はじまり
パラレルワールドの赤い糸
「こら~~!早く起きろ~~!このくそ親父!」
朝の準備をしながら部屋に入ってきていきなり怒鳴り散らしている。
「また、変な研究して夜遅くまで起きてたんでしょ。そんなことしないできちんと働いてよ。だからママに逃げられるのよ。」
ママという言葉を聞き急に反応をしてしまう。
「ママ~~もう一度顔を見たいよ~~。」
過去を思い出して思わず涙ぐんでしまう。
「もう面倒くさい親父、早く起きて仕事行く準備してよ。こっちも学校行かなきゃいけないんだから。」
部屋を出てまた朝ごはんと弁当を作りに台所に向かって行ってしまった。
妻が出て行ってからもう3年、まだまだ忘れられない。私の不甲斐なさが原因ではあるのだが、本当に悪いことをしたとずっと後悔ばかりでいる。家族を顧みずに変な研究ばかりして苦労ばかりかけていた。娘は私が一人だと生きていけないと子供ながらに私のもとに残ってくれた。そんな子供の想いにも応えられず、意地になって研究に最近は没頭するようになった。でも仕事はきちんと行っている、ほぼ窓際ではあるが。それも拍車をかけているのかもしれない、研究が成功して世間に一泡吹かせてやりたいと思ってしまう。
仕事に行く準備をしながらリビングに出ていく。
「まったく、いつまでもそんなんじゃ私ひとり立ちできないじゃない。もっとしっかりしてよ、本当にくそ親父になっちゃうよ。せめて自分のことは自分でしてよね。」
朝食を出して弁当まで準備してくれる、本当にできた娘である。
「じゃあ、私学校行くからね。きちんと仕事行って稼いできてよ。一応私進学したいんだからね。」
もう朝ご飯は食べ終わっていたみたいで私の起床を待っていてくれたみたいだ。
『本当にダメ親父だなぁ、もう少しきちんとしないとなぁ。』
娘が用意してくれた朝食を食べながら自分の不甲斐なさを感じ落ち込んだ。
私は幽霊の存在を信じそれを証明したくずっと研究をしていた。ある時、幽霊の正体の物質が磁素ではないかと思い、生体磁気を可視化しようといろいろ試行錯誤をしてもう少しでその装置が完成しそうなのである。ただその代償はかなり大きいものであった。でもこれを完成することによりすべてが報われる、ただその想いだけで突き進んできた。きっと何かが変わると信じて。
食器をシンクに入れ、弁当をカバンに入れる。いやいやではあるが会社に向かう。いつもの日常の始まりである、何も変わらない何も刺激のないただ時間が過ぎるだけの日常。
「おかえり、きちんと会社行ったみたいね。とりあえず良し。もうそんなに研究してなんになるの?そろそろ辞めたら、体持たないよ。もう若くないんだから、もうすぐ50よ、アラフィフよ。普通なら第二の人生について考えたりする歳よ。もう少し自分を大事にしなよ。いつまでも私はそばにいないからね。」
「わかりました~、でもオジさんは研究が楽しいから良いのよぉ。それにきちんとお前の学費分は稼いでいるし、そんなに心配しなくても大丈夫。」
「研究、研究っていつになったら完成するのか。私の物心ついた頃にはもう始めてたから10年以上やっているんでしょ。本当に出来るの?」
「もう少しなんだ、後はモニターに映すためのソフトウェア部分だけ。本当にもう少しなんだ。だからオジさんにもう少しだけ自由にさせてください。すずには本当に苦労かけたと思っているけど我慢してください。」
「私は小さい頃からずっとそうだから慣れているけど、出ていったママは絶対に許さないよきっと。パパのことを私が生まれる前から信じてきた人なんでしょ、その人のことをないがしろにしてきたんだからね。」
またママの言葉に反応して涙を流している私を見て
「そんなに想っていたのならなんで気づかなかったのよ、ママの想い。わかったからきちんと完成させてよ。
さぁご飯支度は今日はパパの番だからね、食材は結構あるから適当に作ってよ。私は勉強してきま~す。」
そう言って部屋に入っていく娘、ゆっくりと夕飯の準備を始める私。
『あと少し、本当にあと少しなんだ。みんなごめん。』
その夜も遅くまで研究をして寝落ちしてしまっていた。
『良し、これで大丈夫だろう。』
休日の朝、研究の締めの作業、やっと終わる。
『長かった、本当に長かった。すべて失った。すべてこれのせい。でも後悔はしない、したくない、この結果でこれからはまた元通りになる。』
