第4章:過去との再会
土曜の夜、久しぶりの同窓会が開かれるという知らせを受けたとき、私は正直迷っていた。高校時代の友人たちとはすっかり疎遠になっていたし、仕事も順調で、私には行く理由がないように思えた。でも、どこかで「何かが変わるかもしれない」という予感があったのだ。心の中に渦巻く不安や疑念を振り払うためにも、私はその誘いに応じた。
「涼子さん、今日は午後7時から同窓会ですね。最適なドレスとアクセサリーの提案をいたします。」エイミーが私の服装選びを手伝う。
いつものように、完璧なコーディネートだ。少し控えめで上品なワンピース、そしてゴールドのアクセサリー。エイミーのアドバイス通りに整えた私の姿は、何もかもが整然としている。鏡の中の私は、まさに「成功した女性」そのものだった。
だが、今の私にとって、そんな完璧さが重荷に感じられていた。同窓会に向かう途中の車内、私はふとスマートフォンを見つめる。メッセージは届いていない。あの「人生は誤りだった」という言葉は、すでに3日間も現れていなかったが、そのことがむしろ不気味に感じられる。
会場に着くと、かつてのクラスメイトたちが楽しそうに話しているのが見えた。思い出す顔もあれば、誰なのかさっぱり分からない顔もある。時間は確実に私たちを変えたのだと感じた。
「涼子じゃないか!久しぶりだね!」
突然、昔の友人が私に話しかけてきた。懐かしい顔だ。彼女は変わらず明るい笑顔で、昔と同じように親しげに話しかけてくれる。私は思わず微笑んで答えた。
「久しぶりね!元気そうで何より。」
久しぶりの友人たちとの会話は、最初は少しぎこちなかったものの、すぐに当時の空気が蘇ってきた。笑い合い、昔の思い出話に花を咲かせる中で、私は一瞬、今の自分の悩みを忘れたかのようだった。だが、そのときだった。
「おい、高梨。久しぶりだな。」
その声が耳に届いた瞬間、私は振り向いた。そこに立っていたのは、北村壮一郎。高校時代、何度か言葉を交わしたことがあるが、特別親しいわけではなかった。だが、彼の印象は強烈だった。いつも自由で、自分の考えに従って行動するタイプだったのだ。大人たちの言うことに従うクラスメイトが多い中で、彼だけはどこか異質だった。
「壮一郎……久しぶりね。」
「こんなところで会うなんて思わなかったよ。でも、高梨らしいな、こんなきっちりした格好で来るあたり。」
壮一郎はそう言って、軽く笑う。彼は昔と変わらず、ラフな格好をしていた。フォーマルな場でもお構いなしという感じだ。周りの空気などまるで気にしていない。
「君は、相変わらず完璧だな。」壮一郎がそう言った瞬間、私はハッとした。完璧――その言葉が、今の私には負担にしか感じられない。
「完璧……そうかもしれないけど、それが本当にいいことかどうか、最近わからなくなってきたの。」
私の言葉に、壮一郎は興味を引かれたように顔をしかめた。「おや、高梨がそんなことを言うなんて珍しいな。高校時代のお前は、まさに模範生って感じだったのに。」
彼の言葉には嫌味はなかった。むしろ、彼は私の心の中にある疑問に気づいてくれているようだった。気づけば、私たちは他のクラスメイトたちから少し離れた場所に移動し、立ち話を続けていた。
「君は、今もその"完璧な人生"を歩んでるんだろ?」壮一郎は、さりげなく問いかける。
「ええ、まあ……仕事は順調だし、結婚もして、何もかもが計画通り。だけど、最近、それが本当に私の望んでいたことなのか、わからなくなってきたの。」
「なるほどな。」壮一郎は少し黙って、私の言葉を噛み締めているようだった。「俺は、今の生活とは真逆かもしれないな。AIに頼らないで、自分の直感と判断で生きてるよ。」
