SPELL 5
「本当に行っちまうのかい、シン?」
店長は気持ちの揺るがない私に、幾度も問いかける。
「はい。店長、短い間でしたがありがとうございました」
貴方がいなかったら私はのたれ死んでいた。
この世界に来て孤独に震えた私は、貴方の笑顔に何度救われただろうか。
「感謝しても、しきれません…」
小さなボストンバック一個が、ベッドの横に置かれていた。
今日私はここを、旅立って行く。
夜の帳が落ち、賑わいが一層増した城下。
女神が民衆の前に姿を現す場所は、特別に設置された舞台の上だ。
舞台と言っても学芸会のような舞台ではなく、見上げなければ見えず、大理石などで作られたものである。
それは遠くに居る者でも見れるようにと、城からの考慮だった。
花の匂いが充満するここは、まるで幻のようだ。
月明かりの下、照らされる花々。
風に舞う花びらに誘われるようにして歩く人たち。
「ああ、星が、綺麗だ…」
天の川が、空いっぱいに輝いていた。
リンと澄んだ鈴の音が民衆をかき分け響き渡る。
賑わっていた街並みは一瞬にして静まり返った。
とうとう、女神がお披露目されるのだ。
リン、リン、リン。
舞台の上で舞が始まる。
幻想的なその光景にしばし見惚れる。
軽やかに踊る踊り子の間から、一人姿を現した。
「ああ…」
そう呟いたのは周りに居る誰かか、それとも私か。
幾重にも重なったレースの服を、風に舞わせ少女は笑う。
リン、リン、リン。
踊る、少女は踊る。
その傍らに、ジェクサーを見た。
愛おしそうに、彼女を見つめていた。
「…ジェ…」
無意識のうちに彼の名前を呼ぼうとしていた。
急いで口を両手で覆う。
駄目!言っちゃ駄目!
瞳から涙を溢れさせながら、一歩後退する。
霞む視界の中で、ジェクサーと目があった気がした。
ああ、いけない―――。
ジェクサーは近くの兵士に何かを言うと、舞台袖から姿を消した。
ああ、早く…、逃げなければ!
涙を頬に伝らせながら踵を返すと、私は人ごみをかき分け走り出した。
人にぶつかっては謝るが、誰も私に見向きもしない。
皆、舞台上の彼女に夢中なのだ。
私なんてこの世界に存在しないかのように、皆立ち尽くしてた。
逃げ出したい、早く、ここから消えてしまいたい!!
両手で抱えるボストンバックが邪魔で仕方がない。
祭りが終わると同時にこの街を出る馬車がある。
それに乗せてもらおう。
向かう場所はどこでも構わない。
ここじゃない場所なら、どこでも…。
「シン!」
――――神様、貴方は本当に残酷ね。