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上海の三木パウロ~共同租界にて~  作者: John B.Rabitan
第7章 日本の一番長い日
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 その後、まずは例の秘密作業に従事していた生徒だけが秘密の作業場に呼び出された。

 八重子も関係していたのでともにそこに行くと、教員はすでに袋詰めにした火薬は袋ごと、残った火薬もすべて持ってこれから出かけるとのことだった。

 生徒は三十名ほどだったが、皆火薬の入った箱を抱えて、ほとんど無言で教員に従って校舎を出た。女学校の裏手には川が流れている。川幅はそう広くはない。両岸は護岸壁で固められ、水面は少し低いところにあった。水は濁っている。

 その護岸壁の上で教員は生徒たちに、箱の中の火薬と火薬の詰められた袋をすべて川に捨てるようにと指示した。


 「確実に水面に落とすこと。そうでないと、万が一着火したりしたらたいへん危険です」


 教師は繰り返し指示をしていたが、生徒たちは最初は戸惑っているようだった。


 「本当にいいのですか?」


 級長風の生徒が尋ねる。


 「いちいち疑問をはさまないで、言われたとおりにしなさい」


 あれほど、一粒だに床に落として無駄にしたりしないようにときつく言われていた火薬が、今はどんどん水の中に捨てられていく。かなりの数の箱があったので火薬もかなりの量であり、それを生徒たちは泣きながら無言で川に捨てていた。


 学校に戻ると、今度はこれから火薬を詰めるはずだった絹の袋を持ち出して、校庭の隅に積み上げた。これもかなりの量だった。それに教師が端から火をつけた。日は大量の煙とともに燃え上がり、袋は灰になっていった。

 生徒たちはそれを見て、皆泣き崩れていた。八重子はその涙の訳が痛いほどわかった。価値観がすべてひっくり返って、これまで大切に扱うことを命じられていたものを、今度はすべて廃棄して灰にするという命令だ。それが同じ教師の口から出たのだ。


 何もかもがひっくり返っている。これが「戦争に敗けた」ということなのか……それを思っての生徒たちの涙であろう。生徒のみならず、それを燃やせと命令した教師もまた泣いていた。


 そのあと、また全校生徒が校庭へと呼び出された。そのまま帰宅できるようにと、かばんを持っての集合だ。

 朝礼台に、再び校長が上がった。


 「皆さん。先ほどの畏れ多くも」


 直立不動。


 「天皇陛下のお言葉にもありましたが、皆さんはよく聞き取れなかったかもしれません。要は日本は米英に無条件降伏いたしました。つまり、日本は戦争に敗けたのです。陛下御自らそのことをその玉音で全臣民にお伝えくださり、それだけでなくどこまでも我われ国民の身の上をご案じくださっておられました。この国の行く末を見つめておられる大御心おおみごころは、誠にありがたき極みであります。このような事態になってしまい、陛下にそのようなご発表を余儀なくし申し上げたのはひとえに我われ帝国臣民の不徳の致すところ、陛下に対し奉り本当に……」


 校長はそこで嗚咽にむせび、袖で涙を拭いた。


 「本当に申し訳ないことであります」


 校長の涙に誘われて、それまで波を打ったようにしーんとして聞いていた生徒たちの間でも、放送の時と同様にあちこちですすり泣きが聞こえ始めた。


 「しかしこれからも国体を護持し、新しい時代を切り開いていかねばなりません。それはひとえに若い皆様方の双肩にかかっております」


 それから校長は教員の列に指示をした。予め打ち合わせ通りに各学級担任は自分の生徒分の反物を抱えて持ってきていた。

 校長はまた、生徒の方を向いた。


 「今日を最後に皆様方と再びお会いすることはないかもわかりません。しかし、日本に帰られ、お嫁に行かれるときは必ずこの反物を着物の裏地に使って、上海高女を思い出してください。これが卒業証書の代わりです」


 それから各担任によって一人一反ずつ反物が配られ、生徒たちはそのまま下校となった。みんな例外なく、泣きながら鉄門扉の校門を出て行った。

 そのあと、私の隣にいた養護教員が、私を呼んだ。


 「木下さん。あなたもお帰りになっていいですよ。今後のことはまた追って連絡します」


 八重子は仕方なく帰ることにした。


 帰りながら、まだ腑に落ちなかった。

 なぜ日本がこんにも突然敗けたのか……昨日までは勝っていたのだ。いや、ずっと勝っていたのだ。

 昨年、昭和十九年は米軍がサイパンに上陸しようとしたのを撃退し、マリアナ諸島海域で戦闘は行われていたようだが、新聞でも敵艦二十二隻撃沈、敵機三百以上撃墜などと報じられたのを皮切りに、戦闘のたびにこのような大戦果が報じられた。「戦果なお拡大せん」とか「戦局決戦」とかいう字を新聞で見たのを覚えている。

 そもそも八重子はもともと新聞などあまり読まない方であったが、信が帰天してからはもう解説してくれる人もいないので務めて自分で新聞を読み、ラジオニュースに耳を傾けるようになっていた。