装置が完成しまずは検証実験。
『生体磁気なら生きている者にも反応するはず。』
装置のスイッチを入れカメラをペットの猫に向けてみる。後はモニターに影が映ればひとまず成功。モニターのスイッチをオンにして確認する。ものすごくドキドキする。恐る恐る画面を見る。
「やったー!」
そこにはきちんと猫の形をした影が映し出されていた。今度はカメラを自分の方に向けてみる。そこにもきちんと人間の形をした影が映し出されている。
知らず知らずのうちに涙が流れてきた。年を取ると少しのことでも涙が出るようになってきていたが今回は特別、流してもよいだろう。
『良し、とりあえず実験の第一段階は成功だ。後はこの影が生き物のいないところで反応してくれてなおそれが何らかの形や動きがあれば幽霊の可能性が出てくる。』
とは思ったが、とにかく嬉しい。装置に肩掛けを付けて肩に掛け、カメラを片手にもう片方にモニターを持ちリビングに向かう。
「おはよう、珍しいじゃない、起こされないなんて。って何持っているの?」
「すず、やっと出来た。やっと出来たんだよ。これ見てくれよ。」
そう言って娘にカメラを向けモニターを彼女に見せる。そこに映る人の影。それを見た彼女は
「何それ、ただのカメラじゃん。そんなもののために今まで時間を費やしてきたの?ほんとママが報われないわ。朝ごはんどうするの?今日休みでしょ、私はこれから遊びに出かけるから適当に自分で用意してよね。やっぱりこんなだからママに逃げられるのよ。」
「えっ、それだけ。」
「何?いいからせっかくの休みなんだからゆっくりしなよ、最近ずっと研究で寝てないんでしょ。じゃっ、いってきます。」
玄関に向かい出ていく娘、それを見ていると足元に猫がすり寄って来た。
「まぁそんなものだよな、みーちゃん。お前はずっと見ていてくれたもんなぁ。オジさん頑張ったよな。うんうん。」
とりあえず装置を部屋に戻し、猫のご飯をあげ自分のご飯も用意してゆっくりする。朝ご飯を食べながら今日の予定を考える。すぐにでも装置の実験成果を確認したいが幽霊なんてどこにいるかもわからない。まして影が映っていてもそれが幽霊である証拠を探すのも難しい。
『ゆっくり行動するかぁ』
そう考え昔妻とよく言っていた喫茶店のことを思い出し行ってみようかと思い始めていた。
岬の外れにあるお洒落なジャズが流れる喫茶店、よく妻と来ていた馴染みの場所。久しぶりに足を運んだ。
「いらっしゃいませ、あらっ久しぶりではないですか新堂さん。元気でしたか、今日は奥さん、一緒ではないのですか。」
「こんにちは、久しぶりです。いやぁ、妻とはもう別れまして…」
「えっ、すいません余計な事。」
「いえ、大丈夫です。でもよく覚えていてくれましたね。嬉しいです。」
「そりゃ覚えていますよ、結構な頻度で来てくれていましたから。最近来られなくなって心配していたのですが、まさか…」
「まぁ仕方がなかったので。」
「あぁ新堂さん。久しぶりですぅ。元気でしたかぁ。」
奥から元気な声を出しながら出てくる少女。
「やぁ、こんにちはさっちゃん。久しぶりです、看板娘はやっぱり明るいですねぇ。」
「いつもので良いですか?」
「えっ、覚えているの?ありがたいですねぇ、お願いします。」
いつものカウンターの席に座りコーヒーが出てくるのを待つ。いつ以来だろうこの店に来るのは、妻と別れてからずっと来ていなかった。思い出すのが辛かったから。なんで急にこの店に来たくなったのかはわからないがいろいろひと段落着いたからだろう。
「娘さん大きくなったのではないですか?」
「はい、もう16になりました。今ではただの口うるさい子供ですが。」
「あらっ、奥さんに似てないですね。奥さんはおとなしくて上品な方でしたものね。」
「いえ、家では今の娘と同じでしたよ。」
昔を思い出しては涙を流していた私がこのように話せるのに少しびっくりしている。
「そうなんですか?想像できない、猫かぶっていたのですね。」
昔のように気軽に話してくれているのが物凄くありがたい。出てきたコーヒーに砂糖を二杯入れ少し冷ましてから飲むのが私の飲み方だった。カウンターから見える海がきれいでとても落ち着く。いつまでも居られる空間、そして何よりも温かく迎えてくれる店員たち。ぬるくなったコーヒーを飲みながら妻と来た時のことや別れてからの日々などを思い出していた。
