SPELL 7
ガタゴトと荷台が揺れるたび、私の体もぐらぐらと揺れた。
車輪が時折石を踏み、ガタンと大きな音がして私の身体は一瞬浮きあがり尻を強打する。
うう…、と若干涙目になりながら、長閑な風景を見ていた。
「おう悪いなあんちゃん。そこ居心地悪いだろ?」
がたいの良いおっちゃんが、馬の手綱を握りながら振り返る。
その顔は若干楽しそうに笑っている。
きっと私がなよなよしく涙目になっているからに違いない。
くそう。
「いえ。いい揺れ心地加減です。だから眠くて眠くて…」
欠伸したから涙目なんです。そう私はアピールをする。
おっちゃんはガハハと笑い(何が面白いのだろうか)、「そうか、そうか」と言いながら向き直った。
馬は返事をするように、ブルルと鳴く。
カポカポとひずめの音が私の耳に届き、あまりの平凡さに少し笑った。
街から出るとき、私は馬車の待機所へと向かった。
そこで所謂ヒッチハイクをしようと思ったのだ。
しかし狙い目は堅苦しい商団体ではない。
辺りを見回すと、立派な馬車が横一列で並んでいる。
良く分からない紋章が、一台一台の荷台を囲う布にプリントされている。
いや、これは手織りだ。うわブルジョア、と思いながらそれらの馬車を避けて歩く。
そんな煌びやかな馬車の物陰に隠れるようにしてあった、一台の小さく古い馬車。
多くの荷台だけが並ぶ中で、一つだけ馬が繋がれた馬車がポツンとあった。
荷台は風晒しになっており、同乗させていただくには不向きだろう。
馬は地面から私に視線を映した。耳をぴくりと動かし、ぶるると低く鳴く。
馬を見つめていた私の背後で、誰かの気配がした。
ゆっくりと、しかし確かな足音が私の耳に届く。
「よう」
振り向くと、若くはないけれど老いても居ない。
ひげ面で年齢が読みにくい男がそこに居た。
太い腕で頭を掻きながら、気だるそうにそいつは言った。
「おれの馬車に、何か用か?」
一般庶民の服装。きっとこの人も、女神を見にきた群衆の一人だ。
「あの、無理を承知でお願いがあるんです」
賑やかな街並みが戻りつつある今、ここで時間を食っているわけにはいかない。
あのジェクサーのことだ。一時間もしない内に城門を閉鎖し、馬車の行き来を禁止するだろう。
絶対とは言えない。けれど逃れるに越したことはない。
捕まるわけには、いかないんだ。
「お願いです、馬車に…。馬車に乗せていただけませんか?」
私を見定めるかのような視線から逃れるため、私はもう一度「お願いします」と頭を下げる。
一拍置いて、男はふっと笑った。
ひげで良く見えないけど、確かに笑ったと思う。
「良いぜ」
「あ、ありがとうございます!」
立派な馬車の方が寝心地も良いし、快適な旅を迎えられるに違いない。
でもそれじゃダメなんだ。
商団体は乗る際に身元確認をされる。
行き先も決まっているので足取りが掴みやすい。
村からやってきた馬車はそれと違い、入門手続きもおざなりだ。
荷物を確かめるだけという手続きはそれで良いのかと思わせる。
そう、だから例え楽じゃない旅でも、私は目的のために辛い道を選ぶ。
「悪いけど、今すぐ出るんだがね」
「構いません、勿論」
「そうか、じゃあ乗りな」とおっちゃんは騎手席へと乗り込む。
そこは一人席だから、私は荷台へと飛び乗った。
荷台には少ない物資が乗せてある。
私はそれを動かさないように座り込んだ。
馬車はゆっくりと動き出す。
大通りから一本逸れた道を走っているからか、人通りはまだ少ない。
けれど時折見かける人の顔は満足そうな笑みをたたえている。
花の香り、舞散る花びら、丸い月。
幻想的なその光景を焼きつけるように見つめ、私は瞳を閉じた。
彼を塗り替えてしまおう。
銀色に輝く彼を、この色とりどりの幻想的な風景で塗り替えてしまおう。
動きだした馬車の揺れに身を委ねるように、私は腕に抱くバックに顔をうずめた。