第3返済 出会い
ダイスは後悔していた。
こんなことなら最初から頼ればよかった。と……
そもそもが自分1人の力ではどうしようもなかったのに、それに加えて自分よりは低いにしろ同じように借金を抱えた仲間が増えてしまった……
首が回らなくなる前にちゃんと頼っていれば、トラガスは自分たちの元からいなくならなかったかもしれない。
ダイスは目の前の怪しい男から新たに借金をしていた。
こうすれば、ギルドの借金を返済できると信じて……
イヤーロブは後悔していた。
自分がここまで借金をする前に、きちんと返済をしていればこんなことにはならなかったはずなのに。と。
いや。そもそもがイヤーロブは浪費家であり、貯金という概念を持たない人だ。
それが結果的にここまでの借金を膨らませ、借金漬けの3人を集まらせる結果となったわけだが……
類は友を呼ぶとはよく言ったもので、自分よりも借金をたくさん抱えた人を見て安心してしまったのだった。
イヤーロブは、そんな中光のような存在だったトラガスをないがしろにしてしまった。
それをとても後悔し、これからはきちんと彼のいう事を聞こうと決めていた。
そうすれば、また豪遊しても平気なはずだと信じながら。
アンテナは後悔していた。
借金を返させようとダイスやイヤーロブをあてにしたが、そもそもそれが間違いだった。
自分よりも借金が多いやつや自分よりも浪費家のやつをあてにするなんて間違いだった。
結果、自分の借金の総額が増えてしまった。
しかしアンテナは大いに間違っている。
そもそも他人のせいにしなければ、こんなに借金をすることもなかったはずなのだ。
自分が原因なのに、それを他人のせいにしている時点で、アンテナ1人の力で借金を完済できるはずがないのだが、それが分かれば誰も苦労はしない……
こうして、ダイス・イヤーロブ・アンテナの3人がそれぞれに後悔をしているものの、だいぶ間違っている部分があるのだった。
●
トラガスが後悔している間にも戦況は変化している。
2匹の這い芋虫が女の子へ飛びかかるのを、女の子がボウガンで撃ち落とそうとするが、ボウガンは外れる。
そのまま這い芋虫が女の子の腕に噛みつこうとするところを、トラガスがナイフで切り付けて1匹を倒す。
もう1匹の飛びつきながらの噛みつき攻撃は、女の子が体を捻ってギリギリでかわした。
ちょうどその時にスライムが女の子に体当たりをする。
そのまま女の子は隣のトラガスにぶつかり、2人して倒れてしまう。
ダメージとしては大したことはない。
しかし、敵に囲まれている状況で倒れてしまったということが致命的だった。
2人が起き上がるすきに、更にモンスターが囲いを小さくする。
女の子がボウガンで1匹のスライムを倒すも、大した意味はない。
「これを!」
トラガスが自分が持っていた木の盾を女の子に渡す。
ボウガンは両手で扱う武器だ。
盾を渡したということは、もう攻撃はできないということだ。
この数を相手にモンスターの数を減らしても意味がないと思ったトラガスは、せめて女の子だけでも助かる確率を上げることを選択したのだ。
「俺が時間を稼ぐ! 外で助けを呼んでほ」
自分が囮になる決意をしたトラガスの言葉を遮ったのは、モンスターでも女の子でもなかった。
●
銀色の閃光が縦に横に斜めに走る。
それが剣の軌道だと知ったのは後のことだった。
トラガスと女の子は、バタバタと倒れていくスライムや這い芋虫の姿を見ながら呆然と立ち尽くしていた。
偶然や幸運とはこういうことを言うのだろう。
しかも幸運が複数も重なっていた。
1つは、たった1人だったはずのトラガスの近くに女の子が居合わせたこと。
そして、ダンジョンの出入口から比較的近かったこと。
さらに、助けてくれる別の冒険者がいたこと。
トラガスが、外に助けを求めて欲しいと女の子に言おうとした瞬間に、自分たちを囲んでいたモンスターたちが次々に倒れていったのだ。
倒してくれたのは、女騎士ということしか分からない。
それ以外のことは、トラガスには理解不能だった。
ただ一言。女の子は女騎士のことを、マドンナと呼んでいた。
それからのことはよく覚えていない。
「よかった間に合って」
マドンナと呼ばれた女騎士はそう言って、どんどんダンジョンの奥へ進んでしまった。
きっと初層や深層くらいのレベルは1人で進めるのだろう。
「それじゃあ私はこれで」
ボウガンの女の子はそう言って、ペコリとお辞儀をしてダンジョンの奥へと進んで行った。
1人で平気なのだろうか?