『あの研究のためにすべてが変わった。本当に良かったのだろうか。私の探求心だけでずっと走り続けてしまった。周りなど何も見ていなかったなぁ。だから絶対この成果だけは世に出したい。そうすればまたすべてが変わるはずだ。』
コーヒーを飲み終わりお替りするか迷っていると
「いつものようにお替りしますか?」
さっちゃんが声をかけてくれた。
「じゃっ、もらおうかな。本当によく覚えていてくれてうれしいですよ。すごく久しぶりなのに。」
「そりゃ覚えてますよ、みんなで良く盛り上がっていたから。ずっと来られていなくて心配していたんですよ。」
「ありがとう、少し家にこもっていたんでね。でももう大丈夫、これからは以前と同じようにここに通うよ。」
「えっありがとうございます。新堂さんの話面白いから好きなんですよ。特に幽霊の話をすると止まらなくなっていましたから。」
お替りのコーヒーにまた砂糖を2杯入れしばらく待つ。
「新堂さんまた通ってくれるんですか?ありがとうございます、ここでゆっくり過ごしていってくださいね。」
「ありがとうございます、本当にここはのんびりいろいろ考えることのできる場所です。おかげですべてが終わってすべてが始まります。」
「また新堂さんの訳のわからない会話が始まりましたよ。これを理解できたの奥さんだけですものね。」
「もう居ませんがね。って思い出させないでくださいよ。」
このように元妻のことを笑いながら話せることに本当にびっくりしながらコーヒーを飲み、会話を楽しむ。懐かしい感覚を感じながらゆっくりな時間を過ごした。
「そういえばこの辺で幽霊の出る場所とか知りませんか?」
「えっ新堂さんまた幽霊ですか、さっちゃんなんか知ってる?」
「少し離れた廃校が良く心霊スポットになっているって話ですけど、新堂さん幽霊話だけでは物足りなくなったのですか?」
「えぇ、実際に見てみたくなりましてねぇ。」
「あらっ、本当に幽霊好きなんですねぇ。」
「そのうちびっくりさせますよぉ。」
「なんだかわからないけど楽しみにしてますね。」
また来店することを約束して家路につくことにした。
家に着くとすずはもう帰っていた。
「おかえり、どこ行ってたの?珍しいね休みに出かけるなんて。」
「うん、喫茶店に行ってた。」
「えっ、あの喫茶店?」
「そう。」
「よく行けたねぇ。大丈夫だったの?」
「もう大丈夫よ。今日ちょっと夜出かけてくるから気にしないでねください。」
「えっ、どこに行くの?夜出かけるなんてもっと珍しい。本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと実験ですよ。まぁいつものことですから。」
「まぁ大丈夫ならいいんだけど。」
部屋に戻り装置を改めて眺める。
『今夜の実験で本当に確証できるのだろうか。大丈夫、全てをかけた研究。信じよう。』
今日の夕食当番が自分であることに気が付き台所に行き準備をする。
夕ご飯を食べてしばらく休む。すごく緊張している。いよいよ実験の時間が近づいている。後は自分を信じるだけ。装置を肩に掛けて他はカバンに入れて出かける準備をする。
「少し出かけてくる。」
「うん、わかった。気を付けてね。」
家を出て喫茶店で聞いた廃校に向かう。実際心霊スポットと言われていても幽霊が出るとは限らない。居なかったら実験も何もあったものではない。しかしやらないよりはましである。それに今日がダメでもまた違う日に挑戦すれば良いだけだ。
もうあたりは真っ暗である。夜の廃校はやはり雰囲気がある。心霊スポットといわれるだけある。しかし結構荒らされている。校舎の前まで来て装置をセットする。いよいよ実験である。あたりには誰もいない。装置のスイッチを入れカメラを校舎の方向に向ける。モニタの電源も入れ、のぞき込む。恐る恐るモニターを確認する。そこには何やら人のような影がいくつも映しだされている。
『これはやっぱりあれだよな。絶対そうだ。本当に幽霊は居たんだ。これが世に出れば今までの常識が覆る。やったー!本当に出来たんだ。』
興奮する気持ちを抑えながらカメラをあちらこちらに向けていく。そこにはゆらゆら動く人影らしきものがたくさんいる。
『幽霊ってこんなにたくさんいたんだ。ただ見えないだけで、しかしこの幽霊たちのいる所はこの現実なのだろうか。姿が見えないだけで本当は違う次元の、そうパラレルワールド的な場所に存在しているのではないだろうか。もしそうならこの磁気を可視化して見えるってことは磁素自体がこの世に存在しないものなのかもしれない。』
