変化
赤い幽霊との交流が続くうちに何か違和感を覚え始めていた。幽霊の成長である。最初は小学生くらいであった幽霊が今は中学生だという。研究対象にし始めてから一か月くらい経っているが、会うたびに何か雰囲気が変わってくるのである。幽霊の影も大きくなった気がする。会話もだいぶ大人びてきたように感じる。
『幽霊が成長する?そんなことがあるのだろうか。』
研究対象にし始めてからも他の幽霊にも接触は試みたが反応はなかった。それに同じ個体の幽霊も観察してみたが成長している感じもなかった。
『やっぱりこの赤い幽霊は特別な存在なのかもしれない。』
そう思い始めていろいろと仮定を立ててみるが、いまいちパッとしない。
その間も窓際の仕事もしてた。仕事が大したことがないのは救いである。もともと仕事に対する意欲というものがなく、ただ時間が潰せれば良いという感じで仕事をしていた。そのおかげですっかり職場では浮いた存在となっていた。それでも給料をくれ働かせてくれるのだから太っ腹な会社である。協調性がないのは昔からで、友達などにも冷たいそぶりをしていつも孤立していた。たぶん私は根っからの変わり者なのだろう。だからずっと一人であった。そんな想いから赤い幽霊の環境になぜか同調してしまった部分がある。私と同じではダメだという想い。
「パパ~、ご飯できたよ~。」
リビングから娘が呼んでいる。今は娘の存在がありがたい。私は一人ではない。リビングに向かいながらそう思う。
「今日は簡単にスパゲティね。私も何かと忙しいからね。」
「うん、ありがとう。」
「最近パパ良くお礼言ってくれるよね。こちらこそありがとう。」
「ところで最近の流行とか教えてくれないですか?ちょっと気になって。」
「相変わらず時々敬語になるよね。まぁいいけど。」
と最近の女子高生の生態について話を聞く。よく聞く音楽とか話題、はたまた恋愛などについて話を聞いている。娘とこのように話をすること自体今までなかった。まして妻の話など聞いたことがなかった。
「最近パパ優しくなったよね。なんかあった?」
「いや、大したことではないよ。ただいろいろ考え方が変わってきてね。人に興味がわいてきた。」
「それは良いことなの?」
「わからない。ただ今までの経験と知識が生かされるのではないのかと思い始めて。」
「もしかして良い人で来たの?そのうち紹介してよ。」
「ま、まさかそんな人はいないよ。こんなオヤジ、相手にされるわけがない。」
「そう?私は出来て欲しいけどなぁ。私がいなくなったらパパ一人だからね。」
「大丈夫ですよ、一人は慣れている。」
食事を終え洗い物をしてからお互い部屋に入る。娘は今は彼氏はいないらしい。いずれ家を出ていくことになるのだろう。その時私は何をしているのだろう。そんなことを考える歳になっていることを実感した。
部屋に入り装置のスイッチを入れる。モニターにはいつものように赤い幽霊がそばにいた。以前は小さい影であったその幽霊も今では娘と同じくらいの大きさになっていてそこに座っている。
『今日はどんな感じですか、みなとさん。』
『来てくれたんですね。今日高校の入学式だったんですよ。親は来てくれませんでしたけど、何とか頑張って行ってきました。』
『すごいですね。よく頑張っていますよ。友達もこれからは作ればよいですよ。』
『私奥手だから話しかけるの苦手なんです。でも友達は欲しいなぁ。どうしたら作れますか?』
『部活などに入ればよいでないですか?少しはなじめるとよいですね。そこで彼氏など出来たらもっと楽しいかも。』
『えっ、私に彼氏。無理無理。でもあなたが言うのなら出来そうな気がします。』
『いえ、私が言わなくても大丈夫ですよ。みなとさんはだいぶしっかりしてきています。これからが楽しみです。』
『ありがとう。私教えてもらった料理で毎日お弁当を作っていこうと思って。これからもきちんと見ていてくださいね。』
『大丈夫ですよ。みなとさんの話は面白くいつも楽しませていただいてます。』
『え~そんなことないですよ。でも嬉しい。もっとたくさん聞いてくださいね。私今でも家では一人だし、でも親は何とかお金は置いていってくれるから。あっ、後バイトもしたいなぁ。』
