マッチ売りの
「マッチいりませんか! マッチ買ってください!」
クリスマスのイルミネーションにまばゆく彩られた、雪のちらつく寒い夜。
一人の少女が前を通りすぎる人々に向かって懸命に叫んでいた。
大通りは人であふれていたが、皆、今宵の幸せに夢中で少女に気づく者はいない。
「ひとついただこう。いくらかね?」
少女に声をかけたのは、白髪で立派な髭をたくわえた紳士だった。
「買ってくれるの? ありがとう! だけどお金はいらないの」
買ってくれと言いながらお金がいらないとはどういうことだろう。
紳士がたずねると、少女は後ろをふり返って「おいで」と言った。
すると、今まで暗くて見えなかった場所から黒光りする筋肉隆々たる男が現れ、紳士にポーズを決め、輝くほどのいい笑顔を向ける。
「本年度世界チャンピオンなの。だけど、プロテイン代がかさむからってお母さんが……。じゃ、じゃあ元気でね!」
呆然とする紳士と、彼女に向ってポーズを決める男を残して、少女は涙をぬぐいながら人ごみの中へ走り去っていく。
紳士がハッと我に帰って男を見つめると、彼はまた違うポーズを完璧に決めた。
雪はだんだんと街を白く塗りかえ、本格的なホワイトクリスマスの様相を増していく。
人影も徐々に少なくなりはじめるなか、紳士の声だけが通りに響く。
「マッチョいりませんか! マッチョ飼ってください!」