SPELL 4
女神祭まで、あと残り一日を切った。
明日の夜に女神際は行われる。
店は臨時休業にすると店長が言っていた。
だから明日は一日自由になる。
本番を翌日に控え、城下の盛り上がりはピークに達していた。
壁を一枚隔てただけなのに、どうしてこうも、こちらは静寂に包まれているのだろう。
こぽこぽとコーヒーが落ちる音だけが、私の周りに満ちていた。
カランカランと扉に付いているベルの音が鳴る。
それと同時に、わっと喧騒が店内に漏れ込んだ。
ああ、やはり、彼は向こうの世界の住人なのだ…。
「相変わらず人がいないな」
男は店に入るなり、失礼な言葉をいけしゃあしゃあと吐き捨てた。
私は「いらっしゃいませ」も言わず横目で一瞥するとため息を吐く。
「女神祭が明日だって言うのに、のんびりお茶をする人がどこにいる?」
ジェクサーは「確かにな」と大らかに笑った。
「ほら、座んな…、って」
後ろに隠れる小さな影。
私が気づいたことに気づいたのか、小さく体を揺らす。
ジェクサーは今思い出したと言わんばかりに、その小さな影をずいっと前に突き出した。
「きゃ」っと可愛らしい声が、目深に被ったローブから漏れる。
「ほら、挨拶しろ」
「わ、分かってる」
なんて、可愛らしい声なのだろう。
少女は小さな手でローブを脱いだ。
こげ茶色の髪の毛が、さらりとこぼれる。
「あの、あたし小日向美春って言います」
「異世界の女神さ。私も行きたい~って、聞かねえからさ」
困ったように頭を掻くジェクサーの横で、少女はローブを静かに脱ぎ始めた。
そこに現れた一人の女の子。
いや、もう女性に差し掛かっている年頃の乙女。
その洋服は見慣れた女子高生の服。
一瞬向こうの世界が見えた気がして、時間が止まっているように錯覚した。
「…初めまして、美春。僕はシン。この木偶の坊の話し相手に、よくさせられるんだ」
困った顔をして言えば、美春は面白そうにコロコロと笑った。
「おい、シン!変なことを言うな。ミハルも笑ってるんじゃない」
ジェクサーが怒ったように語気を荒げた。
しかしどこか優しげだ。
ああ、違う、彼女に対して優しいんだ。
「ごめんね、ジェクサー」
ジェクサー。
可愛らしい鈴のような声で、貴女は甘く囁くのね。
ジェクサー。
私が一生言えないであろう、その名前を。
「さぁ、二人とも座って。美春はココアで良いかい?」
「はい!嬉しい、ココア大好きなんです」
「お前は口に入れば何でも良いんだろう?」
からかうジェクサーに、美春は「もう!違うってば!」と怒り肩を叩く。
それでも二人は楽しそうで。
――――声が、遠い…。
幸せそうな二人に、私の心は涙を流す。
手には作ったばかりのレアチーズケーキ。
それを差し出し、笑顔で受け取る二人を見ながら、私は一人涙を流した。