SPELL 21
「さぁて、これからどうっすっか!」
ジャブは大きく背伸びをし、そのままごろりと仰向けになった。
掌を頭の下に置き、「いい星空だなぁ」と呑気に笑う。
私は木の棒でたき火をつつき、そしてふと夜空を見上げた。
私を襲った男たちから更に離れ数時間。
今日はここで野宿をしようとジャブが言い、私たちは川辺の雑木林の一角に腰を下ろした。
ランプの代わりにたき火を焚き、ジャブが干し肉を頬張る。
確かに干し肉は手作りだが、「お前は料理何でもうまいんだなぁ」と食べながら嬉しい事を言ってくれたので、私は更に干し肉を手渡した。
「こんなに食えないっつの」
「あ、そうだよね。ごめん」
「明日の分に回すから。サンキュな」
「ううん」と言って、私は再びたき火をいじり始める。
無言の空気が流れた。
「オレの名前はジャブ。27歳、独身。性別男。好きな食べ物は…」
それを壊したのはジャブだった。
「な、何?」
「自己紹介だ」
「うん…」
「まぁ聞けよ」と笑い、姿勢を変えるとジャブは小さく息を吐いた。
そしてスンと鼻息を吸い、そして私に顔を向ける。
棒でつついた薪が崩れ、火花が空を舞う。
それを見届けてから私はジャブに向き直った。
「好きな食べ物はお袋が作った食いもん。あと酒だ。…お前は?」
力強い目で、ジャブは私に問いかける。
熱く赤い火が顔を照らし、一瞬ジャブの瞳に炎が宿った気がして思わず逸らす。
そして微かに瞳を揺らすと、私は静かに口を開いた。
「私の名前は…心。歳は23、性別は、女」
口から出る言葉はどれも簡単なはずなのに、何故かとても重たかった。
ジャブは何も言わずに只黙って頷く。
他に上手な言いようがあるだろうに、私は馬鹿の一つ覚え見たいに淡々と言葉を口にした。
「好きな食べ物は、甘いもの。あと、あと…」
「ああ」
優しい声音に、私の口は崩壊した。
「手配書に写っているのは私。あと――――、女神の刻印を持つのも私」
パチッと火がはぜた。
ボボッと風で火が揺れ、ジャブは小さく「そうか…」とだけ呟いた。
「驚かないの?」
「驚いたさ。噂を聞いた時はな」
「ああ、あれ」
民の発想力は凄いな、と感心する。
――――手配書に写る人物は、胸に刻印を持つ女神である。
本当に凄い。そして同時にとても恐ろしい。
ジェクサーに知られたら、と思うと血の気が引いた。
何も考えられない。私が求める未来が一気に消え失せる気がした。
彼はこの噂をきっと耳にするだろう。そして走り出す。
「良く今までバレなかったな」
それは私が女だということ?
それとも女神だということ?
…どっちもか。
「さらし巻いてたし…、色々と気を付けてたから」
「そりゃそうだな」
「ジャブも騙されたでしょ?」
少し面を食らったかのような表情で、ジャブは頭を掻いた。
そしておどけて笑う。
私もつられて笑い、横に置いてあった水筒から水を一口飲み込んだ。
「ここで問題になるのが、ココの性別だよなー」
ジャブは私の本名が心だと知っても、ココと呼ぶ。
呼びづらいんだと照れくさそうに笑っていた。
思いあぐねるように眉間にしわを寄せ、うんうんと唸りだした。
「今のままじゃ駄目なの?」
「男のままってことか?うーん。手配書を見た奴らは男を捜すと思う。あくまで男装だが。男装を前提にお前を見てしまえば、些細な相違点を見出しかねん」
「変な所がないか躍起になって探ってくるだろうから、下手なことは出来ないね」
「そうだ。けどだからと言って女ってのも…」
再び唸りだしたジャブに、私は首をかしげた。
男装を続けることが難しくなってしまった今、女に戻る方が安全とも言える。
けれどそれを渋るほどの理由がジャブにはあるようだ。
一体どんな理由が…、と私はごくりと唾を飲みこんだ。
「ココが女に戻って、オレが理性を保っていられるか…」
「くだらない!さぁて服を着替えようかな」
「お、おいおい!」
未だにジャブのマントを羽織っているが、そろそろ返さねばならない。
さらしもこうも切られてしまっては、捨てるしかなくなってしまった。
バッグを漁り、服を探す。しかし制止の声をかけられた。
「お前女物の服持ってんのかよ?」
「いや、さらし無しのズボンにしようかなって思ってるんだけど…」
「駄目かな?」と尋ねると、「駄目だな」と言ってジャブは頷く。
頷かれたことに戸惑い、私はバッグから手を離した。
「この世界の女は九割がスカートだ。徹底するならスカートの方が良いな」
「スカートなんて持ってないよ!」
慌てる私に、ジャブはふっふっふと笑う。
おお、またもや何か良い案が!と思いたいのは山々だが、先ほどの女になるか男になるかの件で、ジャブの考えは当てにならないことを知っているため、私はジロリとジャブを一瞥した。
ジャブは鼻歌を歌いながら自分のバッグを漁りだす。
そして何かを掴み勢いよく引きだした。
「じゃーん!」
「…じょ、女装趣味?」
「ちげーよ!」
ジャブが取り出したのは村娘が着る一般的な綿のワンピースだった。
ジャブが着るにしては随分と…まぁ、あれだ。細いしかわいいし。如何なものかと思う。
私の想像としてはワンピースを着たジャブが「フン!」と力を入れると、服がブチブチィっ!って引き裂ける場面しか浮かばない。
語気を荒げ否定したジャブは「ったく」と困ったように笑った。
「お袋の昔のやつだよ」
「ミランさん?」
「おう。形は古いけど、虫食いとかなかったのはコレだけだったから」
乱暴にワンピースを私に寄こす。
ぶっきら棒な言い方だけど、私と眼が合うと照れくさそうに笑った。
ここまで考えてくれてたんだ。ああ、やっぱり仲間がいるって幸せなことだ…。
「嬉しい。ありがとう…。大事にするね」
「ん」
女性の旅人はワンピースの中にペリトというズボンを穿くのが一般的らしく、くるぶし丈の白いボンタンのようなものを渡された。
それを大事に両手で抱え込み、もう一度感謝の言葉を述べる。
「ありがとう」すでに寝転がって眠る態勢に入っていたジャブは苦笑いをした。
「もう良いって。早く寝ろ」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
私も体を倒した。
下には薄い布しか敷いていないが、柔らかな芝が体を支えそんなに辛くない。
数分もしない内に瞼が閉じ始める。
木々の葉の割れ目から、キラキラとダイヤの様に輝く星が見えた。
瞼が、閉じる。
浮かんだのは銀の髪を靡かせ佇む、彼の後ろ姿。
男装してバレるんだったら、女に戻っちゃえ!というお話。
短編の方に美春のお話がありますので、お暇な時にでもお読みください。