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SPELL 32

聞こえた気がした。それは風に乗って私の耳に流れ込んできたのだ。弱々しい、寂しげな声で。


――――シンさん。


路地の街灯が揺らめいた。落ち葉が風に吹かれ、私の足元を駆け抜ける。甘やかな香りが後ろから流れ込み、私はその香りの元を視線で辿った。

少女は光の中に居た。赤く暖かな夕日の光を一身に浴びて、まるでその身から発してるかのように光り輝いていた。

私の名前を呼んだらしいその口元は、私と目が会うとキュッと一文字のように結ばれる。

大通りの中で立ち止まる少女を、通りを歩く人々は訝しげに見つめていた。

少女の足元には長い影が伸びていた。それはいくつもの影と交じり合い一つになっている。

…私と違って、貴女は確かにそこにいる。

いるはずなのに、どうして泣くことを我慢しているかのような顔をしているのか。

握るこぶしが震えていて、その姿がいつかの自分と重なり、私は無意識のうちにその名前を口にした。


「美春…」


美春の口角が上がる。目が細められ、満面の笑みに変わった。けれどそれは一瞬にして崩れ去り、大きな瞳からボロボロと涙があふれ出た。

その涙を見て美春も一人だったのだと、漠然と悟った。私と違って周りに人が居ても、それは彼女が女神として扱われていただけに他ならない。

どれほど寂しかっただろう。現代ならば、親元で守られるはずの女の子が、たった一人で…。


涙を流しながら笑う美春は鼻をすすった。女の子というより、幼い少女のようだった。

私がほんの少しだけ笑うと、それを見た美春はふっと肩の力を抜いた。

そして駆け出す。ためらいも無く、光の世界から影の世界へと踏み込んだ。美春を見ていた通りの人々は、何事も無かったかのようにその場から歩き去っていった。


美春は私の元へと駆け寄ると、あと数歩で触れられる距離まで近づき足を止めた。手で乱暴に頬を拭うと、「お久しぶりです」と言った。


「うん。久しぶり、だね…」

「シンさん。その服――――」


スカートに一瞬視線をめぐらせ、確かめるようにゆっくりと美春は呟いた。私はおどけた様に小さく笑った。


「女装してるんだ。似合う?」

「うそ」


考えるそぶりも泣く美春は即答した。え、っと小さく声を上げたら「すみません。だって」と声を上げた。


「あたし前から思ってたんです。でも今、確信しました」


美春の瞳は力強く私を見つめていた。


「シンさんは女性ですよね?」

「どうしてそう思ったの?」

「確かにあのお店では貴女を男性だと思っていました。でも今はどう見ても、どう見ようとしても女性にしか見えない」

「……」

「シンさんの本当の名前、何て言うんですか…?」


美春の額にはうっすらと汗が滲んでいた。汗で張り付いた前髪を私がそっと直すと不安げに見つめた。


「こころだよ」

「…こころ、さん?」

「うん」

「あと一つだけ。一つだけ尋ねて良いですか?」

「なぁに?」

「こ、こころさんは…、向こうの…、あたしと同じ、日本人ですよね」


美春の目は力強く私に向けられていた。美春の中では、もうその答えは一つだけなのだ。


「うん。そうだよ…」

「やっぱり!ジェクサーが言ってたんです。知らない言葉を言ってたって!」

「うん」

「それ日本語だし、シンさんの顔、よく見ると日本人っぽいし…」

「うん」

「ジェ、ジェクサーは馬鹿だから、そのこと全然気づかないし…っ!」

「うん…」

「それで…、それで…」


美春は口を開く。私の名を呼ぼうとしたのだろう、口を開き「こ…っ」と言うけれど、その名は喉で止まったらしく発せられることはなかった。

その瞬間、わっと美春は声を大きく上げ泣き出した。わんわんと泣くその様は、まさに幼い子供のようだ。

両手で顔を覆うけれど、指の間から涙が滴り地面に落ちる。私は美春の細い体を抱きしめた。


「ごめんね、ごめん一人にして。不安だったね…」

「うあぁっ、こ、心さん。あたし…っ」

「うん…。ごめんね、大丈夫。もう、一人じゃないから…」