そんなことを考えながら廃校の周りをうろうろと装置を持ちながら歩き回っていると、そこに周りの人影とは少し違って映る影がある。何だろうと思い近づいてみる。その影はほかの影より赤みがかって少し小さい影である。何を思ったのかその影に近づきモニターを見ながら触れようとした。そして触れた瞬間、様々な感情がとめどなく私の中に入り込んできた。喜怒哀楽全ての感情。明らかに私のものではない、自分の今の感情とは全く違うものが胸の中に入り込んできた。はっ、と思い手を放す。しかし胸の中の感情はまだ残り暴れている。その苦しさからその場にうずくまって治まるのをしばらく待っていた。気づいたら涙があふれるように流れていた。だいぶ治まったところでその場に座り込みモニターを見てみた。モニターには私のそばにたたずむように立っている赤い影。
『何だったんだあれは。ものすごく悲しい感情と不安。自分の感情とは明らかに違った。これはこの幽霊の感情なのか?幽霊には感情が残っていて、その感情が触れることによりこちらに流れてくる。これはこれで研究の余地はありそうだ。』
胸の中のものの整理がついて来てしばらく幽霊について考える。幽霊はこの現実のものではなくまた感情が残っている。すなわち幽霊は心に似た存在なのかもしれない。心が肉体を分離しこの現実とは違う次元に行きそことこの現実がつながっている。要はパラレルワールドの入り口なのかもしれない心というものは。いろいろと考えているうちにだいぶ時間がたっていた。
『そろそろ帰るか。』
装置を片付け家路につく。家に帰るとすずはもう部屋に入り自分のことをしていた。まぁうちは個人個人自由な家庭である。それぞれのことは気にはするがあくまでもノータッチ。気にせずに私も部屋に戻る。部屋で装置をもう一度起動してみる。あれだけあの場所に幽霊がいたのだから部屋にも一人くらい幽霊がいてもおかしくない。モニターを確認しながらカメラで部屋中を見渡した。部屋の中には幽霊らしきものは見えなかった。ふと自分の身の回りのカメラを向けるとそこには先ほど見たのと同じような赤い小さな影がある。もしかしてと思いまた恐る恐る触れてみる。すると先ほどと同じ感情が胸の中に流れ込んできた。衝撃は先ほどではないが間違いなく先ほどの幽霊である。
『憑かれたのか?』
でも体も心もどうにもなっていない。
『とりあえずこのままでよいか。』
昔から幽霊が好きでここまで研究した身、幽霊に憑かれることも興味でしかない。
『この幽霊と会話はできたらどんなに楽しいだろう。』
そう思い赤い影の頭らしきところを撫でてみる。
『ありがとう、ありがとう。どうか私を助けて。』
びくっとして手を放す。
『今のは幽霊の声?』
もう一度今度は手のあたりを触ってみる。
『温かい手、私を放さないで。お願い。』
そっと手を放す。
『やっぱり幽霊の声だ。それも助けを求めている。もしかして幽霊の望みを叶えることでこの幽霊は成仏するのか?』
少し考えてから幽霊に触れながら
『大丈夫、君を助けるよ。安心していろいろ話してごらん。』
心の中でその幽霊に話しかけてみる。
『ありがとう、私はずっと一人。お腹は空くし寂しい。どうか助けてください。』
幽霊からの返事が胸の中に返ってくる。
『これは画期的だ。霊能者と呼ばれる人は幽霊と会話するって聞くが、このように聞こえるのか。すごい、本当にすごい。感動しかない。まさか幽霊と会話できる日が来るなんて。』
うれしくなってこのまま幽霊と会話しようとしたが気づけばもう朝方になっていた。今日も仕事である、さすがに仕事は休むわけにはいかない。まだまだ幽霊と話したいが今日は寝ることにしよう。そう思い
『今日はこの辺で、また話を聞かせてくれませんか?』
と幽霊に触れ話しかける。
『また話聞いてくれるのですか?うれしい。私はずっと待っています。私はみなと、水島みなとです。覚えてください。お願い、忘れないで。』
『大丈夫、みなとさんまた今夜話をしよう。私も楽しみだから。』
『うれしい、本当にありがとう。』
そこまで聞いて装置の電源を切った。興奮気味ではあるが今日は気持ちよく眠れそうである。そのままベッドに入るといつの間にか眠りについていた。