起
こっそり投稿。
お叱りは幾らでも受けます。ハイ。
男がその噂を聞いたのはまだ薬師として名が売れておらず、世が荒れ、日々の生活もままならない頃のこと。
「天竺にはありとあらゆる毒を呑んで育てられ、全身がありとあらゆる毒でできた娘が居るらしい。」
都に仕官しに出ていた旧友が数年して帰郷し、共に酒を飲んで語らいながらコロリと出た都の噂であったが、仮にも人を救ける薬師である男にとってそれは耳に残るものであった。
それから十年余り経ち、ある程度生計が立って大店と呼ばれ始め、旧友も強かに出世した頃。
男は父の友人からの紹介で美人と評判の妻を迎え、そして二年足らずで娘と引き換えにその妻と死に別れた。
結果として少ししか共に居た時間は無かったが、男は確かに妻を深く愛し、妻も男を惑いなく愛していた。
妻の遺した娘と、死への畏れ。
収まりの付かぬ悲しみとやり場の無い怒りの中、生後間もない娘を抱えて男は薬師としての師の言葉を思い返す。
「総て薬とは即ち毒である。」
そう、薬とは毒であるのならば。
ありとあらゆる毒の娘が有り得るのならば、ありとあらゆる薬の娘が有り得ようとも、おかしくはないのではないか?
男が静かに狂したのは、確かにこの時であった。
妻の死という最も才を望んだ筈の時を過ぎてこそ、男は才に溢れていた。
より惑いなく正確な見立て、より効果的な処方。
世は泰平を取り戻しつつあるが、世に病が尽きることは無く、いよいよ大店としての地位を確固たる物としたがしかし。
彼の目は、娘にだけ向いているのみ。
乳離れまでは仕方無く乳母を雇ったが、乳離れしたと見るや否や乳母に暇をやり、娘の食事は様々な薬草を織り交ぜた粥となった。
粥を娘が嫌がれば菓子、菓子に飽いたならば香を嗅がせ、ありとあらゆる手練手管で『薬』のみを以て娘を育てる日々を送る。
薬が苦と死を遠ざけるモノであればこそ、人の薬総てを以て創り上げた『薬の娘』は人の数多ある苦と死を遠ざけ、不死の薬となり得るに違いない。
男は心の底からその論理を信じてしまっている。
それからまた幾年か経ち、娘が言葉を解する前に男は娘を連れて海を渡った。
旧友に娘の存在が露呈し糾弾され、兵に郷里を追われた事もあったのだが、最大の理由は娘に呑ませる薬をより数多く探す為。
未だ足りぬ。人の世の苦と死に抗うには未だ不足だ。大店として手を広げられる先には広げたが手詰まりとなった。
なれば、自ら動かねばならぬ。
男には静かに近付く老いと死が見えてきていたが、娘は幾年にも渡って与えて来た薬の作用か、歳にしては幼いまま。
男と娘が『大和國』と呼ばれる地に辿り着いたのは、この頃であった。
数年に渡ってじっくり煮込んだ古典新釈です。
創作から完全に離れておりましたので、リハビリとしての意味合い強め。
誤字脱字誤植語彙ミスなどは御教授願えれば幸いです。
また、この小説はその表現上『小児及び児童の虐待』『基本的人権の軽視及びその侵害』『薬物濫用』などについての描写を含みますが、断じてこれらの非人道的、反社会的な行為を擁護及び推奨するものではありません。悪しからず。