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プロローグ

「いっちょういえんんんー?!」


 トラガスの声が広場に鳴り響く。


「実はそうなんだよー」


 屈託のない可愛い笑顔をダイスが見せる。


 人はこの笑顔に騙されるのかもしれない。


「何でそんな金額に?」


 笑顔に騙されないように、頭を左右にプルプル振ってトラガスが訊ねる。


「色んなものをコツコツと積み重ねてね」


 無い胸を自信ありげに張るが、トラガスからすると、どうしてそんなに威張れるのかが分からない。


 騙された! としか思えない。


 1兆円もの借金があるなんて卒倒ものだ。


 何をどうコツコツ積み重ねたら1兆円もの借金を作れるのか不明だ。


 そもそもがこのパーティ―はお金に縁がない。


 単純な魔術師のダイスに、浪費家で魔法使いのイヤーロブ、がさつなアーチャーのアンテナ。


 色んな借金を踏み倒して、それが全てギルドへと回ったらしい。


「いやー。飯食っても全部ツケだったしな」


 がっはっは。とアンテナが笑うが、笑いごとではない。


 こんなにたくさんの借金があるというのに、このパーティーのメンバーは全く意に介さない様子だ。


 トラガスは落胆して項垂れてしまう。


『そもそもどうしてこうなってしまったのだろうか……』


 トラガスは、ダイス・イヤーロブ・アンテナとの出会いを思い出していた。


 ●


 ――ふうっ。


 トラガスは額の汗をぬぐいながら一息をつく。


 ヤグルマタウンは周囲を山々に囲まれている。


 そのため通貨は町の中だけで流通する。


 町に住む住人たちがお金を得るには、商売人としてお店を構えて営むか冒険者となってモンスターの素材を売ったり依頼や任務をこなす必要がある。


 しかしトラガスは新米冒険者である。


 閉鎖的な空間において冒険者は溢れており、わざわざ新米の冒険者に依頼やリクエストを出す人はおらず、ギルドからの任務もダンジョン関連のものが多く、ダンジョンは現在中層よりも上の上層への探索が主流だ。