これからの高校生活のことを楽しそうに話す幽霊。このように話しているとまるでその存在は本当に人間と変わらない。ただそこにあるのは赤い影であることには間違いない。
一通り話を聞いてから。
『ではまた来ますね。いろいろ話してくれてありがとう。』
『いえ、こちらこそ話を聞いてくれてありがとう。また来てくださいね。』
『はい、また今度。』
赤い幽霊からそっと手を放す。しかしそこには赤い幽霊はまだそこにいる。果たしてこの幽霊の正体は何なのか。もしかして本当に人なのかもしれない。しかしこの装置はあくまでも生体磁気に反応しているもの。そこにあるものは実際のその場所にはいない。
『少し考えをまとめてみるか。』
幽霊のいる場所はこの世界とは違う世界、パラレルワールド。この装置に映っている場所に幽霊がいる。
『もしかしてその考えが違うのか?』
パラレルワールド内は場所の概念がない。よく地縛霊などの話を聞くが、その場合は場所に縛られているかもしれないがその他の幽霊は違うのかもしれない。場所を選ばずに現れることが出来るのかもしれない。そうするとこの赤い幽霊も実際はこの場所にいる訳ではないのかもしれない。またパラレルワールドの中の時間軸も少し違うのかもしれない。時間が早く進んだり、また逆行する。そして一番の疑問であるこの赤い幽霊は実在するのかどうかである。
まず、幽霊とは何かである。幽霊を生前の意識体であると仮定すると、もちろん生きている人間にもあるということである。実際に生きている人間もこの装置には映る。しかしその影は赤くない。この色も何かの関係があるのかもしれないがそれはまず良いだろう。
場所と時間を超越した場所、そこがこのパラレルワールド。それを考慮するとこの赤い幽霊は実在する人物の思念体と考えても良いのかもしれない。しかし今現在この赤い幽霊が生きているのかはわからない。そしてその人生に深く関わってしまった。この幽霊に対して私が行っていることが本当に良いことなのかはわからないがもう後戻りはできない。
『みなとさんは今どうなっているのだろう。』
ふっとそんなことを思う。彼女の今までのことを思うと幸せになって欲しいが私に出来ることは何もない。ただ話を聞くだけである。そんなことを考えているともういい時間になっていた。
『もう寝るか。』
赤い幽霊とはもうすでに3か月ほど付き合い始めている。いろいろと考えているがなかなか考えがまとまらない。考えることが好きな私は幽霊と接するうちに幽霊の本質について知りたくなっていた。もともと幽霊の研究のための装置である。今はとても有意義な時間が流れている。
「いらっしゃいませ。あっ新堂さん。」
「こんにちは。」
「あら、今日は何かすぐれない顔してますね。」
「いろいろ考え事が多くて寝不足です。」
「また研究なのですか?」
「まぁ、研究といえば研究ですけど。ほぼ考察だけなのでねぇ。頭がパンパンですよ。」
「ここでゆっくりしていってください。いつものでよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
いつものカウンターの席で物思いにふける。この空間は本当に癒しである。この場所に来るだけで心が落ち着く。
「あっ、新堂さんいらっしゃい。」
「やぁ、さっちゃん。いつも元気だねぇ。」
「私は元気が取りえですから。新堂さんは今日は暗いですね。」
「寝不足でねぇ。少しここのコーヒーで眠気覚ましにってね。」
「新堂さんはコーヒーくらいでは眠気覚ましにならないでしょう。本当は私に会いに来たのでは?」
そういう彼女に笑顔を見せて
「ありがとう、元気をもらえるよ。さっちゃんは本当に良い娘ですねぇ。」
「本当、彼氏も新堂さんみたく優しければなぁ。」
「さっちゃん、彼氏いるんだ。」
「そりゃいますよ。良い年ごろの娘ですから。」
「若いって良いですねぇ。」
「新堂さんも頑張ればよいんですよ。」
「いやいや、私のようなオジサンはもう無理ですよ。」