彼の言葉に、私は驚いた。今の世の中で、AIに頼らないなんて考えられなかったからだ。私の周りのほとんどの人々は、日々の生活をAIに支えられ、効率よく、最適な選択をしている。それが普通だと思っていた。でも、壮一郎は違った。
「どうやってそんなことができるの?」
私の質問に、彼は軽く笑った。「どうって……俺はただ、自分の感覚を信じて生きてるだけだよ。AIが出してくる答えは、確かに便利だし、効率的だ。でも、それが俺の人生を決めるわけじゃない。失敗することもあるし、無駄なこともあるけど、それが俺にとっての自由なんだ。」
「自由……」
その言葉が、胸に刺さった。私の生活は、全てAIに最適化されている。食事、仕事、生活の全てが効率よく、ミスなく進められている。だけど、そこに「自由」という感覚はほとんどない。壮一郎が語る自由は、私にとって遠い存在だった。
「それに、AIは万能じゃない。感情や直感、そういう曖昧なものを完全に理解することはできない。人間らしさってやつは、もっと不確実なものだからな。」
彼の言葉は私の中に新たな疑問を生み出した。確かに、私はエイミーの提案に従ってきたが、それが私の「本当の感情」に基づいたものだったのだろうか?それとも、ただ最適化された選択肢に流されていただけだったのか。
壮一郎との会話は、私の中に新たな扉を開いたようだった。彼の生き方は、私がこれまで経験したことのないものだった。自由で、不確実で、それでいて確かなものを持っている。私にはそれが新鮮で、どこか羨ましいとさえ感じた。
その夜、家に帰る途中、私はエイミーに「今日はどうだった?」と聞かれたが、いつものように冷静に答えることができなかった。壮一郎との会話が、私の中に残り続けていた。
「涼子さん、明日は午後1時から会議が3件あります。準備は既に整っていますが、念のため確認を行いましょうか?」
いつものように、エイミーは私に提案してくるが、その声がどこか遠く感じる。壮一郎が語っていた「自由」という言葉が、何度も頭の中でこだましていた。
「いいえ、今は大丈夫。少し一人で考えたいの。」
私は車の窓から夜の街を見つめながら、壮一郎の言葉を反芻した。彼の生き方に強く惹かれている自分がいた。そして、これまでの自分の「完璧な人生」が、少しずつ色褪せていくのを感じていた。
壮一郎のように、自分の感覚で選択してみたい。失敗を恐れずに、何かを決めてみたい。そんな気持ちが、私の中で大きくなっていくのを感じていた。
家に着くと、夫がソファに座ってテレビを見ていた。彼はいつも通り優しい笑顔で私を迎えた。「おかえり、どうだった?同窓会、楽しめた?」
「ええ、久しぶりにみんなに会えて楽しかったわ。」私は微笑んでそう答える。でも、その言葉は自分に対してもどこか空虚に感じた。
「良かったね。涼子はほんとに素晴らしい友達に囲まれてるよ。」夫の言葉も、温かくて安心感を与えるはずだったが、なぜかそれも表面的なものに思えた。
彼は私のことを褒めてくれるが、その言葉が私の心に届かない。壮一郎との再会をきっかけに、私は自分の人生に疑問を抱き始めていた。これまでの選択は、本当に自分の意志だったのだろうか?それとも、AIが決めた「最適な選択」にただ従っていただけなのだろうか?
その夜、私はベッドに横たわりながら、エイミーに話しかけた。
「エイミー、少し聞きたいことがあるの。」
「どうぞ、涼子さん。何でもお答えします。」
「私の人生の選択肢って、本当に私が望んでいたものなの?」
エイミーの応答は、いつも通り冷静で的確だった。
「涼子さんの選択は、あなたの過去の行動パターン、感情データ、身体データに基づいて、最適な結果を導き出したものです。全ては、あなたの幸福と成功を最大化するために設計されています。」
その言葉に対して、私は微かな違和感を覚えた。幸福と成功のために最適化された選択……でも、私は本当にそれで幸せだったのだろうか?