 新米冒険者が探索する、最下層や初層での任務はもはや無い。


 そんなトラガスが生計を立てるには、ダンジョンのモンスターを倒して、素材を剥ぎ取ったりダンジョン内のアイテムや野草を入手するしてそれを売るしかない。


 現在トラガスがいるのは、ダンジョン最下層の1階。


 目の前にはアメーバー状の水色モンスターがいる。


 ――スライム――だ。


 危険度はE。


 とにかく一番弱いが、新米冒険者が侮っていいモンスターではない。


 ましてやトラガスにとってはこれが、人生で初めての戦闘だ。


 アルバイトして貯めたお金をはたいて買ったために、皮の服に木の盾、ナイフと新米冒険者にしては装備がしっかりとしている。


 この身なりが町を放浪していたアンテナの目に止まり、アンテナは借金で首が回らなくなっていたダイス・イヤーロブの仲間2人にすぐさまトラガスのことを話した。


「あれは絶対に新米だね」


「今すぐ仲間にしましょ」


 興奮するアンテナの言葉を鵜呑みにしてイヤーロブが言う。


「金づるってことかい?」


 単刀直入にダイスが言うと、当たり前だろ。とアンテナがほくそ笑む。


 このまま3人はトラガスの後をつけることにしたのだった。


 そして、トラガスが最弱モンスターであるスライムと対峙をしただけで冷や汗をかいている場面を見つめていた。


「金づるって言ったわよね?」


 イヤーロブがアンテナに向かってすごむ。


「あの身なりだぜ? それなりにやると思うだろ?」


 ポリポリと後頭部を描きながらアンテナが悪びれる素振りすら見せない。


「でも1人で行動をしているところを見ると、ボクたちの借金を一緒に背負わせることはできるかもしれないね」


 ダイスがワクワクしながら言う。


「貴女は何でも楽しそうにしているわね。だめよ。きっとろくにお金すらもってないわ」


 イヤーロブがそう言った時にはもう遅かった。


「お困りのようだねそこのキミ!」


 ダイスがトラガスに声を掛けていたのだった。


 ●


 結果的に言えば、ダイスもイヤーロブもアンテナもスライム討伐に役に立ちはしなかった。


 3人ともそれなりにスキルや魔法を使えるが、ダイスの声に驚いたスライムが逃げてしまったのだ。


 それなのになぜかダイスは自分のおかげでトラガスが助かったと思い込んでいた。


「はっはっは。ボクのおかげで命拾いをしたようだね」


「え? いや。だれ?」


 しかしこれにイヤーロブは乗った。


 せめて、借金の1人当たりの金額を減らす算段だ。


「私たちがいなければ、貴方は今頃死んでいたかもしれないわ」


 長くキレイな銀髪を片手で掻き上げる仕草までして、余裕を演出する。


「そうだな。これも何かの縁だ。オレたちとパーティ―を組まないか?」


 さっと、トラガスの隣に移動してアンテナが肩を組む。


「それとも、オレたちに恩義を感じてないとかぬかすか?」


 と、そっと耳打ちまでする。


「え? いや恩義って?」


 というトラガスの問いはどうやら聞こえないようだ。


 いや、3人とも聞いていない。


 なにやらガサゴソカバンの中を漁っている。


「あったあった」


 発したのはダイスだ。


 1枚の紙を手にしている。


「はいこれ。ギルドに提出するパーティ―申請書。キミがリーダーでいいからね」


 そう言って、ペンまで渡してくる。


 言われるがままに、勢いに気おされてトラガスは自分の名前を申請書に書いてしまったのだ。


 これが運の尽き。


「あのさ……」


 さっきまで男勝りの態度をしていたアンテナが急にもじもじし出した。


「ん?」


 思わずトラガスが気を引かれる。


「そのさ、オレたちって頭あんまりよくないからこの規約ってゆーのよく分かんないんだけど、このメンバーの資産は共有のものにするってどういう意味なんだ?」


「ん? あぁ。俺が持ってるお金やアイテム、装備品とかをみんなで一緒に使えるってことだけど?」


 何を当たり前のことを。という感じでトラガスが答えると、今度はイヤーロブが目を輝かせた。


「確かパーティ―って簡単には解散できないのよね?」


「そうだな。ギルドにそれなりの理由を申請してそれを受諾してもらわないといけないからな。俺がパーティ―を組まなかった最大の理由もそれだしな。変なやつらの仲間になったら大変だろ?」


 もう得体の知れない人のパーティ―になる申請書に名前を書いてしまったけど。と最後に付け足した。


「で、俺をパーティ―にしてどうしたいんだ? しかもリーダーは俺ってどういう魂胆なんだ?」


 トラガスが問うと、ニコニコしながらダイスが答えた。


「やだなぁ。魂胆なんてないよー。ただ運命を共同しようって話しじゃないか」


 確かにパーティ―は運命共同体だ。


 しかしこう簡単にパーティ―を組むことはないし、見ず知らずの者にパーティ―を組む申請をすることもない。


「それは、これから一緒にダンジョン挑んでくれるということか?」


「「「もちろん!」」」


 トラガスの問いに、3人の声が同時にダンジョン内に鳴り響いた。


 トラガスは安心したように、安堵の息を吐いた。


 見ず知らずの人だけど、ダンジョン内で一緒に冒険ができる仲間は心強い。


 それも見たところ、回復系の魔法が使える魔法使いに、攻撃系の魔法が使える魔術師、補助から攻撃まで幅広く活躍できるアーチャーの3人は贅沢この上ない。


 むしろ新米冒険者にとっては――


「こっちからお願いしたいくらいだ」


 思わず口から言葉が出てしまった。


 そう言うなり、先ほどの書類をアンテナに返す。


 すると、再びアンテナがもじもじし出した。


「ところでさぁー。さっきの話しの続きなんだけどぉー」


「ん? あぁ。資産の共有の話し?」


 トラガスは新たな仲間が増えたことで、冒険の幅が広がることで頭がいっぱいだった。


「例えばだよ? 例えばだけど、パーティ―内の誰かが借金とかした場合ってどうなるの?」


 控えめにアンテナが言うが、トラガスは気にも留めずに、スラスラと答える。


「そりゃあパーティ―全員で返さなきゃいけないだろうな。連帯責任ってやつだ」


「やっぱりそうよね?」


 再びイヤーロブが目を輝かせる。


 ここでようやくトラガスは異変に気が付く。


 どうもさっきからこの3人は、お金のことばかり言っている気がする。


 まさかとは思うが――


「えっと。借金とかしてないよね?」


 気まずい沈黙が辺りを包み込む。


『これは、してるな。まぁ金額にもよるし借りている場所にもよるな……』


「いくらくらい?」


 無理やり笑顔を作って優しく問いかける。


「「「1000000000000イェン」」」


 つい先ほどまでは期待に胸を膨らませていたトラガスだったが、絶望の未来しか見えなくなったのだった。

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