「シンさんだけっ。シンさんだけが、心さんだけがあたしの名前、呼んでくれてた…!」

「美春…」


美春の腕が背中に回る。纏わり請うようなその腕は少し震えていた。

涙で視界がかすむけれど、泣くのは私じゃないような気がして唇をかみ締めた。

見上げた空は赤く、だんだんと藍色に変わり始めようとしていた。


***


泣き声が小さくなり始めたころ、美春が微かに身じろいだ。


「どうしたの?」

「…す、すみません。あたし、心さんの服…」

「え?…ああ。気にしないで」


胸元は涙で濡れていた。けれどそんな事はたいした問題じゃなかった。


「もう、涙止まった?」

「はい!」


目は赤くなっていたが、浮かぶ笑顔は腫れ物が落ちたようなスッキリとしたものだった。


「心さんは、これからどうするんですか?」

「私は…」

「本音を言うと、あたしは心さんと居たいです。でも、それは無理だって、分かってるから――――」


沈黙が辺りを包む。

二人落ち合って逃げたとしても、きっと私たちを見つけ出して連れ戻されるだろう。私とジャブ、そして美春たちが共に行動するなんてもっての外だ。

私があの世界に戻るためには何としてでもビンターへ行かなくてはいけない。けれど美春を置いていくのも憚られた。美春の気持ち、美春の弱さを知った今、誰が捨て置けよう。


「美春……」

「――――まぁ、出来なくもねぇんじゃね?」


突然振って沸いたその声に、私と美春は大きく肩を揺らした。


「だっ、誰!?」


美春は私を背に隠すように身を翻し、その影を睨み付けた。なんて頼もしいんだろう。威嚇する美春の頭に手をポンと置き、笑いながら「大丈夫だよ」と言った。


「ジャブ。何でここに?」

「ココがおせぇから宿に戻る途中だったんだよ」

「よく分かったね」

「分かるさ」


その言葉に私は微笑んだ。ジャリっとジャブが一歩歩み寄る。街灯に照らされた目元は心なしか赤かった。


「…心さん、彼は…?」

「私の連れ…、かな」


ジャブは目元にかかる黒髪を軽く手で直すと、その手を前に突き出した。


「ジャブだ。よろしくな、チビ女神様」

「ち…っ!心さんあたし嫌いです、この人!」

「まぁまぁ、落ち着いて」


握手を無視されたジャブは、その手で頭をガシガシと掻いて「がははっ」と笑った。


「デカ女神様とチビ女神様!こいつぁーご利益ありそうだ!なぁ、ココ!」


凍る空気。


「え……?」

「……」

「あ、あれ……?」


ジャブは肩をすぼめ「わ、悪い。流れ的にもう言ったのかと…」と呟いた。

今にでも落ちてしまいそうなほど美春は目を見開いていた。私は居た堪れなくて視線を逸らした。


「もう少し落ち着いてから言おうと思ったの。こんな形でごめんね…」

「女神って……」

「――――ごめん。ごめんね…」


泣くのは卑怯だと分かっていた。けれど謝罪の言葉を吐くたびに、涙は後から後から溢れとどまる事を知らなかった。


「ごめんなさい…」


あなたを巻き込んだのは、紛れもない私なのだ。











優しいあなたは涙を流す。

ごめんねとあたしに許しを請うた

はらはらと涙を流す泣き顔に

あたしはただただ見惚れるばかり


***


女で現代人だと気づいていた美春。

けれど女神とは気づいていませんでした。

落人は過去にも少なからず居るとは聞いていたため。

一人目の女神は城に現れず、存在も掴めなかった。

戦が無い現状とはいえ、獣は当然のように現れる。

中には獣に食われたと囁く者も居た。

噂に尾ひれが付き、中世的な男が描かれたアライブオンリーの手配書を見て城下の人は言った。

「消えた女神を国が探している」

少し俯いた影ある男の人物画。

中には人知れずひっそりと、その男の唇に指を這わす者も居た。


***

一人称

ココ→私

ジェクサー→俺

ジャブ→オレ

美春→あたし


ジャブの一人称を俺からオレに変えました。



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