涼子、どうしたんだい?今日の君、何か違う気がする。」


夫の言葉に、私は一瞬戸惑った。何が変わったのか、まだ自分でもはっきりとはわからない。だけど、確かに何かが変わろうとしていることは感じていた。


「少し考えたいことがあるの。今までと違う生き方について……。」


そう言いながら、私はふと空を見上げた。これまでの私の人生は、すべてがAIによって導かれた「完璧な道」だった。だけど、これからは自分の直感や感覚を信じて、新しい道を歩んでみたいという気持ちが湧き上がっていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