SPELL 8
馬車は滞りなく門へとたどり着いた。
ここを抜ければ草原が広がり、小さな町々をつなぐ細い道が続いている。
あともう少し…。
私は止まった馬車の先に居る二人の門番を見つめた。
「届け書を」
厳つい鎧を身にまとう門番がおっちゃんに手を差し出した。
おっちゃんは懐をまさぐり一枚の紙を取り出すと、門番へと渡す。
届け書は城下町に入る際に、門で受け取る紙だ。
それは出るときにも必要だった。
そして無言のままそれを一通り目を通すと、軽くうなずいた。
「良し、通って構わん」
「御苦労さん」
なんて簡単な出門。
犯罪者だってこれじゃ簡単に逃亡出来るってもんだ。
おっちゃんは手綱を握り動かすと、馬は静かに歩きだした。
私は安著のため息をつく。
その時だった。
「待て」
門番が馬車を止める。
血の気が一気に引いた。
「そいつは何だ?」
私へ近づく門番。
鎧で顔が見えない物の、訝しんでいる空気がひしひしと伝わる。
おっちゃんは振り返る。
「何だよ、いつもは身元確認なんてしねえじゃねーか」
「今回は特例だ。城からのお達しでね」
「若い男は通すな、との事だ」
門番が手に持つ紙に、きっと私の特徴が書いてあるのだ。
紙を見ては、私を見る。ああ、どうしよう。
「男?何を抜かす。よく見ろこの立派なレディを!」
おっちゃんは門番に怒鳴りつけるように声を荒げた。
私は肩を揺らすが、門番はそれ以上に驚いたようだ。
視線が私に注がれ、何だか気恥ずかしくなり思わず俯く。
「オレのかわいい姪っ子によくもっ」
「や、止めておじさん!良いの…」
女は生まれながらにして女優とは、正にこの事だなと私は思った。
ただ単に驚きから素が出てしまっただけなのだが、門番たちから見たら私は立派な一人の女だった。
「う、うむ。失礼した!開門!」
二人は敬礼をし、門を開ける。
「道中お気をつけてー」などと後ろで声がした。良い人たちだ。
無言のまま馬車は進む。
ホー、ホー、とフクロウの鳴き声がどこからか響き渡る。
「…あの、さっきの」
「ああ、悪かったな。女なんて言って」
「え、あ、いえ」
何だ、女と気付いていたわけじゃなかったのか。
「それにしても迫真の演技だったな、あんちゃん」
「本当に女かと思ったぜ」そう言うと、おっちゃんはガハハと笑った。
私も釣られて笑う。
「あんちゃん、名前は?オレはジャブってんだ」
何だか強烈な一撃がお見舞いされそうな名前だ。
強面な見かけと言い、名前負けしていない。
「―――ココと、言います」
「ココ!こりゃまた可愛い名前だな!」
「言わないでください」
ガハハと再びおっちゃんは笑う。
良く笑う人だ。夜の静けさの中で笑い声が反響する。
それは煩わしいものではなく、どこか落ち着くものだった。
「街までもう少しかかる。寝てな」
前を見たまま言うおっちゃんに、「はい」と小さく返事をする。
振り返った先にある、ジェクサーが守る城。
未だに灯が瞬き、巨大な塀で囲まれるその光景は圧巻だ。
しかし少しづつ離れて行くたびに、まるで幻を見ていたかのように霞んでいく。
体のどこかに付いていたのか、一枚の花弁が宙を舞う。
ひらりとそれは夜の空に消えて行った。
もう起きよう。
終わることのない夢から目覚めよう。
ここは夢の中。私は第三者として物語を傍観しよう。
私は夢から覚めるために、静かに瞼を閉じた。