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SPELL 29

話をしたいと言った本人が口を閉ざしたまま時間が経過していく。

何を言いあぐねているのか、気まずそうに俯き草原に座る己の足元を見つめていた。

私はもどかしい気持ちを抱きつつも、自分から話しかける勇気も無いので、二人の間には沈黙の空気が流れる。

ジェクサーが居住まいを正すたび私は肩を揺らし、私が風で乱れる髪を直すたびジェクサーは口を開くが目を逸らし口を閉じた。

それが幾度か続いた後、ジェクサーは呟いた。


「貴女を街で見かけました」


カサリと草が触れる音がした。ジェクサーが私のほうに顔を向ける。私は町を見下ろす振りをしてその視線から逃げた。


「お気付きでしたか?」

「いいえ。仕事をしていたもので、全く」


私の返事にジェクサーは少し言葉を飲み込んで「そうでしたか」と、少し残念そうに言った。

ジェクサーは近くに咲いていた小さな野花を一輪摘んで、指先で弄ぶ。青い花は空に解けそうなほどの鮮やかさだ。

言葉を捜す今の彼は城下の時の彼とは別人のようで、上手い対処が出来ずにいた。

白銀の髪も、燃え滾るような赤い瞳も、剣を振るうためにある逞しい体躯も彼のはずなのに。

今までに感じたこと無い二人の間に流れる空気に戸惑った。

何故だろう?


「お仕事は花売りを?」


ジェクサーの余所余所しい敬語が私を戸惑わせるのだろうか。


「そうです。まだ初めて間もないですが」

「花売り…。貴女に良く似合う」


それとも女として見られていることに戸惑いを感じているのだろうか。

スッと腕を伸ばし、手で弄んでいた青い野花を私の耳に優しく差し込んだ。

髪にジェクサーの節くれだった指が触れ、どうしようもない切なさが胸にあふれ出る。

そのまま髪を指で梳いて腕を下ろし「やはりよく似合う」と満足そうに笑った。


このまま本当のことを言ってしまえ。心の奥底でそう誰かが叫ぶ。

彼に会えば決心が揺らぐことは分かっていたはずなのに。いつもそうやって後悔する。

時折肌に触れる花びらの感触がくすぐったくて、もどかしい。

少し間をおいて「あの」とジェクサーが切り出した。


「貴女に……、その、双子のご兄弟が居たりしませんか?」


ドッと強く胸が脈打った。


「いいえ。私は一人っ子です」

「――――そう、ですか」


彼の横顔から見える悲しみ。それから視線を逸らした。


「そんなに私とご友人が似ているんですか?」

「ええ。瓜二つですよ」


何かを思い出したのかクツクツと小さく笑った。笑い声に釣られ顔を向けるとジェクサーがこちらを見ていた。

二人の視線が結びつき絡み合う。


「そう…。そっくりだ」


蛇のように絡みつく視線。顔を逸らせない。

嫌な汗が全身から吹き出る気がした。ああ、いけない――――!


「私、そろそろ戻ります」

「待って」

「ごめんなさい」


ジャブ、ジャブ!早くここから逃げ出したい!

立ち上がり足早に去ろうとする私の前にジェクサーが立ちはだかる。

彼は己の胸ポケットを弄ると、白く細い枝のようなものを私に差し出した。


「これ、は…?」


ああ、聞かなくても分かる。見たことのある白い簪。

これは――――。


「貴女に貰って欲しい。本当は知人に渡すつもりだったが…、貴女の方が似合うから」

「ならばその知人に渡すべきでしょう。初めて会ったのに、受け取れません」

「構わない。どうか受け取って」


懇願するような声音に私は手を恐る恐る差し出した。

ジェクサーはほっとしたような表情をして私の手に簪を置くと、くるむようにその大きな両の手のひらで包んだ。

白い簪、それはいつの日か二人で見た露天商に売っていた物だった。

女を捨てて生きていた建前買うわけにも行かず、キラキラと光るアクセサリー達から逃げるようにその場を離れた。

ジェクサーは私を男だと信じてやまないくせに、私のためにこの簪を買っていたのだろうか?


「ありがとう」


その言葉は私が言うはずのものなのに、彼があまりにも嬉しそうにして笑って言うものだから……。

小さな微笑を彼に向けて、私は足早に草原の中の坂道を駆け下りた。

手には白い簪。小さな花のチャームがシャラシャラと音を立てて激しく揺れた。

町に入る前で街道を見上げた。二人が居たはずの場所に彼の姿はもう無かった。


荒い息が口から忙しなく吐き出される。下ろしていた髪が汗で少しだけ首にまとわり付いた。

手櫛で髪を梳かしていて、耳にジェクサーがくれた青い野花が無くなっている事に気づく。

走っている途中に落としてしまったのだろうか。


簪を握る右手を包むように左手を添える。

ジェクサーの硬くかさついた手のひらは熱かった。その熱が未だに私の手にくすぶり続けている。

捨てられぬ白い簪。手から離れぬ白い簪。彼が残していった優しく、残忍な爪痕。


「卑怯な人」


そしてなんて愚かな私。











白く可愛い私の小さなナイフ。

彼がくれたそれに触るたび、胸の中に彼が刻まれる。


***


ジェクサーが渡したのは2話に出ていた簪です。

ジーっと見つめていたシンを横目でジーっと見ていたんでしょうね。

さよならした後にお店に戻り、買ったは良いものの何て言って渡せば良いのか悩み、結局渡せずに…。

これだけで番外編一話書けそうですね笑


いつも読んでいただいて有難うございます。

亀更新なのに待ってくださる方や、コメントを下さる方に感謝しっぱなしです。

本当に有難うございます。

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