「でも……私が自分で選んだわけじゃない、よね?」
少し間が空いた後、エイミーは答えた。
「涼子さんが直接選択を行ったわけではありませんが、あなたのデータに基づいて最も適切な選択肢が提示されています。ですので、あなたの意思に基づいた結果といえます。」
私はエイミーの説明を聞きながら、自分が今までどれだけAIに頼っていたのかを改めて実感した。確かに、エイミーは私の生活を効率的に導いてくれていた。でも、それが本当に私自身の意志だったのか?壮一郎の言葉が頭から離れない。
「自由で、不確実なもの。それが本当の人間らしさだ。」
壮一郎はそう言った。彼の生き方は、AIに頼らず、自分の感覚で選択していた。彼の生き方が全て正しいとは思わないが、少なくとも彼は自分で選んでいた。失敗するかもしれない、無駄になるかもしれない、それでも自分で決めていた。
「エイミー、ありがとう。今日はもう大丈夫。」
そう言って、私はエイミーをオフにした。しばらくの間、部屋には静寂が広がった。エイミーがいない時間は、妙に空っぽに感じられたが、その空白が私には新鮮だった。
次の日、会社での会議が始まった。いつも通り、エイミーが私に最適なデータとアドバイスを提供してくれる。しかし、その声が今までのように頼もしく感じられない。逆に、私の頭の中には、壮一郎の言葉が響いていた。
「自分で選ぶ自由があるって、素晴らしいことだよ。たとえ失敗しても、それは自分の選んだ道なんだから。」
私は会議中、いつも通りに進行する自分に疑問を感じ始めた。これまでの私は、エイミーに頼りきっていた。彼女が出してくれる答えが常に正しいと信じていた。でも、今の私は違う。エイミーが出すデータをそのまま受け入れるのではなく、自分の意志で判断したくなっていた。
会議が終わった後、私はデスクに戻り、エイミーを再び呼び出した。
「涼子さん、本日の会議は順調に進みましたね。次のタスクについて準備が整っています。」
「エイミー、今日は少し私に任せてみてくれる?」
「涼子さん、最適な結果を得るためには、私の提案が……」
「わかってる。でも、今日は自分で決めたいの。」
その瞬間、私は自分が今までどれだけAIに頼っていたのかを強く感じた。エイミーは私の生活を効率的に導いてくれていたが、今の私はその手を放し、自分の力で選びたいと思っていた。壮一郎が教えてくれた「不確実な自由」を、少しだけでも感じてみたかったのだ。
その日は、いくつかの重要なタスクを自分の感覚だけで進めることにした。もちろん、効率は落ちるだろうし、エイミーの助言なしでは失敗する可能性もあった。それでも、私は自分で決めるという感覚に浸りたかった。
そして、その日は何とか終わりを迎えた。もちろん、エイミーのアドバイスを受けたときのように完璧な結果は出なかった。だけど、不思議と満足感があった。失敗や無駄な部分もあったが、それが私自身の選択によるものだという事実が、私に新しい感覚をもたらしてくれた。
夜、家に帰ると夫が夕食の準備をしてくれていた。彼は私に優しく声をかけてくれるが、その言葉がどこか遠く感じる。
「どうしたんだい、涼子?今日は何か違う感じがするけど……」
私は少し考えた後、彼に正直に答えた。
「うん、少し自分で選ぶことを試してみたの。」
夫は少し驚いたようだったが、すぐに優しく笑った。
「それもいいかもしれないね。君はいつも完璧で、全てが計画通りに進んでいるけど、時には自由に選ぶことも大事だよ。」
その言葉に、私はふと壮一郎のことを思い出した。彼の生き方は、私にとって新しい世界を開いてくれた。彼が教えてくれた「自由」と「不確実さ」が、私の中で少しずつ根を張っていた。
その夜、私は眠れなかった。自分の人生に対して新たな疑問が浮かび上がり、これからどう生きるべきかを考えていた。壮一郎との再会が、私の中に新たな扉を開いてしまった。完璧な人生に亀裂が入り、自分で選ぶことの自由が、私を別の道へと導いていくかもしれない。そんな気がしていた。
そして私は、これまでの「完璧さ」に対する執着から解き放たれようとしている自分を感じ始めていた。
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