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4:傷痕

 レイラの部屋のソファを借りて、私は横になる。

 別に睡眠も必要ないのだけれど、夜という寂しい時間を乗り越えるのには夢を見るのが一番いい。

 なんとなく毛布をかぶって寝る仕草をしていると、ベッドに寝そべるレイラが呟いた。


「聞きたいことある? ちょっと寝る前に話そうよ」


 聞きたいことか。と考えて、ふと思いつく。

 私も結構な貴族だったから、屋敷にいるときは大勢の人間に囲まれて過ごしていた。

 しかしヴィクトールは公爵と名乗った割にメイドを一人しか連れていないし、自分で料理もしている。

 それが気になったので、少し聞いてみた。


「……公爵って聞いたけど、どうして屋敷にレイラしか居ないの?」


「あー、この別荘は旦那様の秘密の隠れ家だからねぇ。私はひいおばあちゃんの代から仕えてる旦那様の幼馴染だから、連れてきてもらってる感じ。城の方はお母さんがハウスキーパーなんだけど、帰ったら紹介するわ」


 隠れ家に連れてくるほどの幼馴染……か。と、元婚約者の顔がよぎった。

 小さい頃は仲良くしていたとは思うが、いつの間にか彼は金と欲に溺れて帰ってこなかった。

 聖剣の一族エッケザックス家の跡取りが私しかおらず、その私も邪龍討伐に出ていったのを良いことに婚約者の立場を利用して財産を奪い、やりたい放題していたはずだけれど。

 私が投獄されてからのことは勿論、知らないままだ。


「ジュリアって、割りと考え込むタイプ?」


「ごめん」


「旦那様、普段は割と誤解されがちな方だけど……下手なこと言って殴られるとかは無いから、だんだん馴れていけばいいわ」


「……ありがとう」


 私の会話の遅さにレイラも眠くなってきたようで、穏やかにのんびりと話していた。

 やがて彼女の声が途切れた頃、私も眠気にあてられたのか、それとも久しぶりの柔らかなソファに微睡んだのだろうか。

 段々と重くなるまぶたに、ゆっくりと目を閉じた。


◆◆


――ははは!! 良いザマだな勇者様!! ちやほやされていい気になってたか? お前が俺より低いところにいるのは、本当に気分がいいなぁ!!


――ジュリア、許しは乞わない。


――ごめんなさい、ジュリア……。


「どうして……!? ヤヌス、ライオラ!! 私達、仲間じゃないの!?」


――俺たちにも、家族がいる……逆らえないんだ。


――ごめんなさい……本当にごめんなさい……。


――おいおい、さっさと連れてけよ。二人共、仲間だからって手加減すんじゃねぇぞ……!!


「なぜ!? アルベル!! 私は裏切ってなんかいない!! 何も悪いことはしていないのに!!」


――ずっと昔から!! お前は!! 俺より……俺より強いから気に入らねぇんだよ!!


 高らかに笑う婚約者の目の前で、共に戦った仲間に組み伏せられた。

 魔力を封印するミスリル銀の鎖を手足に繋がれ、私は引き摺られていく。

 やがて見える永遠の牢獄が、暗黒に染まる口を大きく開き……。


◆◆


「はっ!! はっ……はぁ……」


 ドクドクと激しく心臓が鼓動する度、全身から汗が吹き出てくる。

 上手く呼吸が出来ない身体を落ち着かせ辺りを見回すと、どこにでもあるような部屋だった。


「……レイラ。まだ寝てるのね」


 ベッドからはすぴーすぴーと寝息が聞こえて、本当に安心した。

 なんとも思わなくなったはずの牢獄は、確かに私の心身を(むしば)んでいたようだ。

 あの時覚えた深い絶望が蘇り、小さく震える手を握る。


「散歩しよう」


 気晴らしに外に出ようと考えて、ワンピースだけを着る。

 もう少し動きやすい服のほうが良いのだけれど、それは働いてから買おう。

 音を立てないように着替えて外に出ると、東の空に薄く日が昇る頃だった。

 海辺の周りを見渡せる岩場に立てば、世界の片隅にたった一人でいる気分になってくる。


「……寂しいのは、変わらないけれど……」


 まだ暗い薄明(はくめい)の空には星が浮かび、東の水平線からは鮮やかな陽の光が昇り始める。

 私がどれだけの時間、心から望んだ景色なのだろう。温かな日差しに血が巡り、潮風が肌を吹き抜けていく。

 全身で感じる朝に、私は自然と涙を流していた。


「……本当に……綺麗……」


 私は、生きている。

 二度と見られないと思った光に、永遠の孤独が打ち払われていくように見えた。

 止まらない涙を流れるままに流していると、急に足元の方から声がした。


「君のほうが綺麗だ。ってのは野暮かな?」


「ヴィクトール……様……」


「僕は釣りが趣味でね。早朝はよく魚が掛かるが、女の子が釣れたのは二度目だ。それも二日続けて」


 岩場に座り釣り糸を垂らす彼に、全く気づかなかったらしい。

 一人で泣いているつもりだったのに、恥ずかしさでぐちゃぐちゃの頭で座り込むと、彼はそっとタオルを差し出してきた。


「安心したよ。人間って奴は涙を流せるうちは、まだ大丈夫だ」


「……ご心配をおかけして、申し訳ありません」


「昨日も言ったけど、僕は感謝の言葉のほうが好きだねぇ」


「……タオル、ありがとうございます」


「それでいい」


 汗と魚の香りがするタオルは、心地よく柔らかな感触がした。






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