SPELL 2
「やぁシン。偶然だな」
声をかけられたが振り向かず、そのまま歩き続けた。
背後では「あ、ちょっと待ってくれよ」と、焦った声が聞こえる。
だがそれさえも無視して露店を見て回った。
色取り取りの野菜、変わった形の魚、可愛らしい小物…。
城下は今日も賑わっている。青く澄んだ空が気持ち良い。
そんな事を思っていると肩を掴まれ、強い力で振り向かされた。
「…痛い、離してくれ」
「あ…、悪い」
見慣れた顔の男は焦ったように腕を離す。
掴まれた場所が、痛い…。
「今日は店、休みか?」
「ああ、うん」
「そうか」
素っ気ない返事にも、男は至極嬉しそうに反応する。
なんだ、この大型わんこは。
会話も続かないから再び歩き出す。
しかし今度は横に男が並んだ。
「何?」
「いや、俺も休みなんだ」
へぇ。…で?そこまで言ったら流石に可哀そうだと思い、「へぇ、良かったじゃないか」と返事を返す。
あまり変わった気がしないが。
男は頷く。「ああ、良かった…」そして無言。
露店を見て回り、様々な品を手に取り眺めて行く。
味見で食べたピーマンの形をしたきゅうり、ゴボウのように長い枝豆。
「楽しそうだな」と横で言われるが気になどしていられない。
そして違う露店に移る。
「…あ」
その店は髪飾りを売っていた。
簪のようなものから、バレッタのようなものと様々な種類が置いてある。
どれも細やかな細工が施され美しい。
「こういうの、好きなのか?」
「いや…、別に」
一本の簪を手に取る。
白い色をした本体の全体に、花の彫刻がされてある簪だ。
末端に小さな花のチャームが付いていて、動かすたびに儚げに揺れた。
「こういうの、好きだった女性が居たんだ」
そう、居た。
今はもう、居ない。
消してしまったひと。
手に取っていた簪を元に戻し、お腹に手を当てる。
未だに神妙な顔をしている男に話しかける。
「お腹空いた。どこか食べに行くけど、どうする?」
「行く」
即答だった。
だが「買って公園で食べよう」と提案される。
うむ、天気は良好、風も気持ちがいい。
断る理由は特にない。
仕方ないが、その提案を受理しよう。
ターニャの店でサンドイッチを購入し、少し歩いた先にある丘へと向かう。
その中にある花畑が、さり気なく気に入っていたりする。
切れ株に二人腰を下ろし、サンドイッチを広げた。
のどかな、時間が流れる。
男は原っぱに寝そべり、自分は目の前の花畑を見つめた。
風が吹くたびに花の香りが漂い酔いしれる。
城下の喧騒もここまで届かない。
木々が揺れる優しげな音色が辺りに木霊した。
ふと、閉じていた目を開ける。
そして驚く。目の前に男の顔があったのだ。
「なんだよ?」と、ツンケンした声音で問いかける。
「シンは、いつになったら俺の名前を呼んでくれる?」
絡み合う視線。
「さぁ…」
「俺の名前、知らないわけじゃないんだろう?」
知っているさ、君の名前はジェクサー。
この国の、地位なんて分からないけど、王宮に努めている騎士の一人。
知っているよ、ジェクサー。
不満そうに眉根を寄せ、拗ねた子供のように俯いた。
「もう僕は帰るよ」
「待ってくれ」
「きみ、僕に何がしたいわけ?男に執着して…、意味が分からない」
付き離す。
「―――じゃ」
ジェクサーを一人残し、花畑を後にする。
ああきっと、振り向いたら美しい光景が広がっているだろう。
色取り取りの花畑に佇む、白銀の髪を持つ美丈夫。
悲しげに赤い瞳を伏せ、その髪を風に遊ばせているに違いない…。
ごめん、ジェクサー。
君の名前を呼ぶわけにはいかないんだよ。
ごめん、ごめんなさい。
誰よりも名前を呼びたいのは、この私。