そう思いながらトラガスは、ダンジョンの出口へ向かった。
「あ。盾返してもらうの忘れた」
そう気づいたのはしばらくしてからだった。
●
「寂しかったんだからなー!」
「見捨てられたのかと思ったよ」
「生きた心地がしなかったわ」
アンテナ・ダイス・イヤーロブがそれぞれにトラガスへ文句を言う。
ダンジョンで九死に一生を得たトラガスは、パーティ―の重要性を知り、すぐさまにダイスたちを探しだした。
3人は街でアルバイトをしていたのですぐに見つかった。
それぞれに反省をしているようで、借金を返済しようとバイトをしていたのでトラガスもすんなりと許すことができた。
「俺も少し大人気なかった」
と頭を下げたら文句を言われたのだった。
3人を探す前にアイテム屋へ行き、入手した苦い草を売ったところ、どうやら苦い草ではなく引き寄せ草という苦い草によく似た全く違うアイテムだったことが判明した。
持っているだけでモンスターを引き寄せる、かなりレアなアイテムだったようだ。
「にぃちゃんよく生きてられたな!」
と笑われてしまった。
「そういえばトラガスくん」
ウキウキしながらダイスが声をかける。
「キミが持っていた木の盾はどうしたんだい?」
「あぁ。ダンジョンで他の冒険者に貸してしまった」
「貴方。今の私たちの状況を分かっているの?」
なぜかイヤーロブに呆れられてしまった。
「全くお前はお人好しだなー」
アンテナはやれやれと首をふっている。
それよりも少し困った問題があった。
ダイスたちはしっかりとアルバイトをして、借金を返済していた。
してはいたが、別のところでそれぞれが借金をしていたようだ。
結果的に総額はあまり変わらないという状況だった。
いや。むしろ膨れ上がっていた。
「ギルドに返済したのが5000イェン。よくわからんお助けやに10万借金、冒険者に5万イェン、明らかな闇金に1万イェン……」
トラガスが頭を抱える。
「とりあえず利息がやばい闇金は速効返すぞ」
驚いたことに、トラガスの意見に3人は反対しなかった。
どうやら、アルバイトをしたことでお金を稼ぐ大変さを知ったようだ。
もっとも、3人ともトラガスにほぼ任せておけばバイトで働くよりも楽だという魂胆はあるのだった。
しかし、これ以上借金を増やすのはまずいという気持ちもあるようだ。
結論として、楽して借金を減らすにはトラガスと一緒にダンジョンに挑み、できる限りトラガスに働いてもらうのがベストとなったのだ。
それにしても……
「今の状況がってどういうことだよ」
ムッとしながらトラガスがイヤーロブにつっかかる。
しかしトラガスにはその意味が分かっていた。
「私たちは今借金を返済しようとしているのよ? それなのに防具を失ってどうするの?」
やっぱりな。
確かに前線で戦う戦士が、モンスターの攻撃を防げないのでは、話しにならない。
「盾の新調はしない」
半分ヤケだったが、これが現実的だった。
「大丈夫なの?」
心配そうにイヤーロブが聞くがこれしか方法はないだろう。
盾を買う余裕がこのパーティーにはないのだから。