「そうですねぇ、新堂さんだったらパパ活女子に騙されそうですね。」
「いやっ、もっと無理ですよそんなの。」
他愛もない話をしていると頭の中がだいぶスッキリしてきた。やっぱりこの場所は癒しである。
「あっ、おかえり」。
「今日は出掛けないのかい?」
「これから友達とカラオケ行ってくる。帰り遅くなるからご飯いらないから。」
「わかりました。気を付けてくださいね。」
「また敬語になってる。娘に対して敬語ってやっぱり変よ。」
「いやいや、もうこれは癖みたい。気にしないで。」
「やっぱりパパは変人ね。」
「それは認めます。」
ここでも他愛もない会話。それが当たり前のように続いている。研究に没頭している時にはありえないものである。あの赤い幽霊とかかわることにより私も変わってきている。あらためて実感する。もともと人との関わりに対して無頓着であったから、ここまでじっくり人と(幽霊ではあるが)関わってきたのは久しぶりである。その影響が大きいのだろう。
「じゃっ、行ってくるね。」
「はい、気を付けてね。」
「大丈夫よ。」
「いや、女の子の独り歩きは本当に心配だから。」
「またぁ、子ども扱いしなくても良いよ、気を付けるから。」
「はい、わかりました。行ってらっしゃい。」
娘を送り出ししばしぼんやりする。今日はすごく充実している気がする。研究に対しても時間が経てば色々わかってくるだろう。何か吹っ切れた感がある。
『何とかなるだろう。』
たぶんすべては良い方向に進んでる。そう信じるしかない。未来などわからない。やれることをやるしかないのだろう。
『今日の夜もみなとさんと話すか。時間はたっぷりある。』
夕飯を食べてしばらくしてから部屋に入る。娘はまだ帰ってきていない。部屋に入るとゆっくり装置のスイッチを入れる。いつものようにそこには赤い幽霊がいた。赤い幽霊はいつもそこにいる。その安心感からかとてもいとおしく感じる。そしていつものようにその幽霊の頭にそっと手を当てる。
『やぁ、みなとさん。いかがですか。』
『あっ来てくれたんですね。良かった、話したい事がいっぱいあるんです。私部活に入ったん
です、吹奏楽部。そこでサックス吹くことになったんですよ。』
『すごいですねぇ。音楽は良いですね。私もよく音楽は聴きます。どんな曲を演奏しているのですか?』
『今はほかの部活の大会の応援のための曲をいっぱい覚えて大変なんです。そしてそして、なんと私に友達が出来たんですよ、だから楽しくて。でもそのおかげでいろいろな人間関係とかがあってそれも大変。』
『人間関係は本当に大変ですよね。大人になってもそれは続きますからね。今のうちにいろいろ経験を積んでおくのも良いですよ。特に人を良く観察してください。それぞれがそれぞれの考えを持ち、いろいろな判断をしていく。その意図をつかんで自分の判断をする。少し難しいですが経験を積むのは大事です。これからの人生、何があるかわからないのですから。そして自分に合った縁を選んでくださいね。縁は人を変えます。良縁は幸せを、悪縁は不幸を。縁ひとつで人生が大きく変わります。』
『私には少し難しいです。でもきちんと頭に入れておきます。でも本当に嫌な人はいますよ。自分本位でわがままな人とか、恋愛しか頭にない人とか。でもあなたの言うことからすれば、その人たちも色んなこと考えているんですね。そう考えると少し面白いかも。』
『人の振り見て我が振り直せ。人間観察の基本です。いろんな人を見てください。同級生や先輩だけでなく、先生などの大人にも様々な生き方があるのですから。』
『そうなんですね。それぞれの生き方。私も親には見放されているけどあなたのおかげでこうして生きていられているんですものね。普通だったらグレて夜遊びとかしちゃいそうですもの。』
『女の子の夜遊びは危険がいっぱいです。せっかく掴んだ良縁も無駄になってしまいます。掴んだ良縁は大事にしてください。』
『はい。後まだ話したいことがあるんですよ。私バイト始めたんです。部活の休みの時だけなんですけど。そこの先輩たちは良い人ばかりでいろいろ教えてもらっています。』