 また、大陸でも重慶政権はどんどん弱体化し、南京政府と日本は永遠の日華友好が完成したと報じられ、大東亜建設の道義性が強調された。


 いつもは勇ましい「軍艦行進曲」とともに始まるニュースでは日本の成果が大々的に報じられたが、一度だけ「海ゆかば」が流れサイパンの我が国の守備隊が全員戦死し、在留邦人もまた全滅したという報道がなされたがそれで悲観的にならずに、「真の戦争はこれからだ」と新聞はさらに国民の士気を鼓舞していた。それがちょうど去年の夏だ。


 首相も東條総理から小磯総理に替わり、秋にはパラオ諸島で戦車百九十両を破壊し、艦船七十八隻を沈めたという大戦果、台湾沖では空母十三隻を沈め、レイテ沖では空母四隻を含む敵艦六十七隻を沈めた。

 年が明けて今年になってからはフィリピンの方に主戦場は移ったようでこちらは長期戦になったが、戦艦撃沈や戦機撃墜で何度も大きな数字を見て、甚だしい戦果を知った。

 二月にはまた「海ゆかば」が流れて硫黄島でのわが軍玉砕が報じられたが、八重子が「海ゆかば」を聴いたのはサイパンと硫黄島のみで、あとは常に「軍艦行進曲」だった。

 三月からは米機(米鬼)による内地のいくつかの都市の空襲が始まった。いずれもそれらの敵機が撃墜されたという記事とともに、我が方の被害は軽微と付け加えられていた。

 三月の硫黄島玉砕の前に東京で、名古屋で、大阪でそれぞれ百三十機のB29による空襲が始まったようだが、常に敵機六十ないし八十機の撃墜が報じられ、我が方の被害の記事はなかった。しかもその記事自体が気を付けていないと見落としてしまうような小さな扱いの記事だった。

 四月からは沖縄戦が始まったが、こちらでも次から次へと戦果が報じられて、米軍の沖縄上陸は許してしまったもののまさに連勝という感じだった。


 こうして総理も今の鈴木総理に替わり、沖縄でも勝ち続けて今に至っている。

 それが本当に前触れもなく、ある日突然という形で敗戦となったのだ。

 八重子は歩きながら考えた。


 いや、前触れというものはあったのかもしれない。ただ、それに気が付かなかっただけだ。

 昨年の夏ごろから節電がやかましく言われ、扇風機も禁止となり、夜十二時以降は電気を消さねばならなくなり、また月明かりのある日は町の街灯さえ消灯した。

 つまり、物資はどんどん不足し、配給切符の数も減り、物価もどんどん高くなっていったのもそのころからだ。

 そして暮れごろからは、ついに上海にも空襲が始まった。上海の町にも空襲警報が響き、人々は防空頭巾をかぶって防空壕に避難した。幸い爆弾は浦東に少し落とされたくらいで、敵機はすぐにわが軍によって撃墜された。

 だから今年になってから予告なしの防空訓練も行われ、またさらに電気の照明を落とした生活を強いられる灯火管制も始まった。

 四月にはまた上海は空襲を受けた。幸い市街地に落ちた爆弾はなく、たしかに被害は軽微だった。だから八重子は、東京や名古屋、大阪の空襲もこれくらいだろうと思っていた。そう思わせるだけの記事の小ささだ。


 八月には広島やそして故郷の長崎が新型爆弾の攻撃を受けたというニュースもあったが被害の具体的な報道はなく、「八月九日、午前十一時頃、敵大型二機は長崎市に侵入し新型爆弾らしき物を使用せり。詳細目下調査中なるも被害は比較的僅少なる見込み」と、軍からの発表もこれだけだった。

 他の紙面はまた日本軍が挙げた戦果を高らかに宣伝する記事だ。ただ、新聞やラジオの言う通り本当にこれだけの戦果を挙げて、「万歳! 万歳!」という感じで勝ち続けていたのなら、どうして統制はますます厳しくなり、戦意高揚のスローガンはヒステリックにさえなっていったのかと今さらながら、いや、今だからこそ思う。


 去年の暮れからは、人間が戦闘機に乗ったまま敵艦に突っ込むという特別攻撃隊も始まっていると報じられた。生きて帰ってくることは想定されていないのだ。 

 それに、五月には「ドイツ、世紀の巨星散る」ということで、同盟国であるドイツのヒトラー総統の戦死のニュースもあった。だが、新聞報道ではすぐに後任にデニッツ提督が就任したことを告げていた。

 新聞も八面くらいまであったのが今は表と裏の二面だけ、つまり一枚の紙になってしまった。その新聞も、七月に入ってからは毎日届かなくなってしまっていた。

 

 いずれにせよこういったことについて、誰にもその胸の内を打ち明けられるものではない。

 とにかく八重子はその日以来そのまま毎日自宅にいて、世の中の動きをじっと見つめるしかなかった。

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