『仕事ですかぁ、それも良い経験ですね。若くしていろいろ経験積むことにより今後の生活も変わっていきます。この先、結婚して子供が出来た時に子供にその経験を教えることが出来るのですから。今のうちにいろいろ経験してください。嫌な思いもするかもしれませんが、そのような人もいる事を実感してください。』
『本当にためになります。初めは神様かと思っていたけど、最近はお父さんに思えてきました。私お父さんのこと知らないからとても嬉しいです。』
『今度はお父さんですか。私は本当に大したものではありません。あまり信用しないでください。』
『いえ、私には大事な存在です。今まできちんと見てくれている存在。夢の中でしか会えないけど、きちんと起きても覚えている。だからこれからもきちんと見ていてくださいね。』
『私なんかで大丈夫ですか。そのうち私の存在はいらなくなるかもしれませんよ。』
『それは絶対にないです。だからまた来てくださいね。絶対ですよ。いなくなるのだけはやめてください。』
『はい、わかりました。そしてありがとう、そこまで言ってくれて。その言葉が私の生きがいになりそうです。では、また。』
『今日も来てくれてありがとう。また来てくださいね。絶対ですよ。』
『大丈夫です、また来ます。では今日はこの辺で。』
幽霊から手を離すと
「にゃ~」
猫が膝の上に乗って来た。
猫を撫でながらまた物思いにふける。
「なぁみーちゃん、このまま研究進めてもいいのかなぁ。」
「にゃ~」
わかっているのかわかっていないのかはわからないが返事をする猫。初めは幽霊の研究だと思っていたのが、実はその相手が人であった。そしてその人の人生に大きく関わってしまった。こんな私が。
膝の上で猫が伸びをして私の口の周りをぺろぺろ舐める。
「なんだよ、心配してくれるのか?」
人通り甘えてから膝の上から飛び降り、部屋を出ていく猫。
『もう後戻りはできないのかもしれない。』
ある程度覚悟を決めていた。そしてもう私の中でも彼女の存在は大きなものになりつつあった。彼女に影響を受け、また惹かれていった。彼女の今までをゆっくり振り返って、立派に成長する姿をまざまざと見せつけられていた。実の娘の時はほとんど妻に任せていたため気づかない発見や喜びを今体験している。今後彼女はどのような人生を送っていくのか、実の娘より関心を持つようになっていた。
『私ももっとしっかりしなきゃ。』
彼女に頼られる存在として自分ももっと成長しなくてはいけないと思い始めていた。そのため、新しい知識や情報を取り入れ、若い子が何を考えているのか娘やさっちゃんに聞くようになった。そのおかげで私の周りもいろいろな縁が出来始めていた。
「ただいま~」
いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。
「おかえりなさい。女の子の夜遊びはほどほどにしてくださいね。」
「おっ、なんか親らしいこと言ってる。ほんと最近のパパは良い感じねぇ。そういうの好きよ。」
「親をからかうんじゃないです。でもすずはママ似なのかねぇ。シッカリし過ぎてる。」
「パパに似なくて良かったと思ってるよ。」
「それは同感です。」
「でもパパは色んなこと知ってるから頼りにしているんだからね。」
「いやいやオジサンの知識は大したことないよ。あまり信用しちゃいけないよ。」
「またまた~知っているんだからね。そう言って人より自分が劣っていると思って謙遜ばかりしていたら会社でも馬鹿にされるよ。」
「大丈夫です、もう馬鹿にされているから。」
「会社、クビにならないでよ。」
「本当にクビにならないのが不思議ですよねぇ。今まで大丈夫だったから何とかなるでしょ。」
「そういえば私バイトしたいんだけど良い?」
「えっ、良いですけどどうしたんですか?」
「そろそろ私も社会勉強でもしようかなって。」
「わかりました。あてはあるのですか?」
「友達が紹介してくれるって。後は親の承認得てくださいって。よしっ、また忙しくなるぞ~。」
娘もいつの間にか大人になっていく。それぞれの成長。私の楽しみが増